宗教=仏教

2016年12月 3日 (土)

 教養があるのか?=今日用があるのか? 

 教養があるのか?=今日用があるのか?
  教育あるか?=今日行くところがあるか?
これを高齢者への話に使って、ボケ防止と称して得々としているのは、短絡的な話しだ。

 そんなことに腹を立ててもしょうがないが、もうちょっと頭を使った話を引用してほしいものだ。

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  話しはそれではなく、長寿の人にはCRP炎症レベルが低い人が長寿だという、日野原重明(聖路加病院)105歳が出る番組を見た(録画)。マルティン・ブーバーの言葉を最後に語った。
「人は創めることを(新しいことをする)
忘れなければ、
いつまでも若くある」

_portrait_2 このマルティン・ブーバーという人物はどういう人か?と調べたら
彼はユダヤ人で、1878年オーストリアで生まれ、学者の祖父の家で青年時代を過ごし、ベルリン、ライプテッヒ、チューリッヒの諸大学で学び、哲学、文学、芸術等の研究、1924年から33年までフランクフルト大学の比較宗教学の教授を勤めた。
 ナチスの台頭により、1933年ドイツを追放され、諸国を放浪したあと1938年にパレスティナに来て、イスラエルのヘブライ大学で社会哲学を講じた。正当な講座はついに与えられなかったらしい。生涯に遭遇した幾多の迫害、苦難にもかかわらず、一貫して〈われ―なんじ〉の思索を深め、1965年、その生涯を終えた。
 《 輝かしい人類への遺産 『我と汝・対話』 》と、その生涯に対し残 た。この文=ブログを書いた人は、ブーバーの著作を翻訳した植田重雄先生の力量を評価している。

 Photoここで植田重雄先生に出会うとは、驚いた。生きていた現物の先生は、余りとっつきが良くない先生だから、先生を4年まで授業を取ったのは、先生の偉さを知らなかった、俺だけだった。

『我と汝・対話』(岩波文庫)原本は、1923年にドイツ語で出版された『Ich und Du』と、1932年に出版された『Zwiesprache』である。
 『Ich und Du』は英訳、仏訳で広く各国で読まれ、特に西欧の思想界に大きな影響を与えた。
植田重雄先生(2006.05.18植田重雄、逝く)
(うえだ しげお、1922年 ‐ 2006年5月14日)は、日本の宗教学者、早稲田大学名誉教授。 静岡県生まれ。早大文学部卒。1976年、「宗教現象における人格性・非人格性の研究」で文学博士(早大)。早大商学部助教授を経て、教授。1983年に定年退任、名誉教授。
 死因は胃がんとのことだが、八十三歳、昭和三十五年には三十七歳ということになる。書架にある植田重雄「旧約の宗教精神」をお書きになったのは、三十六歳ころであったか。しばし感慨に打たれる。

 オレが出会ったのは、三十代だったとは思えなかった。50代だろうという印象だった。哲学者というのは、思考が複雑で単純な思考では理解できない。 最後に習ったのは、インドのタゴールだった。マルティン・ブーバーの話しは一言も聞いていない。

 先生は、晩年のブーバーと文通しながら、6年の歳月をかけて『我と汝・対話』を日本語に翻訳された。残念ながら翻訳された本は、ブーバーの亡き後に完成し墓前に捧げられた。
 「ブーバーによれば、人間のとる態度には『我ー汝』による主体的な出合いを遂げる道と、客観的な関係を示す『我ーそれ』の二つの道がある。『我ー汝』の出合いに生きる実現によって現代の人間の危機を克服できるという。」と先生は述べている。
 また「わたしは固定した宗教教団、教派の歴史から離れ、人間に内在する普遍的な宗教性を探るようにつとめた。『我ー汝』に文化を広く認めようと思った。」と先生自らの立場を表明している。

 ブーバーの思想に人生の救いを見出して、『まなざし仏教塾』を主宰している人が、植田重雄先生をたてまつっているのだ。
〒904-2215 沖縄県うるま市みどり町3-18-12
             しげま小児科医院
  まなざし仏教塾代表:志慶眞文雄(しげまふみお)

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2016年7月 6日 (水)

延命寺の由来

 真言宗豊山派の東京での中心は、文京区の護国寺で、あそこには、日大豊山高校がある。
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 (青戸の)延命寺は、長久山地蔵院と号し、もと青戸宝持院の末寺。1169年創立の古刹。青砥やくじん延命寺と呼ばれ、地蔵菩薩が本尊に、摩怛梨天(三面大黒)を祀り、「やくじん(疫神)さま」と呼ばれ、親しまれてきた。鎌倉時代に葛西城(青戸御殿)を領した青砥藤綱が摩怛梨天(青砥疫神)を守護神とした伝説や、疫病が流行すると厄病払いの神輿を担いで練り歩いた。
 水戸街道側に山門があり、階段を降りて境内の門の先に本堂、左側に二十一仏庚申塔があります。

 摩怛梨天=梵語で摩怛哩マタリとは母を意味する。閻魔大王の姉妹で、『七母神』。疫病消除の神なるが故に疫病の厄払いとなる。

 延命寺は、江戸時代の大火でやむえず転居してきた寺とは違い、八十八ヶ所霊場42番、新四国四箇領八十八ヵ所霊場13番となっている歴史が長い。

江戸時代の区役所の仕事して、関所札を発行したり、死者を葬る役目を担っていたが、それがどういう過程で、返上したのか。

山号 長久山 院号地蔵院 寺号延命寺 山号/院号/寺号と」三種類の名前をつける意味がわからない。住所葛飾区青戸8-24-29
宗派真言宗豊山派 葬儀・墓地

 寺の常識を普及する仕事を、KACを講演場所にして、文学を語りながら、人生を語る。人生を語りながら仏教=宗教を語るのがいいのではないか。住職が人前にでるチャンスを作って、文学を語る場を提供するのはいいことではないか。

■天台宗では三面大黒天は大黒天、弁財天、毘沙門天の合体形、近世になり疫病や災厄除けの神として、民間の信仰を集めた。民間信仰という俗信が宗教を捻じ曲げている。

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2016年5月25日 (水)

小保方晴子と瀬戸内寂聴の対談「婦人公論」

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  「あなたを応援する人も世の中にはいることを知らせたかった」(瀬戸内寂聴さん)と、世間からバッシングされた小保方さんを思いやって婦人公論が手紙で呼びかける文章を掲載したら、失意の小保方晴子さんが読んでこの座談会が成立した。
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 ミヤネヤでは、コメンテーターの雑誌編集者が「しまった、この手があったか」とだいぶ残念がっていた。この対談は雑誌「婦人公論」の売上げに貢献するにちがいない。
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「お手紙を読ませていただいて、まるで心が溶け出したような涙が溢れたのです」(小保方晴子さん)
 涙が溢れたというだけあって、「STAP細胞はあります」(小保方晴子さん〔2014年4月〕)時とは違って、あの勝ち誇った時期の彼女にはそれなりに魅力があったが、踏みつけられた後、4キロ痩せて、別の小保方晴子になったようだ。

 

493_6 数々の不正疑惑の渦中に立った小保方さん。純白のワンピースに身を包んで、作家で僧侶の瀬戸内さんと腕を組む様子が掲載されています。対談のために、体重を4キロ戻したという小保方さんですが、空白の2年間の生活については涙ながらに、こう語りました。000040 「STAP細胞論文の不正問題をめぐって理化学研究所を退職した小保方晴子さんが、24日発売の雑誌「婦人公論」で瀬戸内寂聴さんと対談。対談は、瀬戸内さんが手紙で呼びかけて先月、行われたといいます。
 寂聴「あなたを応援する人も世の中にはいることを知らせたかった
 小保方「お手紙を読ませていただいて、まるで心が溶け出したような涙が溢れたのです」

 

 空白の2年間の生活については涙ながらに、こう語りました。
 「夜になると『ああ、また明日が来てしまう』、『明日の朝までは頑張ってみようか。でも、もう持たない』。その繰り返しだったのです」

 

 今年出版した手記「あの日」についても言及しました。
小保方「『あの日』は失恋の物語です。何より愛していたものを失った。失恋の物語として、私は書きました」
寂聴 「失恋は必ずするんですよ、みんな。また恋愛は生まれます」    対談が進行するにつれて、打ち解けていった2人は今後も親交を続けることを約束しました。(6月24日22:59)

 

 これは、小保方晴子の研究人生の全てを奪ったから、打撃は大きい。上司の優れた研究者を自殺に追いやったし、山梨大の研究恩師と離別したし、早稲田の大学院から博士号を剥奪されたり・・・。博士号の剥奪するなら、もっと他にもいるはずだ。000051000053 解雇されると、彼女を追い落とすためにか、若山研究室からES細胞サンプルが盗まれ、小保方研究室の冷蔵庫で発見ということで、事情聴取された。地検では、この窃盗事件は発生自体が疑わしということで終わっている。000059 男の嫉妬が暴力的で、殺されるかと思ったという小保方さんの気持ちが、この窃盗事件の捏造がソレかもしれない。若山研究室のメンバーが仕組んだとも考えられる。 000068

 

 小保方さんは、STAP細胞はあると信じているようすだ。違う形で世界のどこかの研究所では、研究が進んでいるかもしれない。研究の手違いとか、ズサンさはあるにしても、手の裏を返した態度は、実に見事というか。「男性からの攻撃はものすごく暴力的で、本当に殺されると思いました」などと心境を吐露した。小保方さんの態度も高慢ちきで、有力の先輩研究者にヒイキされていたことの裏返しが、“男性からの攻撃”に現れたのだろう。研究者には、小保方さんのライバルというか、地位を奪われていた人にとっては、後ろ盾のなくなった小保方さんほど攻撃しやすい相手はいないから。

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 若山研究室では、新しい発見“マウスの尿からクローン新技術”、これで先生は一躍ノーベル候補になったりして・・・

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 いい研究している若山先生だが、人格を小保方さんは見誤ったのかもしれないと、書いている。000076 若山先生山梨大と離れていたから、意思疎通ができていなかったのか、若山先生は小保方さんの再生実験をするときに、協力をサボタージュしたようだ。小保方さんの手法の最後で、ES細胞を使ったのか、なんかよく分からない。

「笹井氏と小保方氏との不倫」説、問題点はそこじゃない。
STAP細胞の存在否定と小保方晴子の今後:
STAP細胞ができるか?できないか?で、議論しよう  

 小保方さんの人生に同情する瀬戸内寂聴さん、人生の挽回とソレとは別に、研究者の研究そのものが、混然一体で、素人はどの点に注目していいのか、迷うし、困る。小保方さんのタレント風に悪口をいう女性も多いし、研究者の嫉妬もある。それまで、可愛いからそのてんで上司が甘かったことがある。だから、早稲田の博士号授与にも、そういう見過ごした反省もしてもらいたい。
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2016年5月 7日 (土)

天祖神社とは、天皇の祖先(天照大神)を祭る神社 神道のシステム

 天祖神社とは、天皇の祖先(天照大神)を祭る神社ということ、知っていましたか?いやあ、大抵の人は、天祖神社がどういう神社とは知らないのではないかな。F4c ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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 簡単にいうと、天祖神社は、天照大神を祀る伊勢神宮を総本社とする、神道なんだ。明治維新で、廃仏毀釈で仏教を捨て神道を政府が進めてきたが、敗戦でそれが日本人の精神を支配したから、反省の意味を込めて国家神道の色合いを薄めたら、
●神明社(しんめいしゃ)、
●皇大神社(こうたいじんじゃ)、
●天祖神社(てんそじんじゃ)など、伊勢神宮の意味が曖昧になった。皇室関係者は毎年お伊勢参りにいくのが目立つが、一般国民にはその意味が分からなくなっている。

【神社本庁】
1945年(昭和20)の神道指令により国家から分離された神社を組織する宗教法人。伊勢神宮を本宗とし、全国大半の神社を含む。
地方組織として各都道府県に神社庁がある。

 

 日本の神道はわかりにくい。
 かつて(文京区)駒込神明町に住んでいたとき、何も疑問持たなかったが、「神明町」=「村落に鎮守として祀る神社」=駒込天祖神社(駒込神明宮)のお膝元に住んでいたわけだ。駒込神明町車庫、今は図書館とか都営住宅になっているが、都電の車庫があった。
 駒込天祖神社には、区役所の出張所があり、近辺は富士見町と言われるように、明治医以前も、戦後の焼け跡だったころも、富士山が見えたといわれる。
 (駒込)天祖神社の中には、セメントで作った富士山もあったし、7月1日の富士山の山開きには、ぎやかに夜店が並ぶ。

 

Amaterasu_cave_crop 天祖神社のいわれとなっている「天祖」、つまり天皇の祖先は、代表として天照大神(あまてらすおおみかみ)。彼女は、日本神話の神。皇室の祖神で、日本国民の総氏神。
 
 天岩戸の神隠れは有名で、太陽を神格化した神(記紀)であり、皇室の祖神(皇祖神)。信仰の対象、土地の祭神とされる場所は伊勢神宮が特に有名。

 

 天照大神の両親は、
父がイザナギ(伊邪那岐)、母がイザナミ(伊邪那美)(日本書紀)で、兄弟は、三貴子(イザナギが生んだアマテラスを含む三姉弟の神)
弟 ツクヨミ  (月夜見尊)(性別不明)
弟 スサノオ(須佐之男命)

 

 天照大神は、女性の姿をしているが夫はいない。ほかに複雑な家族関係は、五男三女神というが、現代人には複雑で理解し難い。

 これら天祖神社、明神、神明神社のほかに、鎮守がある。
「村の鎮守の神様が・・・」と唱歌“村の鍛冶屋”では残っているが、一般人の頭には消えかかっている。
 なぜ、鎮守が村の社として必要だったか、その辺のことを知る必要がある。今の老人たちに聞いて答えが出て来ない。Wikipediaが頼りだ。

 鎮守神(ちんじゅがみ):
 特定の建造物や一定区域の土地を守護するために祀られた神である。現在では、氏神(うじがみ)、産土神(うぶすながみ)と同一視されることも多い。鎮守神を祀る社(やしろ)を鎮守社という。

 現在では、鎮守神はその土地に住む神(地主神)だと考えられるが、元をたどれば、鎮守神は地主神を押さえ込み、服従させるために新たに祀られた神である。つまり、人間が、土地に人工物を造営したとき、その土地に宿る神霊が人間や造営物に対して危害を加える祟りを起こさせないように、その地主神よりも強い神を新たに呼び祀った。

 今は、地主神は鎮守神に従順に服属し、守護・補佐することが期待されるが、ときには地主神が抵抗し祟りを起こすこともある。
 時代とともに、鎮守神と地主神との混同が起こり、両者は習合(教義の折衷)する結果となった。
 こうして鎮守神が代表として、寺院・邸宅・荘園・城郭などに祀られ、村落においても祀られるようになった。

 似たものとして、氏神(うじがみ)がある。
 日本の同じ集落に住む人々が共同で祀る神道の神のことをいう。同じ氏神の周辺に住み、信仰する者同士を氏子(うじこ)という。現在では、鎮守(ちんじゅ)ともほぼ同じ意味で扱われることが多い。氏神を祀る神社のことを氏社という。

 神社の規模によって異なるが、一般的には、
 宮司の下に権宮司を置いている。宮司は神社の代表者、権宮司は副代表、禰宜は宮司の補佐役、権禰宜は一般職員である。
 ただし、伊勢神宮は別で、祭主・大宮司・少宮司・禰宜・権禰宜・宮掌を置いている。 
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2015年12月16日 (水)

高田好胤「有難い、お蔭様、勿体無い」薬師寺管主、金堂復興

 「昭和30年頃、奈良の薬師寺で高田好胤が説明していた。」という話を聞いて、そうだ、あの声は薬師寺で聞いた声だった、
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03と後に思い出した。
 中学生の説明するのは、下っ端の坊さんの仕事だと思い込んでいたが、高田好胤は、そのころ、副住職で「案内坊主」と陰口を叩かれながら、「(子供の)心に種をまく」仕事として、一番情熱を注いだという。
 

 高田好胤は亡くなって、十数年たつから、多くの人に好かれていたが、だいぶ忘れられているだろう。
 私も、元やくざの方の出版を協力したとき、彼が
薬師寺管主高田好胤さんの講演に感動して、東京での一ヶ月に一回の集会に参加した話を聞いて、随分身近に感じた。

02高田 好胤(たかだ こういん、1924年(大正13年)3月30日 - 1998年(平成10年)6月22日):法相宗の僧。薬師寺元管主。法相宗管長。分かりやすい法話により「話の面白いお坊さん」、「究極の語りのエンタテイナー」とも呼ばれ、そこから百万巻写経勧進の道を切り開いて金堂、西塔など薬師寺の伽藍の復興に道筋をつけ、薬師寺の再生に生涯をささげた。

  大阪市出身。本名、高田好一。11歳のとき証券会社勤務の父を肺結核で失い、困窮し、母方の実家は東大寺龍蔵院で、知人薬師寺管主橋本凝胤が弟子として好胤を引き取った。
 凝胤の教育は厳しく、幼少期友人宅へ遊びに行ったとき、浪曲の「清水港は鬼より怖い、大政・小政の声がする」と耳にして、「薬師寺にはもっと怖い鬼(橋本凝胤)がいる」と思った。
 夕食後の読経の練習のとき居眠りするとよく火箸でたたかれた。一方で、遠足、運動会のときに弁当を作ってくれる愛情も持っていた。郡山中学校、(この間に出征、千葉)終戦後、龍谷大学(旧制)に進学し、1946年に龍谷大学仏教学科を卒業。深浦正文に師事して、唯識思想を分かりやすく説明する手法を身につけた。

  1949年、好胤は、26歳で副住職に就任。当時の薬師寺は、老朽化が進んで荒れている状態であった。
 好胤は「仏法の種をまくことが自分の使命」であると、修学旅行の生徒達への法話に力を入れた。18年もの間の長きにわたり、そのユーモアたっぷりで分かりやすい法話は人気を呼び、高田の法話を聞いた生徒は、一説には600万人以上にものぼる。

 好胤は、修学旅行の法話を通して、女子高校生と文通結婚した。

法話は薬師寺境内のみならず、東京の三越劇場などでも行われた。その話術は、のちの人間国宝、三代目桂米朝も参考にしたほどである。
 

 1967年、好胤が管主に就任すると、金堂の再建を志し、ついで西塔、中門、回廊などを次々と再建。特に、西塔の再建については強い世論の反対があったが、小説家でフランス文化相だったアンドレ・マルローの賛意を背景に実現した。その是非については現在も議論が分かれている。再建費用は大きな課題であった。

 金堂の再建だけでも約10億円が必要だった。檀家を持たない薬師寺には、その負担は困難であった。そこで高田は全国の篤志の人々から、一人1000円の写経納経の供養料を集める“写経勧進”を行い、賄おうと考えた。一人1000円では100万人の写経が必要であった。始めてみると、最初の年には一万巻しか集まらなかった。

 好胤は全国800以上の市町村で8000回におよぶ講演をして周った。好胤著「心 いかに生きたらいいか」の出版が好調だったこと、三越百貨店での月光菩薩展示も追い風となり、復興事業は一挙に進んだ。1976年には念願の100万巻が達成され、同年、金堂が再建された。その後も写経勧進は進み、1997年には600万巻にのぼった。写経勧進は現在も薬師寺の大きな柱の一つとなっている。

 好胤の没後、大講堂が落成。建物の再建には法隆寺の宮大工として知られる西岡常一が当り、千年先のことまで考えて建てた。金堂にコンクリートを使うべきかどうか、行政当局と論争になった。西岡はコンクリートは300年しか持たないが、木は1000年持つと主張したが、結局一部コンクリートを使うことになった。

  太平洋戦争における戦没者慰霊にも熱心で、各地の戦跡で法要して回った。また、日本を守る国民会議代表委員も務めた。
 1996年11月に薬師寺で法話中、
脳梗塞の症状が現れて一線を離れ、胆石の悪化を併発させ、1998年6月22日に胆嚢癌のため遷化。死後、母校の龍谷大学から龍谷賞が贈られた

  小学生の高田好胤が薬師寺管主、橋本凝胤に引き取られたとき、凝胤は39歳で、体重22、3貫(85,6キロ)の巨漢。好胤には、壁のような存在であったわけだ。Photo この「心 いかに生きたらいいか」ガベストセラーになって、薬師寺の再建に貢献した。それに、写経を1000円ですることで、大いに貢献した。

 一休さんのトンチ話でも知られるように、小僧さんの生活は厳しい修業の毎日で、朝は5時に起床し、寝るまでスケジュールが決まっているので、息を抜くヒマがない。
 勉強家の凝胤は10時か11時まで勉強してそれから寝室に入る。師匠が寝室へ入ったのを見計らって、私たち小僧も「休ませてもらいます」と挨拶をする。すると、師匠は「今日のトコ(習ってところ)をやれ」と言われる。その日、学校でならったところを1課ずつ暗誦しろというのです。読本を覚えていなかったら、覚えるまで寝かせてはもらえないのです。
 だから、昔昭和(一桁に小学生だった)の人は教科書の内容を暗記しているのだ。ちょうど、その頃小学五年の教科書に載っていた。
 

 「町の辻」
雪解け道のぬかるみを 
杖にすがりてとぼとぼと
歩み来れる老婆あり 
行き来の車馬の絶えされば
向こう側へ行きかねつ
老婆の前を右左
行き交う男女の多けれど
北風寒き街の辻
身なりいやしき老婆には
手を貸す人もあらざりき

米屋の小僧お得意へ  
米を運びし帰り道
ひらりと降りて自転車を 
角の下駄やに預けおき
すぐに老婆を導きぬ
  
下駄屋にありし人は皆
「年の若きに感心な」
かくゆう声を後にして
くにに 母親残すらん
彼の瞼に露ありき
下駄買う人も売る人も
下駄屋にありし人はみな
彼の姿を見送りぬ
さとすべき子にさとされし
小さな悔いを抱きつつ

『尋常小学国語読本~国定(3)期~』

  ストレートに暗誦できれば、十一時過ぎには寝られたが、そうはうまくはいかない。師匠は、私たちに「やれ」と言っておいて自分は寝てしまうときがある。師匠に寝られたら、朝まで眠れないことになります。そうなったら一大事だから、障子をガタガタとゆする。ゆすったら、瞬間いびきが止まる。ところが、次の瞬間またグワーとなる。また、ガタガタとやる。四、五回やると、機嫌のいいときは
「うるさい。もう寝ていい」となりますが、機嫌のいいときは滅多ないのが、私の師匠でありました。
「安眠妨害だ。警察に訴えてやる」とくるときもある。師匠もこわいが、警察はもっと怖い。ですから、12時、1時、場合によっては2時ぐらいまで、師匠の枕元に座っていることもありました。
 それでも、朝は5時になったら起きなければならい。そいうわけだから、起きるのが辛い。

 何が辛いって、お経の稽古ほど辛いものはありません。
「門前の小僧は習わぬ経を読む」といいますが、門の内側の住む小僧は、「習わぬ経は一文字とも読む」ことは許されないのです。だから、夏休み前の短縮授業の時、学校から帰って昼を食べてから師匠の前で「般若心経」を習うのです。

 漢字の経文を見ながら繰り返すのではなく、橋本凝胤師匠の言う言葉を繰り返すのです。「ハンニャーハーラーミッター」と節のついた経文に続いて「ハンニャーハーラーミッター」と。ご飯を食べたばかりで、腹の皮が伸びて、目の皮はたるむで、わけのわからない経文を節をつけているから、居眠りをしないほうが不思議のくらいです。

 師匠は居眠りをしたら、長い釘の火鉢をもってバチンとやられる。お経の稽古中は、私(好胤)の頭はさわるとデコボコしていた。天海(家康の師)とか、弓削道鏡なども頭がデコボコになっているのは、師匠の叩かれたんやな、と思ったものです。
 殴られたあとを手でさすると血がにじんでいたりすると、クソと思いますが、「声を出せ」といわれて、出そうとすると声が出るより、涙が出てしまう。
「そのぐらいのことで、泣きさらして、坊主になるとをやめとけッ」と机をひっくり返されるのです。お経の一文字一文字が血と涙と汗の結晶なのです。それが坊主のお経なのです。

 寺に入門した小坊主は、管主(住職)の考え方で教育される。
「コレコレをしておけ」といわれたら、それを必ずしなければならない。「やっとかなんだら、寝かしてやらんぞ」となる。
 能の「ブス」の世界だ。
 ウチの師匠(橋本凝胤)は、一度そう言った以上絶対の宿題をやらない限り寝かしてくれないのだった。
 廊下の端の便所へのくぐり戸の前に小さな机を置いて、お経の本を広げ座らされる。お経の本は、ふりがなをつけると悪い癖がつくからとふりがなのない漢字ばかりの・・・子供達は一通り教えられただけですので、読めない状態です。
 読めない漢字ばかりの経を眺めて数を数えるだけの・・・すると、師匠の足音が聞こえてくるわけです。「もう寝ろ」と言ってくれるかと期待していると、私たちをにらみつけるだけで、蚊に食われようがなにしようが、何も言わず便所にはいって帰っていくだけです。仕方がないから、また、漢字の数を数えていると、また足音がする。こんどは何か言ってもらえるかと思っているとにらんだだけで帰ってしまった。
 「自分ばかり寝やがって、ぼくらをひとつも寝かしてくれやがらん。「一寸の虫にも五分の魂」と、雨戸のつっかい棒を外して、お師匠さんが出てきたら、この棒で叩いてやろう、と本当に身構えたこともあるのです。
 すると、お師匠さんはいつもの出口から出ないで、後ろから
「なにしているんじゃ!」とやられる。
「もう叩いてやろうと思って・・・」と泣きながら、師匠の懐に飛び込んで行きましたが、向こうは四十の男盛りの二十二、三貫(80キロ以上)の大男で、ガッとつかまれたら、もうあきません。
 鬼のように思えたおやじ、橋本凝胤にも、たまには情が走るときがあるのです。泣いて懐に飛び込んだら、「あほんだら」と、頭ヲパンポンと軽く叩くと、自分の寝間に連れて行き、抱いて寝てくれた、そういうときもあった。そんなことは、本当にたまでした。
「とうとう夜通し寝かしくれやがらなんだ」
 奥さんも子供もない、四十前後の師匠が、ひたすら小僧に向って驀進してくるという感じでした。すざまじい迫力といったらいいのでしょうか。とにかく大変でした。

 今の教育環境からしたら、子供への虐待と言われかねないが、昭和一桁の教育は、そういう環境で強い子に育てていたのでした。

●昨日深読みベスト4
麻原彰晃三女アーチャリーは“社会で生きる”: 27.

きょうは樺太真岡電話局女子交換手集団自決:13u
芥川賞又吉直樹と羽田圭介 直木賞東山彰良:13u
16世紀半「王子と乞食」 イギリス社会: 12
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2015年12月 6日 (日)

末期がんの僧侶で医師(田中雅博)の悟り方、もがき方、死の迎え方

 朝日新聞 2015年12月4日 (金)に「末期がんの僧侶で医師」田中雅博さんのインタビューが掲載されていた。一般に新聞記事をコピペはできないようにされているが、あるブログを見たら、記事全体が載っていた。
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02_3 人は病と闘い、生き抜こうとする。それでもいずれは、どうしても死が避けられなくなる。そのとき何を感じるのだろう。希望を見いだすことはできるのか。栃木県益子町の内科医で僧侶でもある田中雅博さんは、がんに侵され、余命わずかの身。自分の死を見据え、日本の医療からこぼれ落ちているものを問いかける。03  《陶器で知られる栃木県益子町。田中さんは、1300年近い歴史のある西明寺(さいみょうじ)の住職だ。
 昨年10月、極めて深刻な段階の膵臓(すいぞう)がんが見つかった。手術したが、今度は肝臓に転移した。今秋、寺で行われた法要の際、別の僧侶に「どうか長生きしてください」と声をかけられると、素っ気なく「それは無理です」と答えた。》

 プロフィール 田中雅博(たなか・まさひろ)
 1946年栃木県益子西明寺生まれ。東京慈恵会医科大学卒業。国立がんセンター研究所内分泌治療研究室長および病院内科医師を併任。1983年大正大学仏教学部編入。1983年、実父が急逝し、実家の西明寺を継ぐため同センターを退職。大正大学大学院で仏教を学び住職に就く。その後、僧職を務めるとともに、同大学院博士課程単位取得退学、西明寺境内に普門院診療所建設。西明寺境内やその近隣に、医療施設や老人介護施設を建設し、僧侶としてまた医師として地域医療や地域福祉に力を入れてきた

 

 ――余命わずかであることを公言されていますね。011  「抗がん剤の副作用がひどくなっています。特に手足のしびれ。茶わんを落としたり、つまずいたりします。もう副作用の限界ですから、抗がん剤は効果を期待できる量が使えずにいます。検査結果やデータから、来年3月の誕生日を迎えられる確率は非常に小さい。もう少しで死ぬという事実を直視しています」
 「つい先日、孫が生まれたんですよ。女の子です。どこまで成長を見ることができるか。あと3カ月くらいかな、あるいはもっと短いかもしれない、と考えてしまいます。複雑な思いですね。人の死は思い通りになりません。私も順番が来たわけです」
 ――僧として、医師として、ずっと「死」の問題を考えてこられました。自身の死は怖くない、とおっしゃるのかと。
01  「そんなことはありません。生きていられるのなら、生きていたいと思いますよ。私には、あの世があるかどうかは分かりません。自分のいのちがなくなるというのは……。やはり苦しみを感じますね。いわば『いのちの苦』です。自分というこだわりを捨てる仏教の生き方を理想とし、努力をしてきました。生存への渇望もなくなれば死は怖くないはずです。ただ、こだわらないというのは簡単ではありません」
 「かといって死んでしまいたいとも思わない。生きられるいのちは粗末にしたくありません。一方で、自分のいのちにこだわらないようにする。そのふたつの間で、『いのちの苦』をコントロールしているわけです。死の恐怖や不安と闘うというよりは、仲良くしようとしている感じでしょうか」
 《寺に生まれたが、前住職である父親の勧めで医学の道へ。25歳で東京・築地の国立がんセンター(現・国立がん研究センター)で研修医となった。》
01_2  「最初に受け持った患者さんは若い女性でした。がんが体中に転移し、どんどん悪くなっていく。『私は死ぬんでしょうか』と聞かれました。どう答えますか? 科学ではどうしようもないんです。それ以来、たくさんの患者さんから同じように問われ続けました。でも、何もできなかったんですよね……。そうした苦に応える人が病院にいない、と若いときから感じていました。患者は誰に話していいか分からず、看護師や病室を掃除してくれる人に、不安を打ち明けることがあるんです」
 「私は進行がんが専門で、がんセンターでは内分泌部治療研究室長も務めました。医学はいのちを延ばすことを扱うわけですが、そのいのちをどう生きるかという問題にはまったく役に立たない。体の痛みを止める医師が必要であるのと同じように、『いのちの苦』の専門家が必要です。それがほとんどいないのは日本の医療の欠陥だと思います」
 《田中さんが言う「いのちの苦」は医療分野で「スピリチュアルペイン」(spiritual pain)と呼ばれる。世界保健機関(WHO)でも議論され、生きる意味の喪失や死後への不安などが含まれるとされる。
 キリスト教文化を背景とした欧米の多くの病院には、これに対応する専門職がいる。田中さんは1980年代から、日本でも「スピリチュアルケア」(spiritual care=いのちのケア)が必要だと提言。ローマ法王庁が呼びかけた国際会議にも4度招かれ、海外の実情を学んだ。》
02  ――いのちのケアとは?
021  「欧米では、病院に配置された聖職者がスピリチュアルケアに携わっていることが多いですね。自分の宗教や考えは押し付けません。患者の話を聞くことに徹し、いのちがなくなる苦しみを分かち合おうと努めます。どんな人生であったとしても肯定し、価値を見いだしてもらえるよう促す。人間の尊厳にかかわる仕事です」
 ――死が迫ると、後悔などの感情も起こりそうです。

022_2  「それらも受け入れ、最後の最後まで人生の『ものがたり』を形づくる手伝いをする人が必要です。それを含めての医療であるべきだと思います。科学では何もできなくなったときこそ、非常に多くのことができるはずです」
 「人というのは、元気なうちは自己の欲望にとらわれたり、怒ったり、他人を差別したりするものです。
 しかし死が避けられないとなったときは、そうしたことから
023離れて、自分のいのちを超えた価値を獲得するチャンスでもあります。いのちより大事にしたいもの。それは信仰を持たない人にとっても、自身の『宗教』だと思うんですよ。それに気づくことができれば、その大事なもののために残りの時間を生きることができるのではないでしょうか」

 「欧米でスピリチュアルケアにあたる人は宗教だけでなく、哲学や医療などもしっかり勉強しています。ただ、ある人は『知識があるだけではだめだ』と話していました。むしろ、死にゆく患者さんに大事なことを教えてもらうという態度で臨むのです。非常に高度なことですね。人格的にも優れていなければならないでしょう」
 《国内でも専門家を育てる動きがある。全国青少年教化協議会が資格認定する「臨床仏教師」もその一つ。95人の受講者から絞られていき、今春、6人が初めて認定された。約1年半の養成課程では田中さんが内科を担当する診療所も協力し、実習を受け入れた。しかし、医療現場はまだ本格的な導入には慎重だ。》


 ――医療の現場には宗教に対する違和感もあるようです。スピリチュアルケアをする人は宗教者でなければいけませんか。
 「必ずしも宗教者でなくてもいいと思いますよ。欧州では哲学畑の人もいるそうです。ただ、仏教は私たちの死生観に何らかの影響を与えていますから、日本では少なくとも仏教の知識は欠かせません。もし病院で僧衣に違和感があるなら、制服を作ってもいい。ローマの病院でスピリチュアルケアに携わる人に会ったら、白衣を着ていましたね」
 「臨床仏教師の候補者を実習で受け入れた際、ある患者さんは症状が進んで話ができず、筆談でした。候補者に『あなたの考えは浅い』と厳しいこともお伝えになりました。それでも何時間も筆談して、最後は『また来てください』とお書きになった」

021_2 「WHOは緩和ケアについて身体の痛みだけでなく、心理的な側面と(より根源的な)スピリチュアルな側面を総合的に扱う、としています。イタリアのスピリチュアルケア従事者は、死期が迫ってからではなく入院時にすぐ会いに行くと話していました。病棟責任者らの許可もいらず、自由に病室に出入りできるそうです。そういうシステムはいいですね。患者には面談を受ける権利と断る権利を保証しなければなりません」
 ――それにしても、ご自身は穏やかな表情ですね。
022_4 「ぐったりして休んでいることも多くなっていますが、まだ黄疸(おうだん)は出ていません。黄疸が出ると、頼まれている原稿の執筆や講演は難しいので、できる限りのことをやっておきたいと思っています。いま、何でもないことが非常にありがたい。晴れた日はいいなぁと思うし、雨の降る日もいいなぁと感じます。やはり生きているというのはいいことですね03_2    
 ■取材を終えて
 死が避けられなくなったとき、家族には心配をかけまいと「死ぬのが怖い」といったことを口にしない人がいるのではないだろうか。家族もまた、あまりに重い問いは受け止めきれないかもしれない。そうした気持ちを丸ごと受け止めてくれる第三者がいたら、患者と家族にとって貴重な選択肢となりそうだ。
 日本でも、一部の緩和ケア病棟などには宗教的な問いにも対応できる専門家がいるが、全体ではまだまだ少ない。病院にとっては実習を受け入れてみるだけでも、「患者の本当の幸せとは」「そもそも医療とは」と立ち止まって考える契機になるに違いない。(聞き手・磯村健太郎)

 別の“僧医”もいる。
「医として生きる」対本宗訓さん
医師免許を取得。現在“僧医”として研鑽中。
http://www.tokyo-jinken.or.jp/jyoho/41/jyoho41_tokushu1.htm


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2015年12月 1日 (火)

 「龍の棲む家」玄侑宗久 語らざれば、憂いは無きに似たり

200__2  「龍の棲む家」玄侑宗久を読んでいたら、最近芥川賞とった羽田圭介の「スクラップ&ビルド」と同じ徘徊、認知症の老人を扱っていることに気付いた。

 玄侑宗久は、ベテランの僧侶作家で、父親が認知症になって、散歩の途中に知り合った介護士女性に家で介護してもらう話。羽田圭介の「スクラップ&ビルド」では祖父が家に引き取られて、そこで主人公の青年が再就職するまでのじいちゃんとの付き合いを描く。今は、認知症の老齢者がこうも多くの人のテーマになるのは、読まされる側としては素材はそんなに楽しいものではない。
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 「語らざれば、憂いは無きに似たり」という言葉は、良寛の言葉らしい。五木寛之が使っていたから、「そうだ、そうだ」と、大いに賛同して自分の信条に引用したが、この文言も前に
「君看よや双眼の色、
語らざれば、憂いは無きに似たり」
 君看双眼色
 不語似無憂
掛け軸にその漢詩が書いてある。認知症のお父さんの書らしい。
 主人公は、それを見て、仕事のグチを家に持ち込まないようにしていたと理解していたと、言う場面に利用していた。しかし、そのときは、違った意味に理解していた。語らなくても憂いはあるのだ、と父の心情を理解した。という流れにこの「掛け軸」を文学の中に入れてきた。
 文学の奥深さを出すには、それを感じさせる部分がほしい。時代の流れもあからさまに出すのでなく、感じさせる必要があるが、下卑た表現や時代におもねる表現はお断りだ。

玄侑 宗久(げんゆう そうきゅう、1956年4H
月28日 - ):日本の小説家、臨済宗の僧侶。福島県在住。東日本大震災復興構想会議委員。
福島県三春町の臨済宗妙心寺派福聚寺の長男として生まれ、カトリック系の三春幼稚園、地元の小中学校を経て福島県立安積高等学校卒業。この間モルモン教、統一教会、天理教などに触れる。
 小学校三年の頃、「死」を想って毎晩のように泣いた。また中学三年日本脳炎に罹ったため、3日間の昏睡状態を経験。意識不明中に妄想の記憶と、あとで聞かされた異常行動などから、あらためて「死」について考えた。高校時代は毎年家出し、出逢った哲学者星清から出家への動機付けを得た。

 18歳で上京、予備校を経て慶應義塾大学文学部中国文学科で現代演劇を専攻。在学中にイスラム教、ものみの塔に触れ、また山梨県向嶽寺などで坐禅を組み始める。この頃、小説も書き始め、同人誌「いんぐ」に参加。台湾、輔仁大学華語研究所に私費留学。
 学生であることを偽り様々な職種を体験。卒業をまえに「第一広告」「共同通信社」の募集要項を取り寄せるが結局試験は受けず、川口市のゴミ焼却場に勤めながら小説を書くが、どうにもならず。この間引越6回。他にナイトクラブのフロアマネージャー、英語教材販売などの職を転々とする。

 1983年、27歳の冬、京都の佐保田鶴治のヨガ道場を訪ね、指導を受け、3月27日、京都嵐山の天龍寺専門道場に入門、平田精耕老師の許で参禅。3年弱で退山。神戸、山梨などを行脚してから帰郷。
 1988年4月、実家である福島県三春町福聚寺副住職、妙心寺派教化委員に就任。1991年12月結婚。
 2000年、投稿した作品「水の舳先」が『新潮』10月号に掲載され芥川賞候補作となる。
 2001年、「中陰の花」で第125回芥川賞を受賞

 純文学の分野の本は売れないと、今朝のラジオでも言っていた。書籍販売ベストで、又吉直樹の「火花」が240万部でトップですごいが、そのあとに純文学の本は全く出て来ない。十数位でようやく純文学の書籍の2位がいるという。著名な 村上春樹 の作品でさえ売れないという。マンガや小さな詩でさえ、文学の労力からしたら、ほんの一時間もかからない作品で大もうけしている。この差はなんだろう。

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2015年10月25日 (日)

杏さん裸足でミヤンマー“バガン遺跡の仏塔パゴダ”を回る

000004 渡辺謙の娘、長身の杏さんが、NHKの企画で、“バガン遺跡の仏塔パゴダ”を回った。仏塔に上がると、彼女は裸足になっていた。女優で読書家ナンバー1だけあって、現地の説明担当者に的確な質問をしている。 
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Ws000007000009  日中の最高気温が40度近くになる灼熱の地。インドシナ半島の西部にあるミャンマー。最大の都市ヤンゴンから約700km、車で10時間の平原の中にバガン遺跡がある。11世紀~13世紀にかけて栄えた仏教遺跡。かつてバガン王朝の都が置かれた場所だという。
 王朝が滅んで700年以上経ち、宮殿は既に失われ無数にそびえる塔だけが形を留めている。遺跡の広さは東西7km、南北6km、40平方km。そこに3,000近い宗教建造物が密集する様は世界でも類をみない。
・バガンで最も有名な仏塔である金箔で覆われたシュエズィーゴンパゴダ。バガン王朝の初期に建てられ高さは51mを誇る。
 

 神秘のベールに包まれた遺跡がある。それは木々の間から姿を現し平原を埋め尽くすように建っている。アジア最後のフロンティアと呼ばれるミャンマーのバガン遺跡。3,000近くの寺院や仏塔が建ち並ぶ世界でも類まれな祈りの空間だ。
 一体誰が何のために建てたのか。その実態はこれまで多くの謎に包まれてきた。
 

 仏教普及のために王が始めた寺院やパゴダは、詳細な調査の結果、意外なことが分かった。3,000もの建造物のうち、王が建てたと確実に分かるものは30にも満たなかった。遺跡から発見された石碑に刻まれた碑文から、多くは庶民が造った可能性が高いという。

 南アジアの歴史社会の研究者愛知大学の伊東利勝教授は、バガンには庶民による建設を可能にした社会の仕組みがあったのではないかと考えている。
 それは、王族が寺院を建立したとき、労働者たちに賃金を支払っていたことが明らかになった。つまり強制労働ではなくて、ちゃんと対価を支払っていた。王族の私有財産から建設したのだ。そのため、庶民には富を蓄える人が現れ、富を寺院やパゴダを造るのに投じていったのではないかという。
 「寄進すればするほど報われる」という仏教の教えに沿ってミャンマーでは、例えば毎日托鉢僧に食事を捧げること、その他、庭を綺麗に掃き清めることや、生き物に余った食べ物を分け与える功徳を行うのが、ごく日常であったと考えられる。
 ミャンマーでは、現世でどれだけの功徳を積んだかで、来世に何に生まれ変わるか決まると信じられて、そのため、人々にとって様々な形で功徳を積むことが生活の一部となっていた。
 

 杏さんは、見終わって、こんなコメントを出していた。
「今日、私は“バガンの遺跡”を見て、人々の営みと祈りと共にある姿を見つめました。 みんなが自分の欲ではなく、社会のためとか、格差をなくしてみんなでよくしていこう、と心の底から自然に思えるって、本当に素晴らしい事だなって思えた。」
000210000197 資本主義の価値観が広まっている日本から見ると、発展途上ということが、“遅れている”とか、“貧乏=悪い”と判断し勝ちだが、そうじゃなくて、
「他者を見るとか、未来を見る目というか、なかなか難しい社会ていうのか、今の日本の状態を見てて思うのですけど、人のタメに思ってすること、社会のためを思ってする=功徳、それは、結局、自分と自分の周りの人たちの幸せにつなががっていくんだ。私たちも多分もともと持っているのだけど、忘れちゃっているものだと思うのですけど、それをミャンマーの国の人から学んだような気がします。」
 

 杏さんは、この暮らし方に新鮮な驚きを感じていた。杏さんが裸足で歩く姿が、私には新鮮に見えた。 

 アジア最後のフロンティアと呼ばれるミャンマーのバガン遺跡
  今から1000年前に栄えた初のミャンマー統一王朝・バガン都のあった場所には、平原に3000もの仏塔や寺院が林立している。
 黄金に輝く高さ数十メートルもの尖がった塔。シンメトリーな姿が美しい白亜の大伽藍。そして寺院の中では天を衝くほど巨大な金色の仏像が私たちを見下ろす。大小様々な仏教遺跡の数々が、所狭しとひしめきあっている。
 

 これほどの遺跡群がなぜ生まれたのか?
 長く軍事政権が続き、国が閉ざされてきたミャンマーでは、充分に学術調査が行われてこなかったが、今、ようやく民主化が進み、研究の門戸が開かれてきた。
 明らかになってきたのは、こうした仏塔や寺院の多くは、王や一部の権力者が建立したのではないという事実。何と、ごく普通の民衆が持てる財をなげうって築き上げていたという。
 なぜ、そんな事ができたのか?
 そして、彼らは何を求めようとしたのか?
 

 そこには、一部の人間に富が集中するのを防ぐ、驚きのシステムが存在した可能性が浮かび上がってきた・・・。 1000年も前に、格差の少ない社会を実現していた、知られざる“ユートピア”の姿を描く。

日本が尊敬した中国 二胡の音色から思い出そう
弱肉強食の契約社会、何か忘れている西洋文明

時給2500円 パートがミタ現代の会社
ローマ帝国に学べ 異質な他者取り込む

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2015年5月17日 (日)

瀬戸内寂聴が 今 精神の救い主として、求められているようだ

000045 表の社会には秩序があり、序列ができてそこにはリーダーがいるが、裏と言ってはおかしいが、精神世界の側には、頼るべきローマ法王のようなカリスマが日本社会には不在だ。
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 特に女性には、精神的な支柱となるリーダーがいなかった。その空白に瀬戸内寂聴が多くのファンに支持されている理由がある。それは、ヨーロッパ、キリスト教国で、ローマ法王が市民に受け入れられている姿と二重写しに見える。瀬戸内寂聴の九十三歳という高齢が、一番その要素にプラスしてきた。 10
 骨折をしたり、その後、がんの手術のため、昨年5月から療養を続け、一年ぶりにクローズアップ現代に登場した。000017  骨折や去年2014年、胆のうがん見つかり、一時は寝たきりとなった作家の瀬戸内寂聴さん。今春(2015年)、およそ1年ぶりに法話や執筆活動を再開し、彼女は「命がある限り、小説を書きたい」と意欲を示した。
 NHKキャスター国谷裕子が、5月に93歳になる瀬戸内寂聴をインタビューした。その扱いは、まさに精神世界のリーダーだ。寂聴のくだけた語り口、過去の恋愛歴など、ハレンチな経歴もあり、女性の願望を多く実行しているから、受け入れやすい。それが、外側を
仏教という殻で包んでいる。外界からは追求されない立場に立っている。
(寂聴サンが精神世界の指導者になることを感情的に嫌う人たちがいる。右翼の精神と抵触しているのか、わからないが)

 瀬戸内寂聴が約11カ月ぶりの法話に、嵯峨野の寂庵は人々が集まり、熱狂的であった。涙を流して、拍手で迎えられていた。

000043 「一番遠いところから来たと思う人は?」と聞かれると、「ニューヨーク」と答える人がいた。これは、冗談ではなく、戦前、飛行機をチャーターして満州から東京へ歌舞伎を見にきた「赤い夕日」の作家なかにし礼の姉と母と同様に、瀬戸内寂聴の姿に接したいのだと思う。「帰りに来てください。お土産を渡すから」と答えていた。

 法話の初め、彼女はこう言った。
「みなさんが来てくださるのが当たり前だと思っていました。そして、私が生きているのが当たり前だと思っていました。でもね、今日初めて、お会いできるのが不思議なんだなと思って、本当にありがたく思います。」

 ポイントになる点では、
「闘病中、原因不明の激痛にも悩まされ、こんな痛い目にあわせて、神も仏もあったもんじゃない。『みなさん、神も仏もありません』て言ってやろうと、闘病の苦しさを語った。 

 クローズアップ現代のキャスター国谷裕子は、000021「(闘病生活を経て)生きること あるいは死ぬことに対して心境に何か変化は生まれたのか、どうか」と、寂聴の新しく生まれた面を聞き出そうとした。

「普通は92歳で大病したら死ぬのが当たり前なんです。だからこれは 何か 生かして頂いていると思う。何をしたら役に立つのか、今は、“生かされた”ことの意味を考え続けている。」

 青年層にも大きな影響を与えるだけの力がある。000079 寂聴は求められるとどこへも行き、受け入れられている。迎合にも聞こえるが、イベントで「青春は恋と革命です。」と主張というか、語る。彼女の心境は「歌っている、叫んでいる」ように見える。

瀬戸内 寂聴(せとうち じゃくちょう、1922年(大正11年)5月15日 - ):小説家、天台宗の尼僧。旧名は瀬戸内 晴美。 僧位は大僧正。1997年文化功労者、2006年文化勲章。000026 学歴は徳島県立高等女学校、東京女子大学国語専攻部卒業。徳島県徳島市名誉市民。京都市名誉市民。元天台寺名誉住職。比叡山延暦寺禅光坊住職。元敦賀短大学長。
 代表作には『夏の終り』や『花に問え』『場所』など多数。『源氏物語』に関連する著作が多い。多くの文学賞を受賞

「人が悪口を言ったから悔しい」とか
「どうしましょう」とか
 相談がとてもあるの。「その人があなたに税金を払ってくれるわけじゃない。そんなこと聞かないでいい」というんです。000022「だからもっと自由になりなさい。人間の幸せは自由になること 自由になったら人の悪口なんか、受付ないです。何言っているの、と言って放っておけばいいんです。
 そうしたら、思想も自由になる。セックスも自由になる。私はそう思います。
 

 実に鮮明な意見を述べている。
 これが、女性の心にスカッと落ち着く。人気の源泉はここにある、と思った。(最後に)どっしりしたものを一つ書きたいと思うんです。

  自分が死ぬのはいいのだけれど、愛する人に死なれ、残された側には、一番きつい。

 そうそう若い人には、「自分が死ぬのはいい」という、死を恐れない心境は分かりにくいらしい。枯れてくると、死が恐怖でなくなる。死は順番だよ。俗に言えば、「死は、両手上げて、42.195キロマラソンのゴールテープを切る心境」という考え方もある。
 死も生も、表裏一体、それが仏教思想。そうして、人間は安心して死ねるわけだ。枯れない枝は、生木だから、折れにくいし、そこには愛憎が残って燃えにくい。
000014日経連載「私の履歴書」作家瀬戸内寂聴、  
瀬戸内寂聴:どうしたら、いい女になるか NHK

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2015年5月 7日 (木)

壮子の思想って、無為自然に遊ぶ姿勢 人為を嫌う 

000020荘子(そうし、生没年:紀元前369年 - 紀元前286年と推定):中国の戦国時代の宋国の蒙(現在:河南省商丘あるいは安徽省蒙城)に生まれた思想家、道教始祖の一人。荘周(姓=荘、名=周)。
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 至人シジンに己オノレなく
 神人シンジン(真人)に功コウなく
 聖人セイジンに名なし
000024 至人って何?神人(真人)、聖人って何?
 わからんけど、覚えておくのが、昔の教育だ。寺子屋で習字の手習いで書かされて、そのときは、その意味を知らないでもいい、大人になって人生の曲がり角でわかる。昔の教育は、ソレを許していた。まあ、「名人と達人の違いを知る」ようなものだろう。

 荘子の思想は無為自然を基本とし、徹頭徹尾、人為を嫌う。俗世間を離れ無為の世界に遊ぶ姿勢で展開。軸となる傾向は、価値や尺度の相対性を説き、逆説を用い日常生活における有用性などの意味や意義にたいして批判的である。
 つまりは、何もしないことだが、簡単そうで、欲のある人間は、
なかなかそれができない。おかしなもんだ。

 100分de名著で取り上げていた“壮子の思想”は、意外に面白い。 
 

Ide01「寒山拾得」の乞食僧を思い出す。国語の教科書に載っていた。
 中国江蘇省蘇州市楓橋鎮にある臨済宗の寺・寒山寺に伝わる寒山と拾得の伝承。国語の青山ふゆ先生は、生徒が議長になって、この人物をどう考えるか、ソレを討論させようとした。そのとき私は、議長に指名されていた。
「この人物=寒山拾得は、バカか、それとも優れた人物か」と、最初に発言して、みんなの意見を聞こうとした。高校一年では、生徒の側に意見がなくて、その議論は不発に終わった。クラスの人たち、勉強はきちんとやる人は多かったが、自分の意見を培う勉強はやっていないから、私の司会は空回りだった。
 

 この正体不明の人物「寒山拾得」は、現代では、理想の姿とは捉えられないのが、普通だ。しかし、この自然の姿は、なにかひっかかる。今でも、気になる。教科書に載せているのだから、文部省は、日本の高校生に知識ではなく、何か訴えたかったのだろう。
000008「衛の国に,哀駘它(あいたいだ)というたいへんな醜男(ぶおとこ)がいた。その彼といっしょに住んでいる人たちは,彼から心が離れないし,彼を一度見た女たちときたら,親たちに“他の男の妻となるよりは,この哀駘它(あいたいだ)の妾めかけになるほうがいい”
000012000011


と言い出す始末。そんな女は数十人にも及ぶ。 

 彼は他人の上に立って導くのではなく,他人に追随するというのでもない。人々の暮らしを守るための支配者としての力があるわけでもない。人々のお腹を満たして満足させるほどの富を蓄えているのでもない。おまけに目も当てられないほどの醜さだ。人に同調するが導くのでもないし,その名はその国の外にまで伝わっているのでもない。それでいて,男も女も彼の周りにいたがるのだ。確かに他の人間とはちがった何かがあるにちがいない。000013  私は彼を呼びにやったところ,いやまったく,おそろしい醜男振りだ。その彼に何かちがったものがあると気がつくのに,何月もかからなかったんだ。一年も経たぬ内に私は彼にほれこんだよ。
 私の国にはたまたま宰相がいなかったから,彼にその地位を与えた。彼は返事をする前にぶすっとしていたし,申し出を断ったかにも見えた。恐らく彼には満足するほどのことではなかったのだろう。いずれにせよ,私は彼を宰相の位置につけたんだが,すぐに彼は私のもとから去って行った。
 これが、哀駘它(あいたいだ)の話である。

 衛(えい、紀元前11世紀 - 紀元前209年):中国の周代・春秋時代から戦国時代にかけて河南省の一部を支配した国。領土は狭いとはいえ、黄河流域の中原の中心地で、先進地帯であった。
 衛は、紀元前660年には狄により滅ぼされるが、斉の桓公の助力により国を復活。晋の文公、孔子、商鞅など優秀な人材が滞在してもすぐに出国してしまう状況であった。紀元前240年には秦に事実上滅ぼされる。

私も、あっそうだ、と思った話を最近読んだ。
「道元が中国へ寧波(ねいは、ニンポー)に到着して、書類の不備で上陸ができないでいるとき、老僧が話しかけてきた。
 道元(1200年1月19日(正治~建長)1253年9月22日):鎌倉時代初期の禅僧。曹洞宗の開祖
「日本から来たなら、干し椎茸シイタケがあるだろう。少し分けてもらえないか。明日、雲水が300人もの法会がある。自分はその料理番なんだ」
 老僧は、お寺の雑事を勤める典座だった。その老僧に聞くと、蜀(四川省)出身で、寺にあること40年で典座を勤めているという。それを聞いて、道元はがっかりした。40年勤めて、まだ典座か、と思った。それを率直にいうと、典座は言った。
「外国の若い人よ。あなたは、まだ禅がわかっていない。禅とは料理することであり、庭を掃くことであり、いろいろ日常のことをするものなんだ。禅を学んで出世するものではない」
 これを聞いて、道元は禅がわかったのだと、『典座教訓』に書いている。」
 司馬遼太郎全講演(4)朝日文庫「日本仏教に欠けていた愛」の中にあった文章。
 禅を理解するには、コレだ。コレを理解したら、人生に焦りがなくなる。あるがままでいいのだ。秀才、エリートになればなるほど、コレが理解できなくなる。

N 道元の留学、貞応2年(1223年) 明全とともに博多から南宋に渡って諸山を巡り、曹洞宗禅師の天童如浄より印可を受ける。その際の問答記録が『宝慶記』(題名は当時の年号に由来)である。
安貞2年(1228年)(五年間の留学後) 帰国。


印可(いんか)とは、師がその道に熟達した弟子に与える許可。書面は印可状と呼ばれ、いわゆる“お墨付き”。禅宗では、悟りを開いたと認められた弟子が、師の肖像の上に「偈文」漢詩=説法を書き、卒業証書とした。

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