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2016年6月

2016年6月29日 (水)

 ラジオ体操も無理しないで、やりたくないのは、やらんでよろしい。

 昔タクシーに乗ったら、運転手さん、冷房をつけていなかった。
「この暑いときに冷房を入れないなんて」と思ったら、運転手さん、「冷房は体に悪いんでね」という。
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 最近、冷房を入れていない店はないし、職場でも、当然のように冷房が入っている。しかし、私は、扇風機で夏を過ごそうと思っている。汗がでてこそ、人間の体の正常であると思っている。昔のタクシーの運転手さんのやっていたことをやっている。

 子どもの頃は、小学生時代は、毎日市営プールへ泳ぎに行っていた。そうだ、プールには男子の時間、女子の時間が分かれていた。確か、12時から2時で男子が終わった。4時までが女子だったような気がした。その以後が、一般成人となっていた。
 
 水は、四つ目川の水をそのまま引っ張ってきて、プールに入れていた。水道水15m×25mを入れ替えると、10万円くらいする。医者の●家では、7,8月は水道代に15万払ったといっていた。

 子どもが小学生までは使うけれど、家にプールがあるからってそう入るものでもない。入らないときにゴミが入って水が汚れることの心配の方が大きい。プールにかぶせるシートはない。作った医者の当人はひと夏にプールに入るのは一回か二回がせいぜい。冬のプールほどアホに見えるものはない。

 それで、昼ねしていたら、暑い。汗を胸にも首筋にも汗をかいて目覚めた。時計を見ると32・2度だ。最近は時計に温度計・湿度計がついている。30度越して、寝ているのは熱中症で危険かもしれないが、こんなことで、人間は死なないようになっている。

 シャーワーでも浴びたら、生き返るような感じになるし、いいんじゃない。夏は暑くても。しかし、集中力があれだ。欠如して、いい仕事ができないのが珠に傷だ。

 暑さの夏はおろおろ歩き、夏はそういうものだ。と思えば、いいのさ。しかし、夏も午睡もせず、セッセと働くのは日本人だけだ。

 最近、三つ用事を考えて外に出ても、二つこなして後一つは忘れて帰ってくるのが多い。

今年は、真剣に戦う夏にしたい。そうしないと、何も遺すことなく、あの世にいってしまう。大橋巨泉も永六輔も、行っちまったから、兄貴!しっかりしてくれ!

 行くべきときに行くのが、それがちょうどいいのだと、黒鉄ひろしは、そんなことを言っていた。
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2016年6月24日 (金)

英国EU離脱を決意、これはナニを意味するか?

 飛行機が(英国)ヒースロー空港に着いて、歩くと本当にここがイギリスかと思わせるモノが少ない。空港で働いている人はイギリス人という感じの人がいない。
 これをウインブルドン方式と聞いたことがあるが、鼻の高い、色白の堂々たる体格の代表的なイギリス人がいない。
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 EU離脱ガックリだ。ヨーロッパが人類の統合のさきがけになると、多くの人々が期待していたのに。

ウインブルドン方式というのが、場所を貸して、いろんな人種の人の集まる場所で、稼くというのが、イギリス人、英国だと思っていたが、そうすると、イギリス人の自主性がなくなる。イギリスを取り戻そうと思ったのが今回のEU離脱の意思表明だったのかもしれない。

 観光名所を歩くと、これでもかというほど、外国人が多い。まあ、観光なら、それでいいのだけど、たしか、医療がただだから、日本なら保険料を払って、その上に診察代金とか、毎月初診料をとる。日本人が欲我慢していると思うほどだが、イギリスは「ゆりかごから墓場まで」所皆保険がただ。植民地があるからそれが可能だったというカゲクチを叩かれるが、そういう楽な幸せを知っているから、それを外国から入ってきた外国人は幸せだ。

 15年ほど前、イランから出稼ぎに日本に来てたカレが、日本からクニに帰るといっていたが、その後、イギリスヘ行って稼ぐケースが多いらしかった。英語はなじみやすいし、日本語を使えるようになるには、2年くらいは掛かるが、英語なら行ったときから理解できる。

 イギリスへ行ったのは、一回しかないが、都会には労働者風な外国人ばかりだった。娘一家が住んでいる家の下には、リタイアした夫妻が住んでいた。色白なインテリそうな老人だった。紳士がいるのは田舎だ。
 私たちが帰る一日前に、向うのお父さんが話しかけてきた。「ゆっくりしゃべってください」という英語が通じたら、喜んで話してくれた。

イギリスが外国人で一杯になるのは、住んでいる人には、ガマンできないのだ。日本に置き換えたら、韓国人、中国人、その他の外国人ばかりの日本になったら、EUから脱退したくなる気持ちがわかるような気がする。

 経済の面での損失を日本のテレビは言っているが、経済の面で勝ち組の体制側は、英国のEU脱退を困ったことだというが、それを選択したのだから、この道をいくしかない。

EUというヨーロッパという人類の知恵の結晶だという面をヨーロッパの統一は人類の知恵だと思うしかない。
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2016年6月22日 (水)

若い人の言葉は早すぎ、年長者の話はカツゼツが悪い

若い人は、自分がわかっているからか、スイスイ飛ばして説明して、マニュアル内容を伝えたと思っている。相手がわかってくれたか、ソレを確認してほしいものだ。これは、携帯の電池が切れたから新しくしたいと思ってわけ。
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そうしたら、生産中止してから●●年しぎて在庫がありませんと来た。「新しい機種に」と盛んに勧める。それ以外に選択の余地がない。今の機種をそのまま使おうというには外部取り付けの電池をと金魚のフンのような充電器つき電池を持ってきた。それは携帯の意味なさないだろ。ドコモは、商売が下手というか、えげつないセールスをする。結局、新機種にしたが、以前買ったときは、携帯本体はゼロ円で、使用料で回収する販売方法だったが、今回は機種本体は3万3千円だ。それを料金払いながら、2年の月賦分割払いで、料金は結局今までの支払と同じ程度という●●モデルということだ。

 内側の論理で話を進めて、俺客の論理は聞いてくれない。話は細かいから客には説明しているが納得はできないが、説明を聞いたと言うサインをしないと次に進まない。しょうがないから、納得したサインを書いてしまう。なにしろ、携帯の機能を使いこなしていないオレには質問して納得して進みたいのだが、遠慮してしまう。

前に担当だった人は、丁寧に書いてメモくれたが、しかし、携帯メールの使い方、マスターできなかった。専門用語が多く、言葉は聞こえてもその意味が飲み込めない言葉が多い。それをマニュアルをしゃべってくれているが、頭の中を素通りだ。

 早く処理したいのだから、早くしゃべるのだが、伝わってこない。この携帯の説明は、難物だ。

 年寄りは、説明をしてくれているが、自分の信念なんだろうね。自分は納得しているが、相手に説得するというより、語っているが、カツゼツが悪くて、聞き取れない場合が多い。相手と噛み合って議論になることがない。自分は自分の意見、相手は相手の論理であるから、議論が行ったり来たりがない。話は一方的になりがち。聞き取りにくい人が多いのだが、本人は相手が聞き取り難いのは相手の耳のせいだろうと思っているみたい。多くの年寄りは、カツゼツよくしゃべる気遣いがない人が多い。

 私自身が誤解しているのかもしれない・・・と今は思っているが、わかりやすく話しているつもりだが。そうでもない面もあるかもしらないが。言葉は早すぎ、年長者の話はカツゼツが悪い。

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2016年6月20日 (月)

とと姉ちゃんの常子=大橋鎮子「暮らしの手帳」のがんばり

02『暮しの手帖』っていう雑誌、今も続くヒット雑誌を創刊している大橋鎮子という女性の人生を描くのが「トト姉ちゃん」NHK朝ドラ。その大橋鎮子=小橋常子の実像が、徐々に『暮しの手帖』に今週から近づいている。 

 朝ドラでタイピストとして勤めた会社で、常子はいとも簡単に辞めさせられたが、「女性は産む機械」と言い放った大臣経験者がいた。結婚までの腰掛として、勤める女性が大半だ。確かNTT(電電公社)の電話交換手は、30歳まで残っていると肩身が狭い様子に見えた。今では、こんな見方をする人は、非難されるが。
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 戦前教育を受けた女性は、高等女学校を卒業したら、花嫁教育の和裁一年、その他料理の勉強して、見合い写真をばら撒いて・・・親のしっかりしている家では、大体二十代前半で結婚した。片親だったり、あるいは小さい兄弟姉妹のいる家の女性は、オールドミスになるまで結婚できないから、「行き遅れ」とか「行かず後家」という言い方をしていたのが、戦前の日本社会だった。
Photo 常子=鎮子は、高等女学校を卒業後、日本興業銀行に3年勤めたが、大学へ行きたくて銀行を辞めて、日本女子大学に入学。しかし、1年で肺結核となり、学業を断念。当時、栄養状態のせいか、昔の人は、結核になる人が多かった。 

 前の勤務先(日本興業銀行調査課)より規模は小さいが、創刊されたばかりの日本読書新聞に入社。戦争末期の休刊時、戦後の復刊時と、常に編集部に所属した。「日本読書新聞」社は、理解のある社長に救われた。出版社は、小さくても、ヒット企画が当たれば、突如一流になれる不思議な業界である。 

 戦後、日本読書新聞でカットの仕事をしていた花森安治と知り合う。1946年、花森、長女の常子=鎭子・晴子・末妹の芳子の三姉妹と横山啓一で『衣装研究所』を銀座で設立して社長となり、雑誌『スタイルブック』を創刊。1948年には花森編集長の元で『美しい暮しの手帖』(後の『暮しの手帖』)の創刊に参加。1951年、社名を現在の暮しの手帖社と変える。01 生活の為に、はとを捕らえて鳥屋へ売りに行ったり、歯磨きを作って商売しようと考える小橋常子だから、出版の企画もアイディアが光っていたのだろう。常にヒットを考える着想力は、雑誌『スタイルブック』、後の『暮しの手帖』も、ヒットが出た。しかし、出版業界は、一発屋が多く、他社のヒット見逃さないで、真似した雑誌がすぐ後追いして、最初の企画者の成果を横取りしてしまう傾向がある。だから、当ててもすぐポシャる事が続いた。 『スタイルブック』も、アレは中学生の女子、女子高校生、流行に敏感な人には大人気だった。カラー、紙質のいいグラビアが魅力だった。学校の図書館に置いて、夢中でみていた。類似の雑誌が多かったのは確か。そういう類似雑誌が多くなったときは、社会では流行っているようにみえても、発行する側は儲かっていない。03 しかし、インテリ主婦をターゲットにした「暮らしの手帳」は、電化製品の良し悪しを判定する実験を伝える雑誌として、ユニークだった。広告を載せない雑誌として、業界からの圧力を撥ね退けて、中立を保つ姿勢を貫いていた。 

1969年から長年にわたってエッセイ『すてきなあなたに』を同誌「暮らしの手帳」に連載。そのエッセイにより1994年第10回東京都文化賞を受賞した。花森の死去(1978年)により編集長となる。2004年に横山泰子(妹の息子の妻)に社長を譲り社主となる。 

 つい3年前、2013年3月23日午前8時37分、肺炎のため東京都品川区の自宅で死去。93歳没。

朝ドラ『とと姉ちゃん』は、『暮しの手帖』の創業の軌跡
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2016年6月17日 (金)

「舛添要一」的な秀才教育を目指しているのが日本だよ。

「舛添要一」をボロンクソに日本中が大騒ぎをしていたけれど、もっと早くに言えたら日本も見上げたものだが、皆が叩き始めると、尻馬にに乗って、水に落ちた犬を叩く。そういうのは嫌いだ。 勉強して偉くなったら、半分は、「舛添要一」になる。
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 彼の問題点を日本中が気付いた。つまり、法律的には正しくとも、ズルはいけない。そのズルは「法律的にはセーフ」を舛添さんは、『正しい』力入れて力説したから、アウトになった。都議会の議員は法律的に正しくとも大衆的にはダメ名ことを知っている。それを秀才過ぎると、法律のアナを知っているから、間違っていないと思い込む場合がある。特に友達の少ない秀才にありがちだ。

 身近な親族、かつての奥さん、そして自民党の政治家たちから評判が悪い。彼のやって来たことにハカリゴトが多かったからでしょう。

 舛添氏は、東京大学法学部での4年間の成績が全部「優」だった。全優を取るにはコツがあり、必要な単位よりも多めに講義を受講し、優が取れそうにない科目は試験はパスする。全優は、就職での有利。成績がよくて、一流会社に入っている学生は、大抵はこういうことに詳しい。大抵は、セイセキのための情報をやり取りする。まあ、舛添氏は、ナカマが少ないから単独でやったかも。

この大学の成績は、優、良、可、不可の4段階ですが、良と可をとらないようにします。当時は、相当の出席があれば必ず優をくれる教授も多かった。休講も頻繁でした。保証します。

 家庭を大事にしていることを言っていたが、彼の前半生、女という女を食い漁って(いけない、こんな失礼な言い方はいけない)が、絵画に投資して稼ぐコツを本にしているが、汗水たらして働くより、要領よく稼ぐことを頭のいいものはやっていいのだ。それは法律に違反していないし、悪くはない。それは、たしか、間違ってはいないが、貧者を思いやるという善にには向いていないことは確かだ。

彼の行状は、都知事になって2年、それ以前の国会議員のときの金銭、政治資金を勝手に使っていた実態は、他の国会議員もやっているだろう。某金丸さんは、金の延べ棒を議員宿舎に持っていたのが死に際バレた。法律的にはセーフだったりする。

恋愛は法律に違反しないから、そっちでも、法律違反にはならないかもしれないが、かなりアクドイことしている。しかし、今回の騒動では出てこなかったが、あるよ、いろいろ。片山さつきがあらいざらいしゃべったら、舛添要一は一日で政治生命を失うだろう。
舛添要一 身体検査「噂の下半身」:
舛添要一、新党は誤った選択: nozawa22 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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2016年6月15日 (水)

孫との交流 彼の内気を治してあげたい

10 子どもはしつけられるとできるが、登山のマナーが案外若い人は「こんにちは」というのが、難しい。
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 もう高校生になってしまったR君、保育所に入っていた頃、母親が勤務のときには、おじいちゃん。おばちゃんが親代理でお迎えに行ったりしていた。二歳になるかという年齢から入っていたので、保母さんにだっこされたりして、オトナとの交流になじんでいた。ゴク親しい保母さんには話しができるが、帰りには別の保母さんか保父さんになると、途端に別の感情が芽生えて、さようならがいえなくなった。

 親しい保母さんでも、帰り園庭に出てしまうと、二階で手を振る保母さんに「さようなら」と大声は出せない。この度胸が・・・むずかしいところだ。大声で叫ぶタイプではなかったが、気兼ねなくオープンにできる元気さを賞賛する傾向がある社会では、ソンな性格かもしれない。

投稿の記事から、孫の少年の姿が、ウチの孫に似ているなァと思った。この孫との付き合いの時期は、アーという間に過ぎてしまう。せいぜい10年くらいしかない。いい関係を築くことがその後も、影響が残る。

 自分を売り出すにはソンかもしれないが、内気の性格が悪いわけではない。友人というグループをつくれば、案外中で核心部分を形成する中心になりうる。
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2016年6月12日 (日)

録音テープ起こし/データ-名刺入力/執筆代行/

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http://www.nozawa21.net/データ-名刺入力/

http://www.nozawa21.net/テープ起こし/

http://www.nozawa21.net/執筆代行/

http://www.nozawa21.net/アンケート入力/

お問い合わせは、下記で
http://www.nozawa21.net/お問合わせ/

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便利だけど息苦しい“不寛容な社会”インターネットの発達で

 不寛容社会の問題点を多岐にわたって出していたから、簡単に語れなくなるが、ツートやSNS,ネットの炎上など、特定の意見に寄ってたかって潰しにかかる勢力、000051あれって、昔は匿名の便所の落書き、今も匿名で意見を述べているようなものだ。政治的に見ると、日露戦争後の日比谷公園の焼き討ちデモのことか。
 もっと、英国の公園のスピーカーズコーナーでしゃべるほど整理されていない、感情から発する意見が多い。
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 もう一点は、自分と違う意見のよさを発見することができない。相手の意見にいい点を見つけるとそれを認めない。
 日本人特性か、空気を読むというか、社会の空気と違うと、村八分にして、個性のある意見を好まないのが日本人の特徴だ。自分の身を安全な場所において、相手を攻撃する傾向がある。000001000015
 熊本地震で支援を表明した著名人などが批判される“不謹慎狩り一億総バッシング”。
 このところ、1つの過ちや発言をめぐって、個人や組織が糾弾される事態が相次いでいる。舛添さんがバッシングを受けているが、それってみんなそんなに身奇麗か・・と反問したら、だれもそんな強いことが舛添さんに言えなくなるようなものだ。
 

 ひとたび火が付くと、たちまち尻馬に乗ってエスカレートする。000048000070000079 個々の人の特徴だ。私たちの身近なところで、住民から「子どもの声は騒音だ」という苦情が出るなど、世の中が息苦しくなったという声が多く聞かれる。 

 最新、他人の過ちや欠点を許さない“不寛容な社会だ”と答えた人が半数近くに上り、“寛容な社会だ”という声を上回った。000016 何かにつけて対立構造が浮かび上がり、主張が先鋭化する現代社会。
 「社会が萎縮してしまう」、
 「自由な言論が脅かされる」。
 なぜ不寛容な空気が広がっているのか、冷静な議論のためには何が必要なのか。徹底討論する。000009000066_2
 スマートフォンが普及している現実は、すごい。そこから使う大衆に逆襲されているのだ。今まで供給側に消費者が何をされたか考えると、デジタル化でアナログTVを捨てた金額を考えると・・・これを金額にした統計はあるのか?そうしておいて、消費者に文句言う体制側の戸惑いかもしれない。

当の批判している一般の投稿者の言い分が取り上げられていなかったな、そんな印象だった。

要するにこの番組の落とし所は 「批判してもいいのはメディアだけ。ネットの素人どもは黙ってろ」 ってことなのかね?
個人の「生の声」が邪魔で仕方ないって流れにしか思えないんだけど? 「生の声」を無理矢理に「個人のストレス」にまとめようとしてるところとか

#不寛容社会 津田「司会が居ないネットは言いっ放しだからダメ」 放送台本があって 司会も流れがあって 出演者たちも求められてる発言を承知で発言して それをパッケージングして「テレビ討論は正しい」 すげーな、この無茶苦茶な論理

ネットの悪い面を100万倍にしたのがマスメディア

NHKは現代的な地域社会の瓦解やいわゆる #不寛容社会 的なものへの警鐘を鳴らすのは大好きなのに
そう言った際に、なぜか
経済的な側面をスルーしがちだし、テメーらが応援してる緊縮財政こそ不寛容社会つくってる大きな原因と理解できない
 拾い出して読み直してみると、市民の意見として、納得できる面がある。体制側には困っているのかな。
ただ、言葉遣いがキツイのが目立つが、

 経済面が根本にあるような気もするし、ネットの言い放しは、スパーの客と店員の関係に似ている。何も言わなくてもいいし、カネさえ払えば用が足りる。それは、パソコン操作すると意見が書けるのと似ている。相手との挨拶とか何かは不要。

 

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2016年6月 9日 (木)

「人間佐藤一斉の悩み」(風詠社)かくれた彼の青春の蹉跌

郵便受けにドスンという音がして、なにか書籍でも来たのかと行ってみると。従兄弟のT彦さんからの郵便物だった。02 中に入っていたのは、「人間佐藤一斉の悩み」(風詠社)という本だった。以前、岐阜県恵那郡岩村町出身なら、「佐藤一斉」のことを知っていると思って、ハガキでT彦さん聞いたが、ご存知なかった。
 
佐藤一斎「言志四録」人生訓: nozawa22
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 今回、この本の著者、ペンネーム美濃吾作、本名を見るとTさんの弟Hさんだった。大蔵官僚だった彼とは余り接点がなかったが、「美濃」を冠したペンネームを使うとは、故郷に恩返しのような意識があるようだ。Hさんは、昭和30年ころ、高校生の雑誌「蛍雪時代」旺文社の募集した作文で最優秀賞をとった経歴がある。

02_2 儒学者佐藤一斎は、「言志四録(げんししろく)」で
少にして学べば壮にして為すあり。
壮にして学べば老いて衰えず。
老いて学べば死して朽ちず
。」「三学戒」
(少年時代に学べば壮年になってから役に立ち、何事かを為すことが出来る。壮年のとき学べば老年になっても気力の衰えることはない。老年になって学べば、死後もその名が朽ちることはない)と書き残している。そのプレートが岩村の町のあちこちに掲出されていると聞く。

 こんな名文句を吐く人は、どんな人生を送ったのか。学者として王道を歩んだのか・・・と疑問をもったが、Wikipediasを見ても何も参考になることは書いていない。

この本を見たら、佐藤一斎の二十歳頃には、岩村藩の江戸屋敷に藩主候補の兄貴分、四歳違いの松平乗衡とつるんでいた。浅草寺の裏の吉原遊郭大門の外側で、辻斬り遊びをしていたと書いている。遊郭で大金を浪費する青年を捕まえて、峰打ちをして、青年に「お前の遊んだ金は、店の金か、自分の身銭か」と聞いて、自分の貯めたカネといえば、「汗水たらして稼いだカネを吉原の女郎につぎ込んでしまうとは、何事だ」と説教し、店のカネを使い込んだといえば、「そんな不心得ものには、天誅だ」と、再度、峰打ちをした。

 岩村藩の江戸屋敷は、日本橋浜町(今の人形町)にあったから、吉原まで、歩けば1時間くらいの距離だった。しかし、この辻斬り説教強盗のうわさは江戸中に広がり、青春のヒトコマとしてやったつもりが、公儀にも知れてしまう様相になって、猛ソレはできなくなった。

春、さくらの見ごろの頃、松平乗衡がお気に入りの娘を三人を口説いて舟遊びに誘った。娘たちを誘うのは、一斉の役目だった。船頭を除いて三人乗りの小舟で、船頭を雇わないで一斉が櫓を操った。隅田川へ。川幅も広く波も穏やかであったので、船頭のほかに四人乗っても大丈夫だろうと考えた。

 お女中たちも花を愛でつつ、おしゃべりしたり、花見弁当を広げていた。お酒も入ってにぎやかになって、日ごろの謹厳振りから開放されていた。殿も櫓をこぐ一斉に声掛けた。
「おーい、一斉(当時は幾久蔵)、お前も呑め。さくらが満開でこんな気分のよい日はないぞ」
 酒の入った杯を持って立ち上がり、一斉のほうへ移動しようとした。そこへ運悪く、大きな運搬船がすれ違った。その大波がうねりとなって、彼らの小舟を大きく揺らして水しぶきがかかる。お女中たちは、「あれぇ」と、舟べりをつかんだり、立ち上がろうとした。舟のバランスが崩れて、重心が大きく偏って・・・定員を超えて乗っているから舟は浸水して、転覆してしまった。

「殿、あぶない!」
 殿を支えようとしたが、そのまま水中に落ちてしまった。殿を助けるだけで精一杯で、お女中たちは振袖で着飾っていたので、水を含んだ着物の重みで浮き上がることもでいなかった。三人ともに溺死した。男二人は近くの船に助けられたが、女三人は隅田川の藻屑と消えてしまった。

 藩主の嫡男乗衡と家老の嫡男がしでかしたこの不始末は、誠に重大であった。場合によっては、公儀から藩の取り潰しもあるかもしれない。この件は、折をみて幕閣におとりなしを願い出るほかない。それまでは、両人には謹慎をもうしつける、ということだった。

 一斉は、殿には何の過ちはなく漕ぎ手の一斉の不注意から起こったことで、腹を切ってわびるつもりであった。藩内にはかん口令が敷かれていたが、当日の事件の様子は川岸から丸見えであり、人の口には戸を立てられず、岩村藩の家老が取り調べを受けることになった。岩村藩は松平家の治める藩であり、きちんとした裁きをしないと他の大名に示しがつかない。しかし、お取りつぶしまでいくと、大事になって幕藩体制にヒビが入りかねない。

 審議の結果、事件の主たる責任は、佐藤一斉にあると断じて、彼は藩籍を剥奪し追放になった。侍の身分を離脱させることになった。殿の方は身分はそのまま、当面謹慎せよという処理であった。これは温情のある裁きだった。佐藤一斉は、切腹せよという沙汰があるかもと、覚悟していただけに救われた思いだった。

 士籍を離れた一斉は、学問で身を立てるしかないと考え、名前を捨蔵と名を改めた。捨蔵と改めたとき21歳(数え)、殿から呼び出しがあり、上方への遊学を勧められた。殿も彼が全部責任を被って藩籍を剥奪されたことの気にかけていた。

 易学、数理、天文を学んだ。半年ほどしたとき、師匠皆川淇園の娘から「江戸から来た人にはだまされないようにといわれていたが、佐藤一斉様はたいへんまじめで、勉強熱心と父もほめています」という出だしで、彼に「私をいかが思っていますか」と手紙をもらった。特段問題のある文面ではない。かつても一斉だったら、「据え膳食わぬは、男の恥」とばかりに受けて立ったにちがいない。しかし、今は事件のあったあとだ。学問で身を立てるしか今後がない。
 娘に真情に心をあつくなりながら、娘の文を師匠淇園に届けた。

 淇園は娘を呼び激しく叱責した。娘は恥ずかしさと口惜しさで一杯になり、そのまま裏の井戸に身を投げた。
 一斉は娘の死を知り、師匠にも迷惑を掛けたことを悟り、予定を切り上げ大坂へ戻った。

 大坂で、陽明学を中井竹山(懐徳堂)に学び、上方での修業を終えて江戸に戻ると、殿は林塾への入門を勧められた。

 26歳(数え)で、幕臣の娘と結婚した。最初の結婚がとても琴瑟相和し、趣味に合って三人の娘をなした。これが妻を亡くし、一番妻に似た娘も失って・・・それから二人目の妻とは離婚し、三番目の妻とは長くくらしたが、どこかぎこちない関係であった。

 佐藤一斉の学問とは関係ない部分の経歴を辿ったが、
「言志四録(げんししろく)」で
少にして学べば壮にして為すあり。
壮にして学べば老いて衰えず。
老いて学べば死して朽ちず
。」「三学戒」を語る裏にこのような歴史が彼にはあったことを知るのは、知識に厚みを与えると、思う。

 経歴はWikipediaにも書いてない。岩村にある一斉塾の理事長から聞いたようなことが書いてあった。岩村藩の家老の家系であったが、士籍を失ってから岩村へも寄っていない。
 T彦さんの家系は、家老といわれても、知らなかったのは仕方がないのかも。 一斉には大きな引け目になっていたのかもしれない。今は、岩村市民の誇りになっているが、本人にとっては、岩村は遠くあるふるさとだったようだ。
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佐藤 一斎(さとう いっさい、安永元年10月20日(1772年11月14日)- 安政6年9月24日(1859年10月19日))は、美濃国岩村藩出身の著名な儒学者。諱は担。通称は捨蔵。字を大道。号は一斎のほか、愛日楼、老吾軒。

安永元年10月20日(1772年11月14日)に佐藤信由の次男として、江戸浜町(中央区日本橋浜町)の岩村藩邸下屋敷内で生まれた。生家は佐藤方政の子孫の系と伝えられ代々藩の家老を務める家柄だった。一斎も寛政2年(1790年) より岩村藩に仕え、12・3歳の頃に井上四明に入門し長じて大坂に遊学、中井竹山に学んだ。

寛政5年(1793年)に、藩主・松平乗薀(のりもり)の三男・乗衡(のりひら)が、公儀儒官である林家に養子として迎えられ、当主(大学頭)として林述斎と名乗った。一斎も近侍し門弟として昌平坂学問所に入門する。文化2年(1805年)には塾長に就き、述斎と

共に多くの門弟の指導に当たった。

儒学の大成者として公に認められ、天保12年(1841年)に述斎が没したため、昌平黌の儒官(総長)を命じられ、広く崇められた。当

然、朱子学が専門だが、その広い見識は陽明学まで及び、学問仲間から尊敬をこめて『陽朱陰王』と呼ばれた。門下生は3,000人と言

われ、一斎の膝下から育った弟子として、山田方谷、佐久間象山、渡辺崋山、横井小楠、若山勿堂、池田草庵、東沢瀉、吉村秋陽、安

積艮斎、中村正直、林鶴梁、大橋訥菴、河田藻海、竹村梅斎、河田迪斎、山室汲古、北條悔堂など、いずれも幕末に活躍した英才がいる[1]。同門の友人には松崎慊堂がいる。将軍侍医の杉本宗春院とは極めて親しかった。

また、一斎は常に時計を持ち、時間厳守を第一とする厳格な性格の持ち主であった。だが「蛮社の獄」では、無実の罪で窮地に落ちい

った渡辺崋山を擁護する毅然とした対応を取らなかったので、後々(特に明治以降)「言行不一致」と批判される事となった。

安政元年(1854年)の、日米和親条約の締結交渉では、大学頭・林復斎(述斎の六男)を補佐している。安政6年9月24日(1859年10月19日)、88歳で死去。長男・慎左衛門の娘・町子(まち)は田口卯吉・木村鐙子の母親(異父姉弟)となり、鐙子の名前は一斎の命名による。また、三男・立軒の次女・士子(ことこ)は、実業家の吉田健三に嫁ぎ吉田茂の養母となった。

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2016年6月 8日 (水)

消費税10%再延期。安倍総理は政権維持の権道政治・・

000000Kishigenron
67347106_2 安倍総理の顔がだんだん、爺さんの岸信介の顔に似て、鼻のヨコのシワ(ほうれい線)がソックリになってきた。60年安保のときに、強引に自分の考えを押し通すために行なう政治を称して「権道」と岸信介といった。それまで、権道という単語をしらなかった私は、「権道」を時の総理岸信介さんにおそわった。目的は正しいが、手段が強引な手法=ケンドウ「権道」
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Ae 麻生副総理は、安倍総理の延期は衆議院を解散して国民の信を問わなければという反対論を述べて、アレ、消費税アップを約束して選挙して政権についたという。偉く正論を吐くなあと思っていたら、次の日には安倍総理とあって話しをして、コロっと変ってしまった。『麻生さんと、二人で作った政権』じゃないかと、口説いたという。つまり政権の維持のためには、損なことはしない・・・という政治家の正体を見たり・・・だ。

平成29年4月の引き上げについては、景気判断条項を付すことなく確実に実施いたします。3年間、3本の矢をさらに前に進めることにより、必ずやその経済状況をつくり出すことができる。私はそう決意しています。」
  安倍総理は、2014年11月18日 消費増税延期の説明をそのようにして、今回2016年6月に再延期した。

「来年10月の引き上げを18カ月延期し、その後、再び延期することはない。ここで皆さんにはっきりとそう断言いたします。」消費税という為政者には便利な“打ち出の小槌”を振れないのは、産業界に重圧をかけて、不景気になるといいう心配だ。

 首相はこれまで自らの政策=アベノミクスは成功したと説明してきた。成功したのであれば、消費増税に踏み切ることができるはずである。だが、消費増税について首相は躊躇している。000007_2アベノミックスが失敗したとは、クチが裂けても言えないから、手を変え、品を変えて、「敗戦ではなく終戦」「撤退ではなく、転進」と言っていたころの言葉の使い方をしている。000013
 福島の第一原子炉がメロトダウンして、放射能が広がったときも、外国の情報が正しかったが、日本政府はウソ情報を流したし、なるべく国民には正確なことを知られたくなかった・・・戦時中、英語の短波放送を聞いた人だけがポッダム宣言を聞いて正確な情報を知った。それに似たような情報操作を安倍政権からも経済の失敗にも、流されているようだ。000023000025000027 国際経済状況の変化を理由とすれば、首相が掲げてきたアベノミクスがうまくいかなかったために日本経済が上向かず、この結果、消費増税を先送りすることになったという批判を免れると考えて、リーマンショックのような世界的な不景気を呼び寄せる・・・と、世界の首脳が集まったG7で、日本の消費税アップを中止する理由にしたら、 イギリスのキャメロン首相やドイツのメルケル首相は世界経済がリーマンショック以前のような危機に直面していない、と異論を唱えたという。
(イギリス・サンデータイムズやファイナンシャル・タイムズ)

 国際会議の場を国内問題の言い訳に使ったから、良識のある国民にとっては不快だった。つまりは、アベノミックスの失敗という現実を見たくないから、言い訳、言い訳を次から次と出してくる。

 紙幣を国内にジャブジャブに溢れさせて、2%の物価上昇という奇手を使って、一見好景気に見せる手段を次から次とやらかして。そんな手段で国内が好景気になるはずないだろう。
 町中歩いてシャッター街になっている現実を見て、何がどうしたからこんなに不景気になったか、考えているのか?

 商店でいえば、大手小売店が、町の零細ジイさん、バアちゃん商店の売上げを奪っているからだ。コンビニ、スーパーに集中して商品が回るようになっているこの現実に、イギリス産業革命の囲い込み運動エンクロージャーみたいな現象が蔓延しているのだろう。これをどうしたらいいか・・・誰も考えないからね。

 とにかく、町が疲弊している。
 消費税で、大型商店に落ちるカネを全国に、行政を通して、平均化できるなら、やってみようと思う。だけど、その平均化する官僚があまりそいういう意識がないから、うまくはいかないかな。

 値上げ、2%のインフレというが、10年で物価が20%上がると、物の考え方が変る。親子の断絶が起きる。そんなことを司馬遼太郎の受け売りでしゃべっても、世間の人に通じないが。

 消費税を上げないで、財政破綻を座視していて、大丈夫だとは思わない。消費税を上げないで、パチパチと拍手しているだけでいいわけない。
 消費税を上げると、それを巧妙に我田引水のように自分のほうへ持って来てしまう団体もいる。それでも、多少のオチコボレを覚悟で、消費税を導入しなければ、全体としての社会がうまく機能しない・・・と、まず考えたほうがいい。これが悩ましい点だ。

 あとは、我田引水の不公平や落ちこぼれる破損場所を修繕しつつ前進しなければならないと思う。
 今考えなければならない医療費問題、社会福祉問題、出生率の問題がある。それらを討論する場も必要だし、各自の問題意識を盛り上げないといけない。
 そのためには、選挙に行く人が多くなって、動員されていく固定票を上回る意識の高い「浮動票」が多い社会にしようと思う。それが、私の今の革命意識だ。戦争放棄の9条を守るには、しっかりした「浮動票」の育成が肝要だ。

 政治問題は、関心が高くなっても、その行く末が床屋政談になっても意味がない。それでは政治的な無気力を生んでしまう。
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2016年6月 6日 (月)

顧客名簿作成・名刺データ入力・DM宛名シール

データ入力
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執筆代行(①ゴーストライター/②スピーチライター)
①ゴーストライター
 原案は著者が考え、著者に代わり一冊の本になるまでの作業。
著者の持っているテーマを聞き出し、著者の言いたいことを表現する作業。
出版社・印刷所に提出できる体裁にします。 《→執筆代行詳細へ

 

②スピーチライター
 スピーチ・演説(選挙、講演等)、ご挨拶の原稿を作成します。
 ご用件、詳細条件を電話でお伝えください。着手金20,000円  

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2016年6月 5日 (日)

映画『飢餓海峡』、狙いはいいが、筋運びに難、評価A

 『飢餓海峡』、水上勉の推理小説の映画化。
 昭和22年の混乱時期の日本に台風が北関東を通って、津軽海峡で青函連絡船を転覆し大騒動。その最中に北海道岩幌町の質店に強盗が押し入って強盗殺人、放火をして逃げる二人の復員軍人、列車の中で、脱獄囚犬飼多吉=三國連太郎はグルになって、青森へ逃走を狙う。
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 青函連絡船の事故で海は荒れて、多くの人が大騒動の中に脱獄囚三國連太郎=犬飼多吉は、強盗の復員兵二人をボートの中で、殺害して彼らが奪ったカネが犬飼多吉の手にする。

 大嵐のなか、犬飼多吉は大湊(現:むつ市)の娼婦杉戸八重=左幸子と知り合って、一夜を共にし、謝礼に大金を渡した。当時の大湊(現:むつ市)は、漁業か炭鉱で栄えていた。娼婦の館が80軒も残っていた。昭和22年では、赤線は公認営業だった。

 二人の仲間を殺し、心に暗さをもっていた犬飼多吉は、八重がトロッコ列車の中で握り飯を呉れて、明るく親切なに心をひかれ、ほっとした。大湊で下りて、別れたが犬飼は八重の後をついて宿までついていった。八重も嬉しがって部屋に上げた。一緒に風呂へ入ろうとしても恥ずかしがるほどだったが、・・・。身の上話をしてやっと気心が知れて、つめを切って肩をもんでやる。
「泊まっていくだろう」と聞くと、帰る「いくらだ?」という。50円だという。身支度して帰る際に、カバンから100円の札束を新聞紙にくるんで、八重に渡す。
 犬飼が帰ったあとに、「こんなにもらえない」と彼の後を追って外へ出るが、彼は見当たらない。

八重は悲惨な境涯から抜け出したいと願って現実に押しつぶされかけていたが、その大金は希望を与えてくれるものだった。
出演者
樽見京一郎/犬飼多吉:三國連太郎
杉戸八重:左幸子
弓坂吉太郎刑事・元刑事:伴淳三郎
味村時雄刑事:高倉健
杉戸長左衛門:加藤嘉
本島進市:三井弘次
本島妙子:沢村貞子
荻村利吉東舞鶴警察署長:藤田進

 嵐の中で起きた殺人事件を弓坂吉太郎刑事・元刑事=伴淳三郎が追いかけていた。札束を心強い味方にして、八重は貧乏暮らしをしている父(杉戸長左衛門:加藤嘉)を温泉に連れて行き、アノ仕事は足洗って東京へ出ると語る。弓坂刑事は、八重に大柄な男が泊まったかと聞くが、彼女は犬飼を守るためにウソをつく。

 数年後、10年以上過ぎている。
 赤線禁止法が施行される昭和32年、女たちが身の振り方を考えるように主が話している時に、新聞に篤志家が3000万円を町に寄贈したニュースに載っていた。その写真が、あまりにも犬飼太吉に似ていたので、名前は樽見京一郎となっていたが、犬飼多吉に違いないと思って、数日後に樽見京一郎こと犬飼太吉を訪ねた。

 樽見京一郎は、あくまでも犬飼太吉ではないとシラを切った。左幸子=八重の追及で耐え切れなくなった樽見京一郎は、八重を殺さないと自分の正体がバレると思った。

 その現場を書生の某に見られたので、二人を殺して、心中死体にして海岸に放り投げた。後の解決編は、ごらんになって楽しんでください。 画像が古くて,見難いモノクロだが、迫力だけはしっかりあった。
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2016年6月 3日 (金)

法の番人裁判所は、民事裁判に服役刑感覚が必要

 南アフリカの銀行を経由して、日本のATMからカネを引き下ろし、数時間で18億円を詐取した事件があったが、知恵のある悪党がいるものだ。

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 法の番人のはずの裁判所を舞台に、合法的に空いての弱みを突いて、カネを払わせる連中がいる。一般の市民は裁判の被告に立たされると、ストレスがかかる。ちょっとしたミスや書き込みを名誉毀損だと言いがかりをつければ、いくらでもある。

 裁判がいやだという人には、和解という手で、数十万は軽く取れる。元手がある悪党は、弁護士を使う。弁護士も、お客さんなら、悪党も善人もミな同じだから、選ぶことがない。医者にとっての患者と同じで善人も悪人もない。カネを払う客はみんな良い客になる。

 裁判は、合法的なケンカみたいなものだ。
 最初の土俵は、原告も被告も平等に仕切りをするというのが、法的なスタートだから、悪党も善人も平等に扱う。刑事裁判とちがって民事は膨大に件数が多いから、その中にまぎれて悪意の原告が混じっているので、それにかかると、被告にされると、時間を無駄にする。

 しかし、正義は勝つ!という結果になるように、現代でも大岡裁きができるといいのだが、法律に詳しい悪党が、うまいこと法律を利用することが案外多い。法律に詳しい悪党は、些細な瑕疵を見つけて、例えば、1000万円の損害を裁判所へ訴えて、その判定を原告1:9の判決を出すとする。裁判所は、公正さでは正しいとしても、訴えられた側の完全勝訴にはならない。

 1割=100万円が裁判所の感覚は、小額と感じているかもしれないが、国民年金月6万円から見たら、16ヶ月分だ。1年と4ヶ月、刑務所にいると同じだ。民事裁判も、服役刑感覚が必要ではないか。
 刑事裁判には改革の兆しが見えるが、民事裁判については、改革の余地がありそうだ。裁判の結果がニュースになることが少ないから、知らないことが多そうだ。民事裁判の事件の経緯と判決決着がどうなったか、公開できる範囲で公開して、市民感覚で見たいものだ。裁判官が語る場もあったらいいと思う。

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