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2016年5月 1日 (日)

のぼうの城 忍城(おしじょう)の攻防、石田三成軍を蹴散らす。評価AA

 のぼうの城 行田にある忍城(おしじょう)の攻防、なかなかの力作映画CDであった。でくの坊と言われる城代だが、百姓たちにバカにされながらも好かれている。史実とドラマが混同してしまうが、秀吉が三成を理財だけの才能ではなく、戦もできる能力があるように力をつけさせようと、行田の忍城を落とす任務を2万の兵をつけて送り出す。忍城側は1000人しかいない。000026・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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 葛飾区にある城、葛西城が、北條の支城で忍城と同じ立場であった。小田原征伐に秀吉に滅ぼされたようなものだ。天下統一で、九州も、四国も中国も秀吉に服従することになった。残るは北條だけになった。小田原城を囲んでいるときに、北條の支城が28あったらしいが、最後までがんばったのがこの忍城だったという。110858 葛西城もなかなか降伏しなかったが、その開城する前に、地元の百姓地主が連合(高砂、柴又、青戸など)して、前線の将に浅野某に、田畑を荒らさないように、申し入れしている。もちろんかなりに献金とともに頭を下げてしるから、もうその時は、地元民を掌握していない。あの青戸の葛西城では、百姓1000人が篭城はできないだろう。生死を共にしてくれる地元百姓はいないだろう。 

 埼玉県行田には身内がいるからわかるが、土地が広いから、大きな敷地を防衛の為に使える。02 のぼう=“でくのぼう”といわれる成田長親という愛嬌のある殿様が城下の住民百姓と懇意にしている。あんな庶民的な殿様がいたはずないだろうが。とにかく、愛嬌というか、おつむが弱い殿様がいた・・・というフィクションがあるわけだ。 成田長親(野村萬斎)は、当主の従兄弟で、よく領民の作業を手伝いたがるが、不器用で迷惑をかけている。家臣はおろか百姓らからも、「でくのぼう」を略して「のぼう様」と呼ばれる。運動は滅法苦手で、馬にさえ乗れない。愚鈍な人物と思われているが、実は非常に誇り高く、民百姓とも分け隔てなく接する度量の広い人物で、このため百姓・足軽等、身分の低い者たちからは非常に慕われていた。 

 のぼうの父成田泰季(平泉成)筆頭家老は、小田原北条家に恩義を感じており、小田原攻めに際しては、豊臣陣を迎え撃つべきだと強固に主張した。城代長親(野村萬斎)が開戦を決めた直後に死去した。
 成田氏長、成田家の当主は、それなりに政略や戦略の見識はあるが、連歌をこよなく愛する。

000012 氏長は、小田原攻めに際し、密かに豊臣側への降伏を伝え内通していた。が、
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 三成が送った使者は、忍城側が内通のシグナルを出しているのを知らず、二万の大軍で1000人の守る相手を小ばかにして、「降伏するか、戦うか」と高飛車に出てきたので、城代長親(野村萬斎)がカチンときて、睨みつけて「かかって来い!」と、坂東武士の味を見せてやる、とタンカ切ってしまった。豊臣と北条の双方から裏切り者と見なされてしまう。

 成田泰高(谷川昭一朗)、城主氏長(西村雅彦)の弟。氏長と共に小田原の籠城に参加。甲斐姫(榮倉奈々)は氏長の娘。18歳。美人だが、見かけによらず武辺者であり、剣技だけでなく、薙刀や体術にも長けている。過去に自身が起こした騒動を長親(野村萬斎)が収めて以来、長親に惚れている。
 この戦いの後は、愛人コレクターの秀吉のもとにいく。
000047 珠(たま鈴木保奈美)氏長(西村雅彦)の2番目の妻。40近いが、いまだ美貌が衰えない。甲斐姫(榮倉奈々)とは血が繋がっていない。伝説の武将・太田三楽斎の娘で、自身も勝気な性格。
 氏長を腑抜けでつまらない男だと思っており、猛々しい泰季(平泉成)との方がより気が合う。城代長親(野村萬斎)は、秀吉軍の使者に誇りを傷付けられた怒りから開戦を決めた事を知って、「あの腑抜け(小田原城へ行った城主氏長)の話など聞かずともよい」と長親の決断を後押しした。
 

 正木丹波守利英(佐藤浩市)は、「漆黒の魔人」の異名を持つ成田家一の家老。長親とは幼なじみ。幼い頃見た、上杉謙信の姿に触発され、武芸の鍛錬に勤しんだ。長親に潜在的な将器があるのではと思っている。

 成田家家老である柴崎和泉守敦英(山口智充)は、筋骨隆々とした巨漢。20歳以上年の離れた妻との間に6人の子どもがいる。丹波守(佐藤浩市)の持つ朱槍を欲しがって、少年期から常に張り合っている。同じく家老職の酒巻靱負詮稠(成宮寛貴22歳)に「隙あらば襲ってみろ」と丹波守(佐藤浩市)にからかわれ、所構わず頻繁に仕掛けている。戦歴がなく、初陣である。

 ちよ(尾野真千子)は、かぞう(中尾明慶)の妻。昔、侍に手籠めにされた。義父のたへえ(前田吟)、娘のちどり(芦田愛菜)と共に忍城戦に参加する。ちどりかぞうとちよの娘。4歳になる。
 

 豊臣秀吉は、天下統一の総仕上げとして大軍を率いて北条領に攻め入った。石田三成(上地雄輔)は、秀吉の側近。理知に富むが、武運に恵まれない。北条攻めに来た秀吉から2万の軍を与えられ、忍城攻略軍の総大将に任命されるが、忍城が既に降伏を決めていることは知らされていなかった。 

 三成(上地雄輔)は、秀吉の直臣になってから態度が高飛車になった。弱者には高圧的に、強者には弱く応じる。三成から忍城に対する軍使に任ぜられ、戦いを望む三成の挑発であり、結果、降伏するはずの忍城が戦に転じる原因となった。

 普段から武将たちに陰口を叩かれている三成に武功を立てさせようと、秀吉は、既に降伏を伝えてきた忍城攻略軍の総大将に任命。秀吉は、「武州・忍城を討ち、武功を立てよ」と石田三成に命じ、2万の兵を与えた。 

 石田三成(上地雄輔)は、最初力攻めで押し込んだが、二万の大軍で1000人の守る相手の知恵に火攻めで失敗した。その後、カネと動員力で水攻めを計画した。水攻めの水かさが増してきた中、

 秀吉の毛利・備中高松城の水攻めで、城主清水宗治が舞を踊った後、辞世の句をしたため、自害した。
 それにならって、三成は忍城を水攻めの堤防を築いた。こちらでは、成田長親(野村萬斎)は船を出して、
000094000100能ではなく狂言を舞って、敵の目をくらまして、周りの三成の兵2万が酔いしれている。000099あまりに図に乗っていると、三成は鉄砲隊に命じて、撃たせた。長親(野村萬斎)は船から落ちて・・・、その間に、百姓らが土手に穴を開けて水没する危機を救って・・・。
 そうこうするうちに、小田原城が降伏した。支城の忍城も開城する様に指示が来た。

 そこへ石田三成がやってきて、『忍城の指揮官はどんな人物か見たい」と、忍城で成田長親(野村萬斎)と石田三成が対面して、降伏文書に調印となる。
1篭城した百姓は、全員耕作地へ戻ること。
2武士は全員、武器と食料を置いて、退去する。
(武士を辞めるものはその限りではない)
3 甲斐姫(榮倉奈々)は関白秀吉に差し出す。

 武器と食料を置いて、退去すると言う条件に怒り、「坂東武士の戦いを味わってみよ」という一言で、関白は「降伏して、開城するだけでよい」と言っていると伝え、条件なしになった。が、成田長親(野村萬斎)は、こっちには条件があるという。
「水攻めの俵を片付けていくこと」と「食料がないと、生きていけない」ということをいうが、甲斐姫(榮倉奈々)を差し出す件は、認めてしまった。

 帰り際、他の支城はどうなったかと聞くと、「最後まで降伏しなかったのは忍城のみ、よき戦であった」と言って帰っていく。
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