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2016年4月28日 (木)

 秋山 ちえ子99歳 いい顔している。こういうオバちゃんでありたい。

12 人は40,50代までは、死を頭に描いていない。少なくとも、私は、そうだった。ところが、人は死ぬイキモノだ。それを最近気付いた。まあ、それは比ゆだけどね。
 ポロポロと亡くなる。アタリマエだけどね。明治生まれは殆どいない。そろそろ大正生まれも減った。ラジオ時代の申し子のような秋山ちえ子が亡くなった。
TBS「秋山ちえ子の談話室」という朝10時から5分間だけ、彼女の独壇場のスピーチだった。5分間、きちんと起承転結のある話をピタッと締めてみせた。話し方が上手だった。
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 これで、談話室を止めるといった回を聞いた記憶がる。2002年(平成14年)、あれは、何歳だったろう。85歳、それから、きょうまで生きてみせたのだから、すごい。99歳か。
 2016年(平成28年)4月6日、自宅で肺炎死去

 秋山 ちえ子(あきやま ちえこ、1917年(大正6年)1月12日 - 2016年(平成28年)4月6日):7 ラジオパーソナリティ、エッセイスト、評論家。本名、橘川ちゑ(きっかわ ちえ)。 
 宮城県仙台市出身。東京女子高等師範学校(お茶の水女子大学)を卒業後、聾唖学校の教師となる。この時、取材に訪れた川端康成と知り合い、北条誠を川端に紹介する。結婚後、中華人民共和国に4年滞在。
1948年(昭和23年)から1956年(昭和31年)まで、NHKラジオ番組『私の見たこと、聞いたこと』のレポーターを担当し、主婦の視点から見た日本の現状をわかりやすく説明した。1954年(昭和29年)にラジオ番組「私の見たこと聞いたこと」で第2回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞(ラジオに対して)。
その後ラジオ東京(現TBSラジオ)で『昼の話題』→『秋山ちえ子の談話室』のパーソナリティを1957年(昭和32年)から45年間担当した。
2002年(平成14年)に帯番組終了後、毎週日曜日に続編『秋山ちえ子の日曜談話室』として続いていたが、それも2005年(平成17年)10月2日をもって終了。
「当初から3年間限定と決めていました。どこかでパッとやめた方が自分の信条に合っています」このラジオ番組の回想録「風の流れに添って(ラジオ生活57年)」が2005年(平成17年)10月2日の放送最終日に講談社より出版された

彼女は、日本の良識を語ったが、どうだろう。影響が残ったのか。彼女のパーソナリティのロングライフ、長かったことは覚えているが、その内容が伝わってこない。この点がチョット残念だ。
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