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2016年2月17日 (水)

弱い者に寄り添い、権力と戦う。閑話休題、本日の雑感。

 自分がどんなことを考えているか、どんな本を読んでいるか、それは本棚をみれば大方わかる。
 高一のときに友人になったK君宅に行くと、彼の自室は、母屋と離れにあり、そこで彼は寝起きしていた。土木業の彼の家では、一棟建てるのは、案外簡単だったのかもしれないが、いい勉強環境が整えられていた。

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 母親が厳しく、勉強から離れる遊びは厳禁だったようで、一緒に生物の写生(宿題)をやっていると、彼はその途中に遊びながらしゃべる。けれど、宿題を片付けてから他の事をしたほうがいいと思うが、(母親に)見た目は勉強の姿勢をしないといけないと見え、束縛されている印象的だった。
 彼は、最近どんな本を読んでいるか、(中学時代からの友人)Tには見せないがと言って、本棚を見せてくれた。Tは(高一にしては)大人びいた男で、彼にはライバル意識があったのだろう。

 
二八に帰るすべもなし: nozawa22 
“二八に帰るスベもなし”を痛感するが、その彼は早くも、数年前すでに別世界の存在になった。
 自分の関心ある世界がわかるのは、いやだろうか。
 いいじゃないか。見本・・・人間見本。
 江戸時代末期の博覧会には、お茶の水駅下にある神社あそこで開かれたとき、各種の人間を展示した・・・と聞いた気がする。まあ、人間の人格無視かもしれないが・・・興味深い。
 図書館で借りた本を紹介してみる。
 
01 昭和20年代には、多くの人がシベリア抑留から帰ってきた。その当時の言葉には、ダモイ(帰国)、ノルマ(仕事の割り当て)、暁に祈る(外に放り出して裸で縛る)など、ソ連に対抗するより、ソ連に媚びる一部の人が日本人を赤化教育をした。「弱い者に寄り添い、権力と戦う」とは違う、強いものにへつらう日本人の姿がそこに見える。

Photoノモンハンの日本の敗戦、ソ連の機械化部隊の強さを骨の髄までしみこむ戦いを軍部は、負けを隠す体質が、その後の日本の行くえには悪い影響がある。
 勝ちは賞賛しても、日本国民には、負けを負けをしっかり受け止めない民族的な欠陥がある。敗戦を終戦と言い換え、撤退を転戦と言い換える。「据置き消費税」を「軽減消費税」という。この姑息なやり方は、「弱い者に寄り添い、権力と戦う」とは違う。
 

02 江戸八百八町がどうなっていたのか、案外知りたいものだが、そうはいかない。
 昨日のブログで「お玉が池」という、上野公園の「不忍池しのばずのいけ」と同じくらいの池がどこにあったか、調べてもわからない。

 「お玉が池」は、駿台・御茶ノ水あたりの丘陵を削って埋めてしまった。秋葉原の電機街あのあたりだろう。御茶ノ水からずーっと下りて行くと三省堂あたりが一番低い。あれは水が出たら溜まるだろう。東京は坂の多い町だから、そうだ、日比谷公園は、海から水が入り込むし、浜離宮なんか海と一体だ。その頃の日常なんか、作家の想像が多い。

02_2 司馬遼太郎の「花神」を読んでから、「酔って候」を読むと、勢いに任せて筆を走らせているような印象がある。
 無名の若者が、エネルギーが有り余っていて、木に体をぶっつけて登ったり、詩を書いたり、馬に乗って駆け出したり・・・体の中に火が燃えている」という。その主人公の名前を伏せて、進んでいく。高知土佐の地の賢人といわれた山内容堂。彼は殿様らしく、かき回して自分を目立てさせて、後始末をしないまま去る。その姿を司馬遼太郎は書いていく。それには山内容堂の土佐でも酒豪らしい。
 大きな存在でありながら、結局明治維新では何も残していない。

 山内容堂:文政10年(1827年)生まれ、生家の山内南家は分家(石高1,500石)で、連枝五家の一番下の序列であった。分家の出であったため高知城下で生まれ育った。
 13代藩主山内豊熈が急死。弟豊惇(14代)は藩主在職僅か12日という短さでの急死。相次いだ急死で、山内家断絶の危機に瀕し、直系の実弟がわずか3歳であったため、分家で当時22歳の豊信(山内容堂)が候補となった。
 豊熈(13代藩主)の妻智鏡院の実家に当たる島津家(薩摩藩)が老中阿部正弘に働きかけ、豊惇(14代)は病気のため隠居したことにして、嘉永元年(1848年)12月27日、豊信(山内容堂)が藩主に就任した。まったく予期しない形の藩主就任であった。紀州和歌山から吉宗が徳川家の将軍になったのとよく似ている


内村鑑三は
02_3 「代表的日本人」として、西郷隆盛、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮、上杉鷹山の五人をあげた。
 多分、聖徳太子とか、江戸時代では、長州藩なら「吉田松陰」を挙げたいのではないか。日蓮の代わりに浄土真宗の「親鸞」を推挙したい人のほうが多い気がする。
 日蓮は創価学会と結びついたから、今は色が付いてしまった。色が付いたのは、先入観かもしれないが、鎌倉幕府にたて突いた野党精神のある人だ。


03海炭市叙景とは、小樽か?北海道の情景に見えた。 
 函館市を模した架空の地方都市「海炭市」を舞台に、市井の片隅でさまざまな事情を抱えながら生きる18組の人びとが交差し、連鎖しながら生きる姿を描く。
 芥川賞候補5回、三島賞候補にもなったが受賞せず自殺した佐藤の遺作であり、未完の短編小説。1981年(昭和56年)東京から家族を連れて帰郷した佐藤が職業訓練校に通いながら構想を練ったという。佐藤 泰志(さとう やすし、1949年4月26日 - 1990年10月10日) 
01_2 DVDの映像の暗さに辛かった。海炭港の造船所のスト決行から委員長が組合員を裏切っていく姿を描き、次に、市内の家庭を描く。継子に当たる後妻にLPガス販売の社長が怒り、暴力を振るう。それが淡々と描かれ、それらがストーリーになっていくのではなく、また別の情景を描く。そこも冷たい社会の底辺。ワーっ、これって日本の社会なんだ。ここで暮らして行かなければならないのか・・・。映画としてのエンターテイメントがないじゃないか。まるで綴り方教室の作文の世界の延長か。見ていて辛い。
 
原作豊田正子「かあちゃん」 昭和の10年代の世界と変らないのかと思う。

 原作者はどんな人か、Wikipediaで調べてみた。
Img244thumb 佐藤 泰志(さとう やすし、1949年4月26日 - 1990年10月10日):小説家。北海道函館市出身。國學院大學文学部哲学科卒業。
函館西高在学中の1966年、「青春の記憶」で第4回有島青少年文芸賞優秀賞受賞。翌年、防衛大入学説明会阻止闘争を「市街戦のジャズメン」で第5回同賞優秀賞受賞。入賞作品が北海道新聞に掲載されず、選考委員沢田誠一の主宰『北方文芸』(同人誌)に掲載。
1976年、「深い夜から」で北方文芸賞佳作。
 この頃から自律神経失調症に悩まされ始める。
1977年、「移動動物園」で新潮新人賞候補。
1981年3月、函館に戻る。職業訓練校建築科入学。
1982年、「きみの鳥はうたえる」で第86回芥川龍之介賞候補。職業訓練校を退学。
再上京して作家生活に入る。
1983年から文芸誌の新人賞の下読みと書評の仕事で生計を立てる。

「空の青み」で第88回芥川龍之介賞候補、
「水晶の腕」で第89回芥川龍之介賞候補、

「黄金の服」で第5回野間文芸新人賞候補
1984年、「日刊アルバイトニュース」にエッセイ「迷いは禁物」の連載を開始。
「黄金の服」で第90回芥川龍之介賞候補
1985年、「オーバー・フェンス」で第93回芥川龍之介賞候補
1989年、「そこのみにて光輝く」で第2回三島由紀夫賞候補。
1990年、自宅近くの植木畑で自殺。
2007年、死後17年経って『佐藤泰志作品集』が発刊される。以後は再評価が進み、『海炭市叙景』『そこのみにて光輝く』『オーバー・フェンス』(2016年公開)の映画化や、ドキュメンタリー映画『書くことの重さ』の公開などに至る。

 佐藤泰志の作品は、書くたびに評価されて候補にはなっても受賞しないのは、なぜだ。彼の作風か。自律神経失調症から自殺したことにも、関係しているかも。明るく、ハッピーエンドが好きな国民に向けて書かないと、アカンのかもしれない。

“弱い者に寄り添い、権力と戦う”と、心で決めても、それは現実として、“寄らば大樹”のほうがいいに決まっている。しかし、それができないのが、ひょっとして、芥川賞候補5回の佐藤泰志の「自宅近くの植木畑で自殺」した人生だったのかもしらない。
 閑話休題、本日の雑感は、こんなところで、オシマイ。

●本日のお勧めベスト7
息子5歳、マンション購入三年目ガン発症、44歳人生

抱っこし過ぎると、抱き癖がつくはウソ:
天皇実録完成 昭和天皇の生涯と戦争との関わり   
時が過ぎれば変わる 苦しんでいるYou!早まるな! 
単三電池のデジカメが、充電バッテリー式に:
「よい戦争、悪い平和」は、あったためしがない。
『ながらえば』主演笠智衆、人生の悲哀が評価A:


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