« 疾風のように駆け抜けた彼 1  | トップページ | 疾風のように駆け抜けた彼 4 »

2016年2月27日 (土)

疾風のように駆け抜けた彼 3

  本箱を少し動かして、物を探していると、彼の手紙や写真が思わぬ方から出てくる。それくらい彼は筆まめで、旧友に手紙を出して、動静を知らせていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ブログランキングに★クリックお願いします★」
  ↓   ↓   ↓   

人気blogランキングへ 今後とも、継続的に追読して頂けると、嬉しく思います
 お気に入りに追加  ブログ村
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
それは、高校を卒業以後、十数年、僧坊に入るまではほとんど無筆に近かったが、それ以後、舞台を得てからは、彼は人生を演じていた。生きている証を刻むために、戦争で死んだ人の供養する企画をした。タイで供養塔を建てるのは、日本人、タイ人、イギリス人にかかわりなく僧侶の勤めであると、言いたかったようだ。
それは、新聞にも取り上げられて、旋風を起こしていた。マスコミの利用も心得ていた。彼は普通の僧侶にはない行動力があった。その点は、我々の及ばない度胸もあった。その目的には、お金もいるし、家族にも迷惑がかかるが、あえて突進した。タイには立派な供養塔パゴダができた。よくやったと思う。
彼の行動に、私はいつもブレーキを掛ける話をするから、我慢して聞いていた。顔に出ていた。「子供を育て、家庭を守って、その上の行動なら応援する」という言葉は、彼の耳には痛そうだった。
そういうこと言っていたら、目的は達することはできないような、彼の人生だった。地に足をつけた人生を、とは皆にタコができるほどいわれるから、そういう相手は敬遠している様子だった。Yes、Yesといって受け入れてくれる人を喜んでいる気配があるから、つい口すっぱく言ってしまった。
でも、よくがんばった人生をやった。私には及ばない行動力があった。彼の行動力を動かすのが、中学3年5組の力になった。
中学卒業の記念文集つくりで、多く作って儲ければ、費用が浮くし、皆に還元できるぞ、と私がとけしかけたら、彼が乗ってきた。そして、100部といいたかったが80部(75部だったかもしれない)で先生を納得させてしまった。出来上がると、教室を回って、下級生や同級生へ売り込んでくれた。行動力にかけては、天下一品だから、アッという間に全部売ってしまった。
中学生が稼ぐことは、アノ当時はいけないことだっただろうに、太利先生もよく許したものだ。生徒に引きずられてのかもしれない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ブログランキングに★クリックお願いします★」
  ↓   ↓   ↓   

人気blogランキングへ 今後とも、継続的に追読して頂けると、嬉しく思います
 お気に入りに追加  ブログ村
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

|

« 疾風のように駆け抜けた彼 1  | トップページ | 疾風のように駆け抜けた彼 4 »

自分育て」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 疾風のように駆け抜けた彼 1  | トップページ | 疾風のように駆け抜けた彼 4 »