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2015年10月 2日 (金)

曽野綾子「遠来の客たち」芥川賞惜敗 顛末

 遠来の客たち・・・米軍に接収された箱根のホテルで働く19歳の目から描く作品。昭和23年という時代に、アメリカの男たちを、反米でも親米でもなく、一個人の目から彼らを観察している点を評価されている。 
 それが新鮮に見えたのだろう。

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 アノ頃は、例えば、つづり方教室のような流れがあったし、日教組が強い時代だった。中共(中国共産党)による人民公社が人間の一番幸せな生き方に聞こえた。
 それとどう向き合うかが、一種の基準だったように思う。それと関係ない姿勢は思想がないと思われ、一番軽蔑されていた。
 
 年若い少女の感受性がそのまま展開され、1948年(昭和23年)の夏。このホテルではまもなくアメリカから来るヘレン・ケラーの歓迎準備で毎日があわただしい。そういう背景を描きながら、アメリカから来た進駐軍の男たち、彼らの個性を描き分けている。

 波子は一応英語が話せて、外人泊り客たちをバスに乗せて近場の観光スポットに案内をする仕事などをしている。その仕事場の光景とホテルの同僚たち、ホテルの責任者である米軍の隊長一家や軍医、波子と同年の軍曹との交渉を、戦勝国民と敗戦国民という図式を絡ませながら、あざやかに切り取っている。

 彼女三浦綾子が、22歳で書いている。10代の体験を終戦時、14歳だといっていたから、戦後7年、8年目で書いたわけだ。戦中派でもないし、戦後闇市派ともいえない彼女は、お父さんが体を悪くして仕事をやめたといえ、義弟の紹介で箱根のホテルで支配人をしている。彼女自身、聖心女子大学へ通うお嬢様なわけ。だから、ブルジョワであるとは思わないが、まともな教育を受けた女性の目から・・・描いている。文章が妙に込み入っていないし、反権力に向いてもいない。その点がスッキリしている。

 芥川賞選考の席で、「わずか22歳の女性とは思われぬしっかりした才筆である。うまい。あるいはこのように言い直すべきであろうか。22歳の作者だからなしえた感性のきらめきである」と。
 宇野浩二「一ばん新鮮味が感じられた」
 川端康成「作者の才能は感じられる」
石川達三と丹羽文雄は、いままではまったく意見が合ったことがない二人が熱烈に支持した。
丹羽「曽野綾子は掘り出しものではないか。・・・・新鮮な作風であり、感覚もユニークである。これは素質的のものではないか。・・・・惚れこんだ」、
石川は「これこそは戦後のものであって・・・・本質的な新しさをもっている」と続け、「今までの日本文学にない素質がある」と褒め上げ、「この新人作家を育てることこそが芥川賞の使命ではないのか」とヒートアップ。それに対して、
佐藤春夫は、肯定しながらも、「22歳と若い作者なので次回を待とう」という。
瀧井孝作は、「この人は未だ若いし、今回は見送ってよかろう」と。

結局、けんめいに推した丹羽と石川が、曽野が落ちたので大層口惜しがり、・・・・二人共、席を立ってトイレットへ入ってしまった。
 「今度の銓衡は稀に見る白熱戦だった」と舟橋聖一の総括、曽野のほかにも、庄野潤三、小沼丹、川上宗薫などが激しいつばぜり合いをして、曽野綾子は見送られ、吉行淳之介に落ち着いた。

曽野 綾子(その あやこ、1931年(昭和6年)9月17日 - ):
日本の作家。「旧姓、町田。カトリック洗礼名はマリア・エリザベト。聖心女子大学文学部英文科卒業。2009年10月より日本郵政社外取締役。保守論者の一人。
 葛飾区立石/本田に父町田英治郎(大和護謨製作所専務)、母キワの二女として生まれる。長女亡くなっており、一人娘として成長。1934年田園調布に移り、三浦朱門と結婚後も同所に居住。幼稚園から大学まで聖心女子学院。敗戦前後10ヵ月ほど金沢に疎開、金沢高等女学校に。1946年3月、東京に戻り聖心に復学。Photo 小学生時より知人の次男が婿養子に決まっており、彼は一流大学出の秀才であったが、彼女の中学の頃に破談となる。曾野本人の意に沿わぬ相手だったのが理由だが、父親が病気で家勢が衰えたことも大きな要因。小説「誰のために愛するか」。戦後父親は、義弟山口堅吉(伯父)を頼って米軍に接収された箱根宮ノ下の富士屋ホテルの支配人となる。父は、妻子を田園調布に置いての単身赴任だった。小説 芥川賞候補作「遠来の客たち」の舞台となる米軍接収の箱根山ホテルは、曾野は1948年(昭和23年17歳で)夏に滞在し無給アルバイトをしていた。同年9月26日、洗礼

 中河与一主宰の同人誌『ラマンチャ』(1951年5月)に載った「裾野」が臼井吉見の目にとまり、臼井の紹介で夫三浦朱門や阪田寛夫らの第十五次『新思潮』に加わる。朝日放送に入社した阪田の伝手もあり、同人誌発行資金獲得のため同社にコントを投稿し数編採用される。「鰊漁場の図」(新思潮5号)、「田崎と鶴代」(新思潮6号)、「片隅の戦士」(世界8・9月合併号)と発表し、22歳で文学的アドバイザーでもあった三浦と結婚。山川方夫の紹介で『三田文学』に書いた「遠来の客たち」が芥川賞候補となり23歳で文壇デビュー。以後、次々に作品を発表。30代で不眠症に苦しむが、『弥勒』『無名碑』など新しい方向性にチャレンジするうち克服した。

臼井 吉見(うすい よしみ、1905年6月17日 – 1987年7月12日):6j
本の編集者、評論家、小説家、日本藝術院会員。長野県南安曇郡三田村に生まれる。松本深志高校、1929年東京帝国大学文学部卒業。伊那北高校、松本女子師などで教員後、1946年創刊『展望』の編集長を務め、文芸評論家として活躍。1964年から代表作大河小説「安曇野」1974年に完結、谷崎潤一郎賞受賞。75年日本藝術院会員。
1977年『事故のてんまつ』川端康成の生い立ちから自殺まで描いた作品で、川端家から強く抗議、販売差止め仮処分の民事訴訟が提起されて、臼井・筑摩書房側は死者に対する名誉毀損による民法上の不法行為は成立しないと主張。道の駅アルプス安曇野ほりがねの里に臼井吉見文学館の展示がある

 かつて、彼女の手が故障して、書けない・・・この場合、ワープロで打っていた。ある出版社を通して、富士通の親指シフトのワープロで打てる人を派遣してほしいと言われたことがある。
 口述筆記をワープロで打つという作業をできる人を回してほしいということで、ある人を曽野家へ行ってもらったことがある。
 

033 曽野綾子との接点は、北朝鮮工作船を見に行く と、反北朝鮮一色の展示の中に、青年の命が失われたことに意を用いた文章と白い花が供えられていた。その文章が曽野綾子さんの言葉だった。
 若者が死んだ事実は厳然と存在している。

06080027日本国が北の若者を殺したことには変わりない。新聞、テレビで事件を聞かされていると北への憎しみばかりが掻き立てられて、若者の命が失われていることを忘れていたことに気づかされた

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