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2015年9月28日 (月)

義賊ネズミ小僧次郎吉、回向院の信仰は、お上のお目こぼし

01 日曜日の昼過ぎにシニア支援センターの地下で話しを聞いた。年配の方が多くて、地域の歴史好きが集まっていた印象だ。
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 堀切中学校同窓会の『江戸歴史散歩会』の代表(高田喜一郎15期)がプロジェクターを使って最近の散策コースを話してくれた。アカデミックではないが、知識は豊富。 

 高田さんがプロジェクターで江戸散歩の写真を投影して、準備段階で話しが始まっていた。時間1:30になって、再スタートを切って、根岸肥前守の裁定の妙から始まった。江戸時代の町民は、シャレ好きで、現代の裁判のようなガチガチではなく、犯人“半鐘”に罪を着せて、八丈島に流す・・・といった人を生かす方法を知っていた。
 

 (め組となると、時代が違う)半纏を着ている火消し(=とび職)は、木戸御免で相撲見物が無料できる権利があった。とび職の頭、新門辰五郎は、半纏着た五六人が、芝大神宮内の相撲見物に来たところ、火消しの半纏とは違う仲間を連れていたので、下足番が木戸で、半纏の違う連れを「入場できない」と入れさせなかった。新門辰五郎にしてみれば、顔をつぶされた形になった。 

新門辰五郎(しんもん たつごろう、寛政12年(1800年)? - 明治8年(1875年)9月19日):江戸時代後期の町火消、鳶頭、香具師、侠客、浅草浅草寺門番である。娘の芳は15代将軍徳川慶喜の妾となる。 

 それを強引な形で、新門辰五郎の一行は勧進相撲を見られなかったが、相撲の一件はソレで終わった。次に芝で行われていた新宮で行われている芝居の見物に行った。
 江戸時代の芝居は、中村座、市村座などに限定されていたが、宮路芝居といって緞帳、屋根、枡席のない簡単な芝居は許されていた。勧進相撲を見られなかった辰五郎の一行は芝居を見ていた。暫くすると、さきほどの相撲の九龍山という関取が入ってきた。
 先ほどの相撲見物に入れてくれなかった遺恨があり、辰五郎の一行は「でくの坊、でかいから邪魔だ、そっちへ行け」と九龍山に向って冷やかしをやった。そこで、けんかになってしまった。
 力の強い相撲取り九龍山は、辰五郎を投げ飛ばしてしまった。それで、芝居がゴチャゴチャになってしまった。そこで、双方入り混じって大喧嘩になって、収まりがつかなくなった。
 火消し側は仲間を呼びに行き、九龍山は勧進相撲の陣屋へ行って仲間を呼び、双方の争いは大けんかになった。そして、誰が鳴らしたか、半鐘が突如鳴り響き、「め」組以外、ほかの火消し(=とび職)が集まってきた。相撲取りとトビ職の大ケンカが始まった。規模が拡大、江戸中が上へ下への大騒ぎとなった事件である。大喧嘩は続いてが、ようやく収まったが、けんかで死人が出てしまった。

 この頃には珍しく、町奉行、勘定奉行、寺社奉行の三裁きが行われた。そのとき、根岸肥前守が加わっていた。火消しを大量に捕らえて小伝馬町に押し込んだのだが、そのままでは、江戸の町は火事が多いので、いつまでも置いておくわけにはいかない。町奉行も困った。寺社も、勧進相撲で修復費を集めているので、いつまでも捕らえられたままでは困った。
 迅速な裁きが求められて、辰五郎と九龍山は江戸処払いと判決が下った。捕らえられた大勢をどうするか、頭が痛かった。
 根岸肥前守は
「なぜ、お前たちはケンカに集まったのか」と尋ねた。全員が
「半鐘が鳴ったからだ」と答えた。「我々は商売だから、半鐘がなったら、火事だと思ってワーッと飛んでいく。そこで、人が争っていたから、その中へ入っただけだ」
次に根岸肥前守は聞いた。
「誰が(半鐘を)叩いたのだ」
 実際のところは、とび職=町火消しに加勢を求めるべく半鐘を鳴らした可能性が濃厚なのだが、ところが、誰もいない。鐘を叩いたと手を上げない。
 肥前守は、スッと全てを悟って、「わかった」と「半鐘は勝手に鳴ったに違いない。誰も鳴らさないのに鳴ったというなら、半鐘自身が鳴ったに違いないから、“この鐘を島送りにする”」ということで、縄をなってグルグル巻きに鐘を縛って、半鐘を島流しに処した。ほかの人間は無罪放免にしてしまう。1810年頃だ。

 「かかる半鐘を放置しておけば、今後も勝手に鳴り響く懸念があり、江戸を混乱に落としかねず、早急な追放が妥当である」として、「遠島を申つく」と八丈島へ送った。半鐘が戻ってきたのは、 明治維新で明治の代になってからである。

 人には罪を負わせず、無難な裁定をしたのは、根岸備前守。彼は死ぬまで町奉行を続けていた。隠居すると、職を譲った息子の意のままになるから、「ゼニ」は持っていたほうがいい・・・と講師高田先生の言葉。
その他、永代橋に船がぶつかった事件、お茶屋で坊さんが50両吹っかけられた事件・・・これらをトンチで、坊さんの稚児遊びを未然に防いだが、50両を払わせた。


Photo_3 両国回向院:明暦の大火(1657年(明暦3年)振袖火事の焼死者10万8千人を幕命(将軍徳川家綱)によって万人塚に葬った。以後、安政大地震、水死者や焼死者・刑死者など横死者の無縁仏も埋葬。
 あらゆる宗派だけでなく、人、動物すべての生あるものを供養する。その理念から
「軍用犬・軍馬」の慰霊碑や「猫塚」「唐犬八之塚」「オットセイ供養塔」「犬猫供養塔」「小鳥供養塔」、邦楽器商組合の三味線の革の「犬猫供養」など、さまざまな動物の慰霊碑、供養碑、ペットの墓も多数ある。徳川家綱の愛馬を供養した馬頭観世音菩薩も。
著名人墓地として、山東京伝、竹本義太夫、鼠小僧次郎吉など。 参拝客のために両国橋が架けられた。
 

 ネズミ小僧次郎吉の話しは、江戸時代の銀行がないから、盗難にあいやすいという理由を聞くと、江戸時代の時代背景が湧いくる。 商家は蔵もあるし、金融に通じているので、現金が家にあることが少ないが、武家は俸給の支払が証書に寄って渡され、すぐ両替屋へ行って現金と交換してもらう。武家には蔵がないから、神棚や現金を置く場所が決まっていて、大量の現金で置かれている場所がわかりやすい。そういう事情で、武家屋敷にねずみ小僧が侵入しやすかったのだろう。
 ネズミ小僧次郎吉は、総額8億円を盗んだとわかっている。当時10両盗むと首が飛ぶと言われていた。だから、泥棒は9両3分2朱を取る。盗まれたほうも、10両盗まれたとはいわない。この双方の情けというか、処刑されることを望まなかった。この人情の機微が江戸庶民のシャレには、現代の司法制度を遅れているとか、何でも言ってもいいが、その背後に流れる“シャレ”には頭が下がる。江戸時代好きにはたまらないだろう。
 1両=20万円として、総額8億円=400万両を盗んで町にばら撒いたというわけだ。幕府、官憲側からすると、社会の秩序を乱す大罪人であるが、ネズミ小僧は、庶民の歓呼の声に満足していた・・・かな。

一両って今のいくら?江戸時代の値段:

 墓は作れない大罪人であるが、回向院へ行ってみるとわかるが、立派な墓がある。しかし、次郎吉とは書いてない。

Photo_3 ネズミ小僧の墓石は、墓の石が削られている。ネズミ小僧の墓石は、それを持って受験すると、ご利益があるという。つまり、“スルっと”入れる、合格するという思う人が多く、墓石は削られるのだという。
 罪人が処刑された遺体は、墓をつくって葬るということは、時の幕府は許可していなかったから、ネズミ小僧次郎吉は、墓は作れないはずだが、そこは江戸の人たち、義民だった次郎吉とは書かないで
偽名にちかい扱いにしている。 

平田国学と岩倉具視、裏切りも 想定内
江戸時代 私の祖先は何人いたか
馬宿うまやど 中山道中津川宿
踊らされた相楽総三と赤報隊
新政府に破れ、旗本の身の処し方
明治維新を日本人80%は無関心だった
浅野内匠頭の癇癪持ち、吉良上野介

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