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2015年7月16日 (木)

ニューギニア首都マノクワリ劇場 南の島に雪が降る

 太平洋戦争(大東亜戦争)末期、飢えとマラリアに苦しむニューギニアの首都マノクワリで、兵士の慰安と士気高揚のため作られた劇団の物語。
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 ニューギニアには、西(マノクワリ側)から16万人、、東から4万人、合計20万人が派兵されていた。Photo_3 終戦後日本へ戻れたのは、1万5000人程度だ。名誉の戦死とはいうものの、多くの無駄死にをした。9割の兵士が死ぬ戦いとはどういうものだ。米軍ではこのような戦いはしない。

 2009年8月15日に靖国神社で、ニューギニア北部へ出征した野戦高射砲兵の生き残りの旧兵士が、座って話しをしていた。11815 東京蒲田から出征したと一人語りで塚本さん。当時91歳。
「650名の隊で、ニューギニアに上陸したのだが、戦後日本へ戻ったのは30名、その一人(4.6%)」と紹介していた。20人中1人より少ない生存率。この人のDNAは人類最強の遺伝子だろう。気楽に見過ごしていたが、飢餓のジャングルをよく生き延びた・・・その体験を現代の社会への警告に来ていたのだ。
「猛第一九三〇部隊 パプアニューギニア独立野戦高射砲 第大二」とあった。高射砲のタマないから、アメリカ軍に追われて、逃げるしかない。
「勲章は」と胸の金鵄勳8等を見せて「これは朝、当番で見張り中、アメリカの飛行機を最初に見つけたからだ、と自慢そうだ。
 アメリカ軍が上陸してから、防戦一方で追い詰められて、ジャングルへ逃げ込んだ。終戦のビラを見て、日本軍の広報を聞いて、二ヶ月後に下山し、武装解除した。 

 “南の島に雪が降る”ラストシーンで、日本が必死で戦ったニューギニアで終戦を迎え、指令官の一人の中尉は、「日本への帰国」だけを願う司令部の連中の態度に怒り、殴りこむつもりで、部下の演劇分隊の“須藤”を引き込もうとする。
 そのシーンが、今まで多くの兵士が倒れて・・・という前段の経緯をわかって見ると、指揮官のあり方がヒシヒシ感じられ、一方、戦争の被害者の立ち直りを戦後の見方から語る。両者の言い分を痛感する。

 指揮官として、痛切に責任を感じる中尉の気持ちを感じると、司令部の連中を殺しても殺したりない・・・この前段の伏線を理解してから中尉と須藤の会話を聞いて欲しい。

須藤:(演劇小隊の)全員原隊へ帰還終わりました。
中尉:オレは南方の土になる。
須藤:自決を考えておられるのですか?
中尉:いくら皇国のためとはいえ、飢えて疲れ切った兵士に、人として限界を超えた奮闘と努力を要求してきた。みんな黙々として従い、力尽きて死んでいった。この分隊の統括者として、「見事に死んで来い」と兵士たちを送り出した。05 兵士たちは、アノ劇場で笑い、泣き、何も言わずに静かに使命を帯びて行った。しかるに、どうだ、司令部の連中は誰一人としてその責任を取ろうとしていない。日本へ帰ることばかりを考えて、余はこの地で死んだ何万もの兵士たちはどうなるのか。
 012 オレは憎む、死んだ人間を口先だけで讃えるヤツを。ヤツらは今なお、ヌクヌクと生きている。オレの命令で何人の兵士が死んだと思う?須藤! オレは軍隊へ入ってから、どんなヤツにも、ドンなことにも同情しあんかった。死んだ人間よりも可哀想なヤツがいるから。どうだ?須藤:わかりません。
中尉:死に対するつぐないは、自分が死者になるしかない。

須藤:(中尉は拳銃を渡す)中尉殿、コレは何ですか?
中尉:今より司令部へ行く。司令部閣下はじめ、小谷参謀、その他司令部将官つきの命を頂く。須藤、手伝ってくれ。
須藤:中尉殿はご自分の命だけでなく、他の命まで奪おうとなさるのですか?
中尉:そうだ。この地で散った若い命を残して日本へ帰るわけにはいかない。オレも、司令部の連中もだ。
須藤:お気持ちは、自分もよくわかるつもりです。しかし、残された我々が力一杯生きて行く事こそ、死んだ兵士への供養だと思いませんか。みんな生きて痛かったと思います。日本へ帰りたかったと思います。死んだ兵士たちは、生き残った我々にも望んでいるでしょう。
中尉:死んだ兵士たちは、生き残った我々に優しくはない。“どうしてくれるんだ!”と、怒り、悲しみ、うらんでいる。オレの周りには死んだ兵隊が一杯だ。
 オレが(死んで)来るのを見ている。司令部の連中が来るのをみんな待っているのだ。お前が手伝わないなら、オレ一人でやる!
須藤:待ってください。中尉殿。自分は中尉殿を行かせるワケない参りません。
中尉:止めてもムダだ。オレを撃つか!010須藤:考え直してください。死んだ兵士への中尉殿のお気持ちは良く分かります。しかし、中尉殿は、今ここに生きている兵士たちに責任があります。
 兵士たちは、(日本の降伏で)動揺しています。中尉殿は、どんあ屈辱を受けること、惨めでも死んではならない。生きよ、生き抜け、と考える責任があります。これ以上死者を増やしてはなりません。
 死ぬほどの覚悟がおありなら、中尉殿自身生きて、惨めでも生き恥を曝しても生きて、生き抜く姿を見せてやってください。それが、今の中尉殿の責任ではないですか?
中尉:詭弁だ。そんなことはできん。
須藤:してください。

中尉:須藤!ただ生きることより、何かのために自ら死を選ぶ誇り高い生き方もある。女の腐ったような「生きる」だけに執着するのは、戦いに死んだ英霊たちに死を冒涜するものだ。
須藤:ごまかさないでください。中尉殿の仰るとおり、兵士たちは死んでも死に切れないのです。昨日までに死んだ兵士は“犬死”、野垂れ死にです。ムダ死にです。どんなきれいな言葉でもごまかせません。
中尉:だからこそ、私は帝国軍人として、指揮官として、死をもって責任を取るのだ。これが私の義務であり、責任を取るのだ。これが義努であり、責任だ。命令を下したものたちは、その責任があるのだ。
須藤:自分は役者です。どんな弱虫でもいい、貧乏でもいい。生きるコトをまるごと、みんな素晴らしいのだと演じたいのです。もう、死を賛美する芝居はたくさんです。これ以上死ぬ人間を見たくはありません。自分は、中尉殿を(司令部へ)行かせるワケにはいきません。

中尉:須藤!オレを撃てるか!それでも、命、命とワメく男か!オレを撃てるか!邪魔すれば撃つ。お前は矛盾している。オレを撃てば、命を一つ、撃たぬなら、自分の命を粗末に捨てることになる。引いては、司令部の連中の命も危険にさらすことになる。わかるか!この矛盾が戦争なんだ!さあ、撃て!戦争だ!
須藤:(銃を空に向けて撃つ)

中尉:きさま!(波の音)(音楽)
   (銃を自分のこめかみに向けて)轟音!倒れる。
(画面転換して)
1945年8月18日、駐屯地から須藤は抜け出して、ジャングルの中へ入って行き、自活生活をした。日本からの捜査隊が呼びかけて・・・誤って、須藤を撃ってしまう。倒れた須藤に「須藤さん、このまま日本へ帰りましょう」と呼びかけるのは、戦友の娘だ。ヘリが舞い降りて、ヘリは舞い上がる。その上空からニューギニアの景色を見ていると、ヘリは夕焼け太陽ぬ向かって消えていく・・・
 現実は、須藤はまだヘリが到着していず、だんだん須藤の脈がよわくなり、眠るように呼吸が弱くなって・・・と、ラストシーンが複雑だ。

加東大介(本名・加藤徳之助)軍曹が座長を務め、漫画家小林よしのりの祖父(母方/博多出身)も座員で、「快僧曹長 篠原龍照」として登場する。

 昭和十九年秋、太平洋戦争下の西部ニューギニアの首都マノクワリにある日本軍は補給を絶たれ四万の兵士は飢餓とマラリヤにやられ七千に減っていた。 こうした中で兵士の人間性を復活させ生きる望みを与えようと司令部の杉山大尉は小林参謀の賛成を得、演芸班を組織することにした。兵站病院勤務加藤衛生軍曹を班長に叶上等兵、前田一等兵などの経験者、各中隊からの選抜兵で班はできた。

 第一回の演しものは菊池寛原作の「父帰る」。これが大成功で次ぎは劇場を建設することになった。4月29日の天長節、やせ衰えた兵士たちの手で作られた「マノクワリ歌舞伎座」は司令官浅川中将の温情で集められた海岸線配置の部隊も観客に盛大にコケラ落しをした。
「浅草の灯」上演中、空襲警報。
しかし誰一人、立ち上ろうとしない。

 月日は流れ、「マノクワリ歌舞伎座」は将兵に夢と希望を与えてきたが戦局は次第に危機的様相を呈してきた。
  浅川中将は、もう先きも長くはないと判断し東北出身の兵士が多いところから「瞼の母」の中で雪を見せてくれないかと加藤軍曹に注文を出した。そして間もなくニューギニアと目と鼻の先きのビアク島全滅の報が入った。

 「瞼の母」上演は実現したが、この日限りで演芸分隊は解散することが発表された。

 ・・・さて司令官の注文による「瞼の母」の雪の場面。照明がつくと舞台は白一色。兵隊たちの中から思わず嘆声が上った。それはパラシュート用の絹を舞台一面に敷いたのだった。そして上からは紙の雪が……。
  その中で加藤軍曹扮する番場の忠太郎とおはまの親子対面の場がくりひろげられる。兵たちの中から嗚咽が起った。
  やがて舞台は終った。

 日本が戦争に敗けたのは、それから間もなくだった。
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