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2015年7月 5日 (日)

元BC級戦犯の著書「魂鎮への道」飯田進(現代文庫版) を紹介

逆風満帆(朝日新聞Be紙面)で元BC級戦犯を取り上げている。
 戦後BC級戦犯として、重労働20年の刑を受け、1950(昭和25)年に巣鴨プリズンに送還された。0000091956年昭和31年に釈放された後、彼の戦後は始まる。
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 その闘いの人生は、再軍備に向かう日本の「逆コース」に、獄中の仲間と共に止めようとした活動から始まり、一転、わが子がサリドマイドの障害を持って生まれ、今度は障害者福祉の底上げを目指して、国などに挑む人生を進む。

 A級戦犯は知られているが、BC級戦犯の事実は国民は知らないし、釈放されてからは当の戦犯は口をつぐんでいるし、マスコミも、武士の情けか、それを追及しないようだ。多分、BC級戦犯の中にはひどい非人道的な行為もあるだろう。同胞としてはそれは"知りたくない"こともあるし、"知らなきゃいかん"と思う部分もある。

ニューギニアで戦時中に日本軍がどうしたのか、それを調べに行った、記者(女性)が調査した結果を週刊朝日に載っけたら、また朝日が・・・とお怒りの『月刊正論』などから出ている。私の立場としては、事実はどうなのか、知りたい。ということで、その内容は以下の通りである。

Asahi02_2 現在のパプアの人口は390万人。登録者は約60人に1人になる(島々を合わせて)。
 「武器や食料の運搬に駆り出された」約2万6000人、人肉食犠牲者1817人、女性が胸を切断され死亡19人、性器を蛮刀でえぐられ殺害女性8人、強姦殺害女性5164人など、とても信じられないような数字が並ぶ。

 この被害の実態が被害者側の証言だけで証明できるか。
 おもにオーストラリアとアメリカの資料をもとにニューギニア戦線での日本軍の人肉食を検証した著作「知られざる戦争犯罪」のある田中利幸メルボルン大学教員は、
「東京裁判で、オーストラリア側が、日本軍の人肉食を戦争犯罪が審理からは抜け落ちた。オーストラリアでは、食べられたと見られる自国兵(オーストラリア兵?)の死体について約100のリポートが出ている。だが、戦闘中で目撃証言が乏しく、裁判は難しい。わずかだが、現地の人たちの人肉食被害が出ている。集落のなかでの出来事なので、現地の人たちの目撃者は多かったのでは」
http://www.midori-kikaku.com/mariko/j-ist01.html「海と魚と激戦区]
 
03ed054b148a55a447d436f3fd9ca60c軍による慰安婦狩り“吉田証言”「朝日」のニューギニア慰安婦報道より酷い!(『月刊正論』12月特別増刊号)と憤っている。
 

 仲良くなった現地女性を手を「パンパン」と叩いて、呼ぶという話を聞いたことがある。南洋というのは、ここを指したのだろうか。アメリカ軍が日本を占領(進駐)している間、日本女性はオンリーになってお金を貢いでもらい生活した人も多い。結婚した場合も、逃げられた話もある。(加害者は)日本兵ばかり・・・じゃあないが(と言って免罪になるわけはない)。戦争になると、人間は常識がおかしくなる。

 飯田進さんの場合、「ニューギニア島における現地人殺害」を理由にしてオランダの戦犯裁判にかけられ(求刑は死刑→重労働二十年という有期刑)となった。000008通訳を通して、飯田さんが「命を保障する」と連れてきたとき、彼女らはそれをうたがうことなく信じていた。 そのときの彼女らの目の色も覚えていると語り、苦しそうだった。

01 「逆風満帆(朝日新聞Be紙面)」の中で、「43年、西部ニューギニアのソロン付近で陸軍の討伐隊の指揮下、オランダ軍警備隊に協力する現地住民に尋問中、担当者が現地人を銃剣刺突したが死に切れないのを剣道の心得のある飯田さんが日本刀で斬り殺害に至らしめた」と説明していた。

 1950(昭和25)年にスガモ・プリズンに収監された一人のBC級戦犯として、飯田進さんが自らの戦争犯罪に向き合い、戦争責任を問い続けた稀有な書物「魂鎮への道」がある。これを基準にして、元BC級戦犯飯田進さんを紹介する。

 若くして興亜精神に目覚め、アジア解放の夢を持っていた飯田さんは海軍民政府の職員として1943年にニューギニアに派遣され、インドネシア語の能力を活かして日本軍の一員として通訳のみならず敵ゲリラの捜索の先頭にも立っていた。 

 飯田さんは、当時の裁判記録を入手し、記憶をたどり、後年には現地を再訪しながら、自らの戦争犯罪がいかなる状況の下でなされたのかを、冷静に検証している。
 ニューギニアの過酷な自然環境のもとで、中国戦線から兵力を投入しながらも日本軍は孤立していたのが当時の状況で、オーストラリア軍とオランダ軍の混合部隊に放逐され、米軍の来襲にも怯えながら、何よりも飢えとマラリアが原因でニューギニアに投入された日本軍の兵力の大半は、補給を受けることもできずに自壊していった。

 この部分は、その過程で転進中の友軍が、地元の住民ゲリラが味方のフリしてその軍勢を囲って“上官たち(指揮官参謀、副官)をなぶり殺しに追い込んだ”現地人たちの尋問の際、飯田さんは“瀕死の状態”にあった捕虜(村長)にとどめをさしたのだ。

 こうして、アジア民族解放の夢を持って戦地に赴いた飯田さんは、結果としてアジア民衆殺害の罪を問われることで戦後を出発し、二年半の抑留の後、判決を受けた。
 多くの日本人戦犯たちは、報復のリンチや拷問・虐待を受け、戦犯裁判の名の下に「報復的な裁判」がなされ、「職務上の責任又は(公務)受命行為」を「犯罪」として処刑され、多くの日本人が「冤罪で獄舎に繋がれ」たことを目撃かつ伝聞してきた。

000006 日本軍の規律の一種、命令である。捕虜になることを許さなかった。実際には国際条約で捕虜の扱い方は決まっていたが教育をうけていないから、捕虜を殺すのは当然だった。000007 死刑判決を免れた者として、飯田さんは、処刑直前の多くのBC級戦犯たちと別れの挨拶をしきた。アジア太平洋戦争時の戦争犯罪を理由に、終戦直後に裁判にかけられたBC級戦犯は、約15,000名に達する。

 自らの戦争犯罪と戦犯裁判に向き合ってきた飯田さんは、そして多くの兵士たちを無意味な死に追い込み、人間を狂気に至らしめた戦争の実像、指導者の責任を深く問い直している。
 連合軍にも巨大な過ちがあった。しかしながら、そのことをもってして、日本軍が免責されるものでない。そのことを飯田さんは本書で強く訴えている。

1950年に日本に送還され、飯田さんは、1956年に至るまでスガモ・プリズンでの生活を余儀なくされた。
 朝鮮戦争下、再軍備の動きに対して「我々が戦犯として裁かれた意味は何であったのか」という声が巣鴨プリズンの中で起きた。

『われ死ぬべしや BC級戦犯者の記録』
『壁あつき部屋 巣鴨BC級戦犯の人生記』
『あれから七年 学徒戦犯の獄中からの手紙』などの書物が相次いで刊行されたが、飯田さんはこれらの刊行を中心的に担った一人でもあった。


 飯田さんは86歳(現在92歳)にして日本の戦争責任を今も問い続ける証言者として、メディアにもたびたび登場。今年の夏からは飯田さんの半生を描いた「昭和八十四年」というドキュメント映画(伊藤善亮監督)が横浜・渋谷などで上映された。

  司馬氏は、「なにしろ、今でもこの幻想を持続している人がいます。この幻想のもとに参加して生死した、数百万の人々の青春も死霊も浮かばれない、という気持ちがあるからでしょう。
 しかし、自己を正確に認識するというリアリズムは、ほとんどの場合、自分が手負いになるから、大変な勇気が要ります。この勇気こそ死者への魂鎮め(たましずめ)への道だと思うしかありません」
 大東亜共栄圏は幻想であったと指摘している。

「魂鎮への道」飯田進  現代文庫版
魂鎮め(たましずめ)」は、通常「鎮魂(た
ましずめ)」として用いられるが、上記司馬氏も、魂鎮めを・・・。

 
 第一部 BC級戦犯としての体験
1 体験伝承のむずかしさ
2 刑死者たちの声を聞く
3 手負いになること―ぼくの戦争犯罪

 第二部 戦争犯罪と戦犯裁判
4 連合軍の犯罪
5 日本軍の犯罪

 第三部 戦争責任を戦後に問い続けて
6 松井石根大将を思う
7 勇戦敢闘できなかった死者のために
8 護送船からの手紙
9 BC級戦犯から見た東京裁判
10
スガモ・プリズンの衝撃
11
大本営参謀の戦争責任を問う

 第四部 今も魂鎮の意味を問いながら
12
 日本軍を想い自衛隊の現在を考える
13
 韓国・朝鮮人BC級戦犯が願うこと
14
 魂鎮への道

 あとがき
 現代文庫版あとがき
 解説       内海愛子

飯田 進(いいだ すすむ)
1923
(大正12)年京都府生まれ。43(昭和18)年、海軍民政府・資源調査隊員としてニューギニア島へ上陸。敗戦後オランダ軍に戦犯容疑者として拘引され、後に重労働20年の刑を受ける。50(昭和25)年にスガモ・プリズンに送還。現在、社会福祉法人「新生会」「青い鳥」の理事長を務める。主著
『地獄の日本兵』(新潮新書)ほか。
岩波現代文庫版
「昭和八十四年」というドキュメント映画(伊藤善亮監督)
『地獄の日本兵』(新潮新書)

「地獄の日本兵」(ニュースの深層)ゲスト・飯田進(再生時間: 38分)★★飯田進さんのニューギニア戦線 飯田進さんの語りは、今まで聞いた中で、一番しっかりした描写であった。ニューギニアでは人肉を食べられた遺体があちこちにあったという。飯田さんは戦後捕虜収容されたので、いろんな人から話を聞いている。
 軍の
部隊は、県など地方が一緒の人で構成される。(但し、指揮の将官は違う)から、どこの誰がどのような死に方をしたというのはわかっていることが多い。帰郷したのち、「名誉の戦死」以外のことを口にしないことが多い。墓まで持っていくのが暗黙の了解らしい。

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