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2015年3月21日 (土)

麻原彰晃三女・アーチャリーの選択肢は“社会で生きる”

000081 アーチャリーと呼ばれ、麻原教祖の横にいて、クルマから顔を出000143_2し、生意気そうな態度をしていたあの娘は31歳になっていた。
12歳で、多くの信者、側近に尊師の娘とかしずかれ、何もわからずいたのだから、あの態度は回りの大人の責任だろう。
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000182_3 31歳の大人になって、今回、今後の自分の足場を築くために、著書を書いてそのPRに現れた。そういうことだ。マスコミの側も、視聴率のために、彼女を利用しているのだから、目くそ鼻くそ、五分五分だ。

 Mi_2顔つきは、誰かに似ていると思ったら、平野レミに似ているな・・・と思いながら、4Chのゼロを見ていた。あの陽気さがあると、受けるだろう。12歳のアーチャリーの印象が強いから、まだしっくりこないが、振る舞い、応答は、あの大学入学拒否を裁判を起こし、そんな社会の荒波をくぐってきているから、強かさはあるはずだ。

 ついでに言えば、立場は、重信房子の娘重信メイと似ている。
A1重信 メイ(1973年3月1日 - ):父親はパレスチナ人活動家で、イスラエルとの闘争中にミサイル攻撃により暗殺。2001年3月5日に日本国籍を取得し、2011年、渡辺武達同志社大学教授の指導のもと、メディア学(博士課程)を修了、「アルジャジーラ放送アラビア語報・・・ウンヌン」で博士(メディア学)。日本人のジャーナリスト。専門は、パレスチナ問題を中心に、中東問題、中東メディア、アラブ世界、イスラム文化、イラク、クルド問題など。日本語、英語、アラビア語を操る。

000031 今月20日には三女の松本麗華氏(31)が著書『止まった時計 麻原彰晃の三女・アーチャリーの手記』(講談社)を出版する。000123 彼女の本は、オウムのサリン地下鉄事件20周年で、話題に事欠かない。言葉を選んで、オウムと決別した風に語る。

「父が作ったオウム真理教を故郷のように思っていたわたしは、アレフという団体にその思いを託すことができなくなりました。(略)父の時代とのギャップを感じ、故郷は失われたのだと悟りました。元々教団内で限界を感じていたことも重なり、アレフに入会しないことを決めました。また弟たちはアレフの教祖にはなりませんでした」

 その後も上祐史浩(アレフ元代表で、現在ひかりの輪代表)、そして母親知子に教団運営に関して 「上祐さんがわたしの名前を使い、『アーチャリーが賛成している』といって教団運営をしているという話を聞きました(略)。He  上祐さんだけでなく、
 教団全体が『松本家は対外的に関わらないふりをしているだけで、本当は教団の構成員』だと思っていた節がある。わたしたちは実際に教団を離れており、アレフに入会もせず、支援も受けず、社会の中で自分の意志を持って生きていました」
「母は上祐さんが教団の運営から外れてからずっと、アレフでわたしの名前を使い、自分の指示を通そうとした」

 その後、トラブルも重なり、アレフは今、逆にアーチャリーを敵対視し「悪魔」とさえ呼ぶようになっているという。
 アーチャリーがアレフとともにオウム復活を狙っているという説は、公安のでっち上げの可能性が高い。しかし一方で、本書からは、アーチャリーが今も父・松本智津夫に対して思慕の念を持ち続けていることがうかがえる。

 アーチャリーが5歳の時、一家は富士宮にできた総本部道場に移転した。

「わたしは毎日父にくっついて歩き、眠くなると父の部屋にあるベッドに潜り込んで眠り、毎日のようにおねしょをしました。わたしは夜尿症だった。しかし父が、おねしょについて小言を言ったことはありません。わたしが父より先に寝ていると、わたしを起こさないようとする気遣いか、父は自分の腕を枕にして床の上に丸まって寝ることもありました」000092 「教団内では、父は神のような存在で、父さえいればすべてがうまくいくという雰囲気があり、激しいバッシングにさらされても、尊師さえいたら大丈夫。たとえそれが死につながったとしても、尊師と一緒に転生できるなら大丈夫という、今生だけでなく、来世を見通した安心感があった」

 アーチャリーにとって「教祖・麻原彰晃」の権力が大きくなって、オウム信者たちに絶対的存在として扱われ、それを見た娘がさらに尊敬の念を抱いていく──。アーチャリーは次第に父親を"尊師"と呼ぶようになり、さらに父に依存していった。

「父との関係が壊れることが、わたしにとっては世界が崩壊するに等しく、父に見捨てられるという不安はどうしても拭い去れませんでした。アーチャリーが見た父親は教祖であり絶対的存在だった。
 常に不安定な人間関係があった。具体的には、母との関係で愛情を感じられないこと、わたしたち子どもの世話をしてくれる人がたびたび替わること、やめていくサマナ(オウム出家信者)も多いこと、などです」

 だが、一方で、93年頃、智津夫が本気でアメリカから毒ガス攻撃を受けていると信じるようになった。 「今から振り返ると統合失調症などの精神疾患によるものと見ることができるのではないか、明らかに幻覚、幻聴だった。」

 そもそも、95年にサリン事件が勃発し、智津夫が凶悪なテロ事件の首謀者として逮捕された際も、アーチャリーは父親を信じていたという。
 そして、その思いは現在も変わっていないようだ。アーチャリーは事件の構図についてこう持論を述べている。
「『尊師によく思われたい。尊師に褒められたい――』
 これが、一連の事件の構図において重要なキーワードです。『尊師』を都合良く使った人も、父の言葉の文脈を理解できなかった人も、『尊師によく思われたい』という思いがある」

 アーチャリーが見たサマナ(オウム出家信者)たちは、尊師の関心を自分に向けようと必死だった。
 危機感を煽るような情報を伝えたり、自分に都合のいい解釈を他のサマナたちに伝えた。事件はそんな背景で起こったのではと指摘する。「父親がすべてを指揮したわけではないのではないか」と。

「わたしは事件に関し、父が何をしたのかを知りません。父がすべての主犯で、すべての指示をしていたとはどうしても思えない。当時父を『独占』していた村井さんや井上嘉浩さん(元オウム諜報省長官)たちが、父に真実を報告し、また父の指示をそのまま伝えていたとは信じられないからです」

 こうした見方は、サリン事件の被害者や信者にとっては、身勝手としか思えないものだ。だが、アーチャリーは反発を受けることも覚悟の上で、父親を擁護する。

「わたしは父について多くの批判があることは、理解しています。
 それでも、父が事件に関与したのかについて、今でも自分の中で保留し続けています。父が事件には関わっていないと信じているわけでもありません。父は事件に関与したのかもしれないし、してないのかもしれない。
 父が弟子たちと主張が食い違ったまま、病気になり、何も語ることはできなくなりました。一方の当事者である父がきちんと裁判を受けられず、いまだに何も語ることができない以上、わたしは今後も判断を保留し続けるでしょう」

 この決意のウラには父親への愛情だけでなく、母親である松本知子への不審、憎悪とも思える感情が存在したという。

「もし母が、妻として母親として、病気の父の裁判を責任をもって支えてくれていたなら、わたしはまた別の考えを持っていたかもしれません。でも母は何もしませんでした。父を守れる者が子どもしかいないなら、わたしだけでも父を信じよう。父の言葉を聞くことなく、父を断罪することは絶対にしない。世界中が敵になっても、わたしだけは父の味方でいたい」

 11歳で国家転覆を狙った日本最悪の犯罪者、テロリストの娘となったアーチャリー。彼女は本書の出版を機に今後もテレビやネットなどに出演予定だというが、社会はこれをどう受け止めていくのだろうか。(伊勢崎馨)

 びくびくおびえながら隠れながら生きるのではなく、自分の父親として麻原彰晃を受け入れて、麻原彰晃の娘として生きていこうとそういう気持ちになったからです。家族もばらばら自分の心もぼろぼろだし、今までの生き方じゃダメだと思って取材、インタビューに応じさせて頂くことにした。

 親の七光りだとか、子供のくせにとか、そう言われると何も言えなくなっちゃう。やはり厳しく(社会から)批判されているのが、自分ではすごく汚い、生きていてはいけない人間だと、死ぬというよりは、処分しなきゃっていうゴミ箱に捨てなきゃ見たいな気持ちで死のうと思いました。自殺未遂も。

16歳で教団施設を出る。
通信制の高校を出て大学に合格したが、麻原彰晃の娘とわかると、大学入学(和光大学)を拒否される。
2004年接見禁止になっていた父と面会(東京拘置所)
9年ぶりに会った父は、車イスに乗った小さなおじいちゃんだった。000170
お久しぶり、調子どうですか?
うん、うんう・・んうんうん
絶望ですね。
本当に父が事件に関わったのか、
父と会えばすべてかわかるんじゃないかと

 又(父は)生きる目的を見つけられるんじゃないかって(会ったが、そんな希望はなかった)“意思の疎通ができなかった”
(教団に)属してもいないし、場所にも行かない。アレフの教義を広めようとなどと到底思いません。教団からお金を貰っていないです。

「私は今の道を社会で生きる道を選んでよかったと思っています」
麻原彰晃死刑囚について(事件の裁判の判決が出ているから)
おそらく日本中の方が「事件を指示したのだろう」と思っていると思うのですけど、「父が語るまでは、父の関与については保留し続けようと思っています」
 本当の事実はわからない、指示を出したかもしれないし、出していないかもしれない。(裁判で麻原彰晃は自分の関与についてほとんど語っていないから)

 この三女アーチャリーの言い分は、自分の正当化に過ぎず、責任を感じていない自分本位の意見だと厳しい。確かの、オウム被害者に対する陳謝の念が不足している・・・といえば言える。
 和光大学が入学拒否して、裁判で一転して入学許可を出す・・・これが公平に見た場合の「アーチャリーに対する姿勢」になる。彼女は犯罪を犯していないから、“顔を上げて歩いてもいい”わけだ。石ぶつけたり、ツバを吐きかけることはしちゃいけない。


「もし母が、妻として母親として、病気の父の裁判を責任をもって支えてくれていたなら、わたしはまた別の考えを持っていたかもしれません。でも母は何もしませんでした。父を守れる者が子どもしかいないなら、わたしだけでも父を信じよう。父の言葉を聞くことなく、父を断罪することは絶対にしない。世界中が敵になっても、わたしだけは父の味方でいたい」

 三女アーチャリーは、母親である松本知子への不審、憎悪の感情がある。父をもっとカバーして精神的な不安定な時に支えてやれば、私も母を憎む気持ちにはならなかったと述べている。2
 が、母松本知子の性格は、気が強く、曲がったことが嫌いで内弁慶、はっきりものを言い、虫も殺さないやさしく子供を大事にする貞操観念の強い性格(麻原が検事に話した雑談による)。

 四女の証言によると、教団内に麻原の愛人と言われる女性は100人おり、夜毎、イニシエーションと称して、尊師の部屋によばれる女性は異なった。正妻知子は、毎夜、尊師が愛人たちにイニシエーションをしている間中、その部屋の前をうろうろしていた。
 イニシエーション=霊的エネルギーを注入する修行=麻原と性行為。(若い女性限定)

 これまで報じられただけでも、上祐史浩(ひかりの輪代表)の元恋人(ウッパラヴァンナー)や、教団から一時"脱走"してAVに出演したバドラー「億山朝央」など枚挙にいとまがない。
 そのほかにも「ダーキニー」(愛人部隊約30名)がオウム真理教の第2サティアンに住んでいた。信者の中から、幹部らが麻原好みの女性を探し、面接していた。週刊朝日 2012年6月22日号
 
 およそ15歳から25歳までの若い女性信者とイニシエーションと称して・・・。若い女性ばかりが選考されたのは、麻原が処女を好み、固執したから。また、女性信者の陰毛を
小瓶にコレクションし、ラベルに名前を付けていた。押収された小瓶は100本近くあった。
『週刊ポスト』2000年3月10日号/同2000年3月17日号
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 それらの事実を知っていた母は、麻原彰晃に対する感情は、三女アーチャリーが父に持つ意識とは違うのは当然だ。イニシエーションという宗教行事にかこつけて、セックスの楽しみを見出していると、当然知っていたはずだ。
 女として、妻としての当然の権利を踏みにじられていれば、麻原彰晃を擁護する気にはならなかったはずだ。

 娘である松本麗華さん(三女アーチャリー)は、父に対する情は、母、妻松本和子が抱く感情とは違う。
確かに三女アーチャリーは松本智津夫=麻原彰晃に親としての愛情があっても、第三者が責めることはできない。彼女はオウム真理教の中で期待されていた子だっただけに、今後は、世間に陳謝して、対処する方法を探っていかなくてはならない。
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