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2014年12月13日 (土)

最高裁裁判官五人の国民審査 事前調べ ×か○か

今回国民審査を受ける最高裁裁判官五人
①鬼丸 かおる
②木内 道祥
③池上 政幸
④山本 庸幸
⑤山﨑 敏充
 ひとあたり見ても、判断、優劣はつけにくい。
 ×か○かではなく、×か空白、何も書かないと信任になるからズルイよな。裁判官で不可になった人は今までだれもいないから、彼らは安心している。
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最高裁判所の裁判官は、任命後初めて行われる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し、その後十年を経過した後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際に、再び審査する。つまり、国民の意思によって、最高裁判所判事がやめさせられる可能性がある。
 
 現在、最高裁判事の定員は長官含めて15名。この15名には「枠」があり、「判事枠」「学者枠」は自ら選び、「検察官枠」「行政官枠」は検察庁や法務省・内閣法制局・外務省などの意向で人選。また、「弁護士枠」は日本弁護士連合会の推薦で決める。裁判官出身が6、弁護士が4、行政官僚が2、検察官が2、法学者が1と言われている。
7名が民主党内閣下で任命、今回の鬼丸かおる判事から池上政幸判事までの5名が自民党内閣によって任命。

000000 多少違うのは、参議院議員選挙の一票の不均衡を定数配分は合憲であるか、ないか、だ。それを違憲とは言えないというのは、安倍政権に気を使っているのか・・・?という程度だ。
結果
順  氏名 年齢 任命年月日   学歴  出身分野  罷免可%
1  鬼丸かおる 65 2013年2月 6日東大卒弁護士(27期)9.21%
2  木内道祥   66  2013年4月25日東大卒弁護士(28期)9.57%
3  池上政幸   63  2014年10月2日東北卒検察官(30期)9.56%
4  山本庸幸   65  2013年8月20日京大卒行政官        8.42%
5  山﨑敏充   65  2014年6月 1日東大卒弁護士(28期)9.42%

 最高裁裁判官がニュースに出てくることが少ないから、判断できないというのが正直なところだ。唯一、集団的自衛権の問題で問題になったのが、以下の通り。

0 ④山本 庸幸 「集団的自衛権の行使は、従来の憲法解釈では容認は難しい。実現するには憲法改正が適切だろうが、それは国民と国会の判断だ」と発言した(毎日新聞 2012年2月6日)。
 この発言に対し
 あの菅スガ官房長官は、「最高裁判事が公の場で憲法改正の必要性まで言及したことについて、非常に違和感がある」とカチンときた( 産経新聞 2013年8月21日)あの一件のみだ。

 司法に携わっている人たちは、概ね、発言が慎重だし、人生の生き方が失敗していない。最善、最良のコースを歩んできて、能力を目一杯使って今の地位に到達しているという印象だ。しかし、この④山本 庸幸さんと木内さんは、回り道を意に介していないように見える。

①鬼丸 かおる(おにまる かおる、1949年2月7日 - )7日本の最高裁判所判事(2013年2月6日 - )弁護士。東京都出身。
 東京教育大付属小、中、高、東京大学法学部卒業。
1975年 司法修習修了(27期)。弁護士登録(山梨県弁護士会、後に東京弁護士会に登録替え)司法研修所民事弁護教官、日本女性法律家協会副会長、厚生労働省中央最低賃金審議会委員、同省労働保険審査会審査員、内閣府国民生活審議会委員などを歴任。
2013年2月6日 最高裁判所判事に就任(2012年12月26日に定年退官した須藤正彦の後任)。 高橋久子、横尾和子、桜井龍子、岡部喜代子に続く史上5人目の女性の最高裁判所判事である。2013

年2月6日から現職の最高裁判所裁判官15名中3名が女性になり、史上初めて最高裁判所の全ての小法廷に女性の判事が各1名ずつ所属する体制になった。
●新聞記事すべて削除されている。
1.“「罪のない人罰しない」 鬼丸最高裁判事が就任”河北新報(2013年2月6日)。
2.“鬼丸かおる最高裁判事が就任会見 「不平等是正したい」”朝日新聞(2013年2月6日)
3.“最高裁判事に鬼丸氏”. 日本経済新聞. (2013年1月18日)
4.記事『ひと:鬼丸かおるさん=「男女の区別が意識されなくなれば」毎日新聞2013年2月7日

 東京教育大付属小、中、高、東京大学法学部という経歴は、みごとに進学校を歩んで、それを成功している人生。両親のバックアップを受けて、資産もありそうな家庭で育っている。人生失敗のない歩み方だというモデルケース。
 違憲には厳しい判断はしている。あと、家庭は堂なんだろう。子育てはどうなっているか、知りたい。01
②木内 道祥(きうち みちよし、1948年(昭和23年)1月2日[1] - )32
:日本の最高裁判所裁判官(第三小法廷所属)。元弁護士(大阪弁護士会)。徳島県徳島市出身。神戸市の進学校を卒業後、東京大学へ進学。学生運動への参加経験がある。
 東京大学法学部在学中に司法試験に合格。
1973年(昭和48年) 東京大学法学部卒業、司法研修所入所
1975年(昭和50年) 司法修習修了後、弁護士登録(大阪弁護士会)司法修習修了後、組織に属するのではなく、独立して仕事ができる」という理由から弁護士になった。

 倒産事件と家事事件のエキスパートとして弁護士活動を行った。1995年の阪神大震災発生時は大阪に居住しており、想像を絶する被害に「弁護士は役に立たない」と感じたが、それでも震災発生直後から被災者の法的救済に奔走し、倒壊した借家の権利関係などの相談に応じるため、弁護士会の中心になって避難所に弁護士を派遣し、被災者の声をくみ取った。
2004年(平成16年) - 2011年(平成23年) 関西大学法科大学院非常勤講師(「倒産法」「現代法特殊講義」担当)
2005年2月に行われた第32回日本集中治療医学会でのパネルディスカッション「ICUにおける末期医療のコンセンサス」において、木内は「患者の意思の確認方法について、患者の意思が不明でも家族の同意があれば事実上問題とはなっていないが、法的には家族には代行する権限はなく、あくまでも自己決定権が優先される」と述べている。
 38年間弁護士活動を続け、その間に法制審議会民事・人事訴訟法部会人事訴訟法分科会委員、日本弁護士連合会倒産法制等検討委員会委員長などを歴任。
2013年(平成25年)4月25日最高裁判事田原睦夫が2013年4月定年退官したのに伴い、その後任として最高裁判事に就任。

木内 道祥(きうち みちよし)さん、徳島からなぜ神戸へ出たのか、そのへんの事情はわからないが、神戸市の進学校で教育を受ける人生を選択できるのは、恵まれた人生のコーチがいるようだ。神戸で阪神大震災に出会い、苦労を買って尽くす姿勢には、よくやっていると言う評価をしたい。01_2 

③池上 政幸(いけがみ まさゆき、1951年8月29日 - )8
:宮城県出身。
1975年3月 東北大学法学部卒業/1975年4月 司法修習生
東京地方検察庁/水戸地方検察庁/仙台地方検察庁/法務省刑事局付/東京地方検察庁特別捜査部検事  東京佐川急便事件暴力団ルートを担当/法務省刑事局刑事課長/法務省刑事局総務課長/法務省大臣官房人事課長/松山地方検察庁検事正/法務省大臣官房審議官
2006年 法務省大臣官房長
2008年10月17日 最高検察庁検事/2009年1月16日 最高検察庁公判部長/2010年6月17日 最高検察庁刑事部長/2011年8月11日 次長検事/2012年7月20日 名古屋高等検察庁検事長/2014年1月9日 大阪高等検察庁検事長/2014年7月18日 辞職
2014年10月2日 最高裁判所判事

宮城県出身の東北出で、調べても、あまりトピックスがない。卒なく官僚の出世街道を歩んでいる感じがしてしまう。02

④山本 庸幸(やまもと つねゆき 1949年9月26日 - ):Q日本の官僚、最高裁判所裁判官。元内閣法制局長官。愛知県出身。愛知県立旭丘高等学校卒業。
1949年 9月 : 愛知県生まれ/1969年 4月 : 京都大学法学部入学
1972年 8月 : 国家公務員上級甲試験と通商産業省上級甲種職員採用選抜試験に合格/1973年 3月 : 京都大学法学部卒業
1973年 4月 : 通商産業省入省
1982年4月に在マレーシア日本国大使館二等書記官としてマレーシアへ着任。
1983年 4月 : 在マレーシア日本国大使館一等書記官
帰国後、1989年6月に内閣法制局へ内閣法制局第四部参事官として異動。その後、再び通商産業省へ、1998年7月に内閣法制局へ再び異動。第一部中央省庁等改革法制室長、第四部長、第二部長、第三部長、第一部長を経て、
2006年 4月 : 東京大学公共政策大学院客員教授に就任
2008年 4月 : 早稲田大学大学院法務研究科客員教授に就任
2010年 1月 : 内閣法制次長
2011年12月に内閣法制局長官に就任。
2013年8月の退任後、定年退官した竹内行夫の後任として、最高裁判所判事に就任。

 内閣法制局長官として
2012年1月24日の第180回国会から長官による国会答弁の復活を決定。同年2月6日の参議院予算委員会で山本は、自由民主党の脇雅史から内閣官房や国家戦略室など行政組織の設置根拠などについて質問を受け答弁した。

 最高裁判事就任会見での発言
「集団的自衛権の行使は、従来の憲法解釈では容認は難しい。実現するには憲法改正が適切だろうが、それは国民と国会の判断だ」と述べた(毎日新聞 2012年2月6日)。この発言に対し
 内閣官房長官菅義偉は、「最高裁判事が公の場で憲法改正の必要性まで言及したことについて、非常に違和感がある」と反発( 産経新聞 2013年8月21日)。「(最高裁判断が)確定するまで、憲法解釈は、内閣法制局の専門的知見などを活用しながら、第一義的には内閣が行うものだ」と強調した。
 連立与党公明党代表の山口那津男は、「(山本氏発言)ぎりぎり許される」と発言支持(東京新聞 2013年8月23日)。

山本 庸幸(やまもと つねゆき)が法制長官だと、憲法解釈を安倍内閣としては変えにくいだろうと、拝察する。民主党内閣時に、最高裁判事にしたのだったのだろう。自民党安倍内閣では、骨っぽい人材は使いたがらないだろう。03
⑤山﨑 敏充(やまさき としみつ、1949年8月31日 - )1
:日本の裁判官。大阪八尾生まれ、地元小中、私立灘中、高卒、東京大学法学部卒業
1975年 東京地方裁判所判事補
1980年 最高裁判所事務総局行政局付
1982年 最高裁判所事務総局広報課付
1984年 那覇地方・家庭裁判所石垣支部判事補
1985年 最高裁判所調査官
1987年 最高裁判所事務総局人事局任用・調査課長
1993年 東京地方裁判所判事
1996年 東京地方裁判所判事部総括
1999年 最高裁判所事務総局秘書課長兼広報課長
2002年 最高裁判所事務総局人事局長
2007年 最高裁判所事務次長
2008年 千葉地方裁判所長
2009年 最高裁判所事務総長
2012年 名古屋高等裁判所長官
2013年 東京高等裁判所長官 を経て、2014年4月1日より最高裁判所判事。03_2  多数意見とは、現状肯定という意味。
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