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2014年11月18日 (火)

「李香蘭私の半生」山口淑子が見た 楊柏堡・平頂山事件

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 山口 淑子「李香蘭私の半生」藤原作弥を読んでいたら、日本では知られていない事件が・・・山口淑子が身をもって体験した事件があった。知られていないと、書いたあとで、本多勝一『中国の旅』を出してみると、平頂山事件は最初に紹介している。本多勝一は、中国人被害者側から書いているから、最近の右傾日本人には気に入られないかもしれないが、それが現実だろう。
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 A185a_1 山口 淑子が小学生くらいのとき、見たのが、その平頂山事件となる前段階に匪賊の決起である楊柏堡事件が起きた夜のコトである。
240 ある日、夜中、驚く事件が起きた。
 家の周りが騒がしく、火事が起きたような雰囲気で、家の外をのぞくと撫順炭鉱の回りが明るくなって、異様な雰囲気で、事件が起きていることはわかったが、一体何事か、幼い淑子には理解できなかった。父は、家族を残して会社へ出かけた。

 それ夜が明けてから、庭続きの広場に、憲兵と日本人の一行に、捕らえられた一人の苦力(クウリイ=下層労働者)が目隠しされて連れて来られた。Kawakamiinoue 男は服装からして苦力頭のようだった。男は広場の松の木に縛りつけられ、目隠しを外された。
 縛られている男の目が淑子のほうを見つめているようだった。憲兵と苦力を遠巻きにする見物人はドンドン増えた。

 憲兵が大声でどなっていた。
 しかし、何を言っているか、よく分からなかったが、苦力頭は土気色の顔を背けたまま何も答えない。再び、憲兵が大声でわめいたが、男は黙ったままだった。憲兵の声はますます荒々しくなった。
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憲兵は手に持って鉄砲の台尻で男の額を殴りつけた。その一撃で縛られたまま体が崩れた。気絶し動かなくなった苦力の額から血が流れ落ちていた。
 松の木のもとに人々が近づき、淑子のいるところからは男の姿は見えなくなった。憲兵隊と人々が去ったあとには、松の木だけが、また、ポツリとあるだけだった。

 その松の木に向って一目散に駆け出した。母が呼び止めたが、広場に向って走っていった。松ノ木の根元の土には血黙りが残っていた。追いかけてきた母が私を抱きしめた。母の胸の中で始めて大声で泣いた。
 これを山口淑子から聞き取ったのは、ライターの藤原作弥である。

8732_1 少女である淑子には、その時一体何が起きたのか、理解ができなかった。
 炭鉱周辺に匪賊が出没する事件が相次ぎ、不要不急の遠出は禁じられた。撫順炭鉱は、日本軍守備隊が守っていたが、その手薄のときを狙って、昭和7年9月15日の夜炭鉱の全山一斉に放火され、操炭所の事務所が焼き打ちにあったのだった。襲来した匪賊は1000名、紅槍会匪と言われた。 

 匪賊は、「朔風、挑戦三十年」謙光社(久野健太郎著)によると、中秋節前夜、9月14日、楊柏堡の部落に集まり、放火の準備をしたらしかった。採炭現場から着火材に使える材料を持ってこさせ、布で包んで放火用タイマツを作ったのだった。

 著者久野健太郎は、非常召集を受けて、市街地にあった電灯部へ駆けつけるとき見た光景は、南方の丘陵はまさに火の海であった、という。楊柏堡採炭所の所長は、職場に駆けつける途中、匪賊と遭遇して惨殺された。同様に職員六,七名が殺害された。
  留守隊、警察隊、在郷軍人による炭鉱防備隊。自警団などの奮闘によってようやく撃退し、主要箇所を鎮火したのは翌日の明け方であった。これが「楊柏堡事件」である。

 放火を主としていたゲリラ側は戦術の不手際により、作戦が成功したとは言い難いまま退却したが、日本側も、炭鉱所所長含む死者5名、負傷者6名、総額21万8,125円の被害を受けた。Wikipedia参照

 この「楊柏堡事件」の捜索に伴って起きたのが「平頂山事件」である。この事件が日本軍守備隊に寄って引き起こされたとき、思慮ある満鉄撫順炭鉱責任者は「しまった」と呆然として頭を抱えこんだという。コレでは、収まる事件が収まらなくなると自覚した。
 後先のわからない
短慮の人物が勝手な行動をして、日中の政治的戦略のない行動が、日本の進路を決めてしまう怖さをしみじみ感じる。

02 ←本多勝一『中国の旅』
 
平頂山事件(へいちょうざんじけん):1932年9月16日、現在の中国遼寧省北部において、撫順炭鉱を警備する日本軍の撫順守備隊(井上小隊)がゲリラ掃討作戦をおこなった際に、楊柏堡村付近の平頂山集落の住民が多く殺傷された事件。犠牲者数については、諸説がある。
 反満抗日ゲリラ「遼寧民衆自衛軍」による1932年9月15日の撫順炭鉱襲撃が誘因となった

02_2本多勝一『中国の旅』
 事件翌日、撫順守備隊が、楊柏堡村の隣村、平頂山集落を捜索した結果、撫順炭鉱襲撃の際に盗まれた品物が発見され、この集落がゲリラと通じていたとの判断、守備隊40名によって集落を包囲、ゲリラ掃討を行なった。同集落が(または同集落の一部が)ゲリラに関与していたかどうかについては現在、否定も肯定もされてはいない。

01 「平頂山の部落の、その時集落にいたほぼ全住民(女性・子供・赤ん坊を含む)を集めて機関銃を掃射し、それでも死ななかったものを銃剣で刺し」と伝えられている。死体を一箇所に集め焼却処分にし、翌日、崖をダイナマイトで爆破することで一気に埋没処理した。しかし、死体の下にいて、日本軍がいなくなってから、生き残って抜け出した者が数名いたことで、事件が明るみに出た。
 事件は、中国国内では新聞などで報道され、国際連盟においても、1932年11月24日、国民政府の顧維鈞首席代表が問題にしたが、中国側の追求不足と日本側のあくまで掃討作戦の一環であるなどとする意見に、当時はそのまま終息した。

 被害者人数については諸説があり、中国側は3,000人を主張し、守備隊の中隊長川上精一大尉の親族田辺敏雄は、自著の中で、虐殺に参加した兵士の証言などをもとに犠牲者数を400-800人と推定。当時、平頂山集落の人口は約1,400人、犠牲者数600人前後とする資料もある。
 ジュネーヴでの国際連盟理事会では、中国側被害者は死者700、重傷6~70、軽傷者約130名と報告されている。いずれも、被害者の人数については類推の域を出ない。

 山口淑子の父は、中国語に通じ、中国の知人も多い。つまり親中の考え方をしていたから、父が匪賊などの抗日勢力と通じていたのではないか、と疑念を軍部に抱かれ、取調べが一ヶ月以上も続いた。ようやく疑念は晴れたが、もう早、満鉄の鉱山に勤めることは、難しくなり。奉天(現:瀋陽)市へ転居することになった。
 子どもの淑子には、単なる引越しであったが、父親には日本社会からの追放に近い処遇であった。

  その頃に父親の友人で家族ぐるみの交流があった瀋陽銀行の頭取・李際春将軍(後、漢奸罪で処刑)の義理の娘となり、「李香蘭(リー・シャンラン)」という中国名を得た。
 その後、のちに天津市長になった潘毓桂とも、
中国の旧習で、義理の娘として縁を結んだ。縁を深める為に、お互いの子供を義子とする習慣があった。これは、それぞれの姓でお互いの子女に名前を付け合うなどのものである。
 その後、奉天に住む幼なじみのユダヤ系ロシア人であるリューバの母からの紹介を受け、白系ロシア人の夫をもつイタリア人オペラ歌手のマダム・ポドレソフのもとに通い、ここで声楽を習う。
 1934年(昭和9年)、淑子は中国名の「潘淑華」(潘毓桂の子として)で北京のミッション・スクール(翊教女子中学)に入学し、1937年(昭和12年)に卒業した。

山口 淑子(やまぐち よしこ、1920年2月12日 - 2014年9月7日):
 彼女は、中国人として祖国を裏切った漢奸罪で中華民國の軍事裁判に掛けられたが、日本人であることが証明され、その罪は適用されず、国外追放処分となり日本に帰国した。
 
1920年(大正9年)2月12日に、中華民國奉遼寧省の炭坑の町北煙台で生まれた。満鉄で中国語を教えていた佐賀県出身の父山口文雄と福岡県出身の母アイ(旧姓石橋)の間に生まれ、彼女は生まれた。
 撫順炭鉱で満鉄職員として、父は日本人職員に中国語と中国の習慣を教育する先生のような仕事をしていた。長女である淑子は、父から外交官のような日本と中国の橋渡しをする仕事をして欲しいと期待していた。大人の日本人
満鉄職員に中国語教える教室で一緒に中国語を学習していた


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