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2014年10月10日 (金)

もやし一筋 業界2位年商80億円 今、南米パラグアイで農場を

 岐阜県中津川市、合併して今は多くなっただろうが、当時は人口5万人からの町で、産業といえば、戦時中は空襲されるとしたら、唯一三菱電機の扇風機工場くらいだった。000005 戦後は、有力会社は野球部をもっていた。国鉄機関区、北恵那電鉄、三菱中津川工場、本州製紙、近江絹糸。中央板紙に野球部があったかどうか、まあ、市内で働き場はそんなところだった。
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 そんな町に、市民草莽からできて産業を生み出したとしたら、大したものだ。それまでは、産業といえば、段ボールの中央板紙があるくらいだった。
 彼中田智洋(1950年、岐阜県生まれ。駒沢大経済学部卒業後、インドからヨーロッパに4ヶ月旅行を続けた。)は、28歳のとき、ラムネ製造、副業でもやし製造販売を続けていたが父親(創業者)倒れ、家業を継ぎ社長に就任し、ラムネは大手が進出してきたので撤退し、副業のモヤシ製造をメインにした。 000001        カンブリア宮殿出演 http://flip-lip.com/780.html

 その日から、一切電話での注文がピッタリ止まり、会社倒産の危機に瀕した。かいわれ大根が原因ではなかったが、風評被害で生産したかいわれを全部焼却炉で処理する毎日が続き、何億の損害が出た。000013 しかし、従業員をリストラしなかった。000045 従業員を守った。その経緯から従業員から絶大な信頼を得た。ソレに応えて、従業員は片道5時間かけて、彼らは交通費は自弁で日帰りで東京のすーぱーへ試食販売に出かけた。
 その話をするとき、社長は涙を流し、「ここはカットカットだ」と涙を拭く。ちょっと演出か、社員へのアピールか・・・社員思いの面を見せた。000006
 5年前。岐阜県の梶原拓知事から電話がかかってきた。
「食料危機になった時に、岐阜県民の食料をいかに確保するか、考えている。南半球のアルゼンチンで農場経営し、非常時にはそこで生産された農産物を輸入しようと思うが、協力してもらえないか」と。
 当時、他の都道府県には「非常時の食料確保」なんて視点はまだ全くなく、国でさえ目標自給率を定めていない時期、岐阜県は「岐阜県民食料確保計画」を検討中であった。
 知事は「岐阜県の食料自給率は36%しかない。このままでは非常時に県民が餓死してしまう。どうにかして、食料を確保しなければ」と考え、県内農業の振興と共に、海外でも食料を生産確保する、いわば「海外備蓄」を考えていた。
 中田社長は心打たれ、なんとか協力したいと思い、友人の企業経営者たちにも声をかけて、さっそくアルゼンチンへと飛んだ。

 アルゼンチンは、外国資本の土地取得制限がなく、日系人が多く、岐阜県人会もあった。条件はそろっていた。
 年に3回、4回とアルゼンチンへ行って交流を深め、事業の具体化を目指しました。何を栽培するか、どこで売るか、非常時には何を栽培し、どのように岐阜へ輸出するか、農地の栽培管理をだれに任せるか……。

 最初は「岐阜県として取り組む」だったのが、時を経るにつれて「民間に頑張ってもらう」に岐阜県の姿勢は大きく後退した。県議会で議員から「農産物を生産し輸入すると、地元の県産品と競合し圧迫するのでは」という質問が出て、トーンダウンせざるをえなくなった。

 ならば、民間単独で取り組もう。県民に理解していただく市民出資の市民企業にしよう。そう考えて、2000年12月に株式会社「ギアリンクス」を設立。共に頑張ってきた企業経営者計6人が役員となりました。事業資金は1株10万円で株主を公募し、約300人が株主となり、計7200万円を集めた。
 2000年12月、仲間とともに株式会社ギアリンクスを設立、代表取締役に就任。社名には、ギフのギ、アルゼンチンのアをリンクする意味を込めた。会社の趣旨を説明すると、
大勢の方に励まされ協力して頂いている。アルゼンチンの農地を購入したが、直接生産できる大豆の量は正直に言って微々たるもの。

 パラグアイの日系農協には、500の日系人移民が所属し、年間15万トンの大豆を生産している。これは、現在日本国内で生産されている量の約6割に匹敵。しかも、アルゼンチンと違い、パラグアイはまだ遺伝子組み換え大豆が一般化しておらず、特に日系農協は、それで生き残りを図ろうと頑張っている。
ところが、彼らは典型的な作り上手の売り下手。米国の穀物商社に買いたたかれているのが実情。

 最初は、梶原知事に頼まれ岐阜のために、と考えていたが、だんだんと岐阜県のみにこだわる気持ちはなくなり、今は世の中の多くの人に食料を作り出そうと思っている。

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 実は、アルゼンチンやパラグアイでギアリンクスの活動を行う中で、自分の足下も見つめるようになった。海外で食料を生産するのも一つの手。でも、国内地元で、もっと食料を確保する仕組みを考えるべきではないか、と。000032  私の地元中津川市の地に大きなファーマーズマーケットを作ろう。退職した高齢者たちが、放棄されていた田畑を耕し、有機農産物を売る。中央道の中津川ICのすぐそばの幹線道路沿いで、名古屋からも客を呼び込める。000023  市民企業で、農産物を作った高齢者たちに、なるべく多くの人件費を渡せる仕組みにしたい。そうすれば、多くの人がやる気を出して頑張るはず。客も、安全で高品質の農産物を安く手に入られる。高齢者1000人の雇用を生み出せる。うまく回りだせば、市内の食料自給率を10%は上げられる。

 ギアリンクスで金にならないけれども意義深い仕事に、本業の会社の社員たちが喜び励ましてくれ、誇りを持って仕事をしてくれる。
 ギアリンクスの役員は、大企業の経営者ではないからこそ、これまで培ってきた力をフルに活かして、収支が合う仕組みを小さいながらも考え積み重ねてやっていく。私たちなりの、ビジネスのやり方で食料問題に挑んでいる。
岐阜県の市民企業を率いる中田智洋さん
 から参考にさせて頂きました。つながりは、彼の奥さんを知っている・・・という程度です。
 

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