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2014年10月31日 (金)

ハロウィーンって何?クリスマスとは違って、ケルト人の風習だ。

000001 ハロウィーンって何かわからない五、六年前、神奈川県の相模大野でドイツ人の彼が、子供引き連れ、ハロウィーンの仮装して行進したらしい。夜、くりぬいたかぼちゃの「ジャック・オー・ランタン(Jack-o'-lantern)」を作り、町を一、二時間、練り歩いたらしい。子どもの保育園友達の父母で、イギリスに転勤した人の奥さんも、一緒だったとか。
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 子供達は、家を1軒ずつ訪ねては「トリック・オア・リート(Trick or treat. お菓子をくれないと悪戯するよ)」と唱える。これが、日本には風習が浸透していないから、お菓子をもらうのに苦労したようだ。

 古代ケルト人の風習だといわれているが、
000004 ケルト人の1年の終りは10月31日で、この夜は死者の霊が家族を訪ねてくると信じられていて、出てくる有害な精霊や魔女から身を守るために仮面を被り、魔除けの焚き火を焚いていた。
 


000005 10月31日の夜には、カボチャをくりぬいてロウソクを立た提灯を作り、魔女やお化けに仮装した子供達が近くの家1軒ずつ訪ねては、「Trick or treat. ご馳走をくれないと悪戯するよ」と唱える。そういう風習がヨーロッパには広まっていて、子供たちは各家からせしめる。そのお菓子を持ち寄り、ハロウィン・パーティーを開いたりする。002 語源は、カトリック教会の11月1日「万聖節」の前晩、英語"All Hallows"のeve(前夜)、"Hallows eve"が訛っ、"Halloween"と呼ばれるようになった。

 古代ケルトの(ドルイドの)信仰では、新年の始まり(
11月1日)は冬の季節の始まりのサウィン祭であった。それが、短い日が新しい年の始まりを示し、日没は新しい日の始まりを意味していた。
 したがって、この収穫祭は毎年10月31日の夜に始まる。

 アイルランドと英国のドルイド祭司たちは、かがり火を焚き、作物と動物の犠牲を捧げ、祭司たちが火のまわりで踊り、太陽の季節が過ぎ去り、暗闇の季節が始まった。
 そして、11月1日の朝が来ると、祭司は、この火から燃えさしを与えた。各家族は、この火を家に持ち帰り、かまどの火を新しくつけて家を暖め、悪いシー(ケルト神話の妖精)などが入らないようにした。この時期には、この世と霊界との間両方の世界の間で自由に行き来ができると信じられていたので、祭典ではかがり火が大きな役割を演じた。屠殺した牛の骨を炎の上に投げ込んで、かがり火が燃え上がると、村人たちは他のすべての火を消した。その後、各家族は厳粛にこの共通の炎から炉床に火をつけた。
 

 現代では主にアイルランド、イギリス、アメリカ、カナダ、ニュージーランド、そしてオーストラリアの一部に広まっている。これらの国ではハロウィンが盛大に祝われる。アメリカの一部キリスト教系学校では、ハロウィンがキリスト教由来の行事ではないことから、「ハロウィンを行わないように」という通達が出されることがある。 

 現代日本人にとっては、ケルト人といわれても、いまひとつピンと来ない。02
 ケルト人は、おそらく青銅器時代にヨーロッパ中央に広がり、その後、ハルシュタット文化(紀元前1200年~紀元前500年)を発展させた。
 彼らは、優れた鉄製武器を身に付け、馬の戦車に乗った戦士階級に使われ、欧州各地に分立した。彼らは南欧の文明社会としきりに交易を行い、その武力によって傭兵として雇われ、ギリシャ・ローマの文献に記録が残されている。紀元前400年頃にはマケドニアの金貨に影響されて、各地でケルト金貨を製造するようになった。また、ケルト人の一部はバルカン半島へ進出し、マケドニア、テッサリアなどを征服。
Celts1 ギリシャ人は彼らをガラティア人と呼んだ。紀元前3世紀に入ると、さらにダーダネルス海峡を経由して小アジアへ侵入し、現在のアンカラ付近を中心に小アジア各地を席巻した。

 ケルト人(Celt、Kelt)は、中央アジアの草原から馬と車輪付きの乗り物(戦車、馬車)を持ってヨーロッパに渡来したインド・ヨーロッパ語族ケルト語派の民族である。
 古代ローマ人からはガリア人とも呼ばれていたが、「ケルト人」と「ガリア人」は必ずしも同義ではなく、ガリア地域(フランス)に居住してガリア語またはゴール語を話した人々のみが「ガリア人」なのだとも考えられる。
Solsticesunrise ストーンサークルは、ケルト人の文化か・・・、いまいち判然としないが、古代ケルトの文化かもしれない。

 ブリテン諸島(英国)のアイルランド、スコットランド、ウェールズ、コーンォール、コーンウォールから移住したブルターニュのブルトン人などにその民族と言語が現存している。
 

_7 やがて紀元前1世紀頃に入ると、各地のケルト人は他民族の支配下に入るようになる。ゲルマン人の圧迫を受けたケルト人は、西のフランスやスペインに移動し、紀元前1世紀にはローマのガイウス・ユリウス・カエサルらによって征服される。
 カエサルの『ガリア戦記』はガリア(ゴール)のケルト社会に関する貴重な文献である。やがて500年にわたってローマ帝国の支配を受けたガリアのケルト人(ゴール人)は、被支配層として俗ラテン語を
265話すようになり、ローマ文化に従い、中世にはゲルマン系のフランク人に吸収されフランス人に変質していく。

 現代におけるいわゆる「ケルト人」とは、アイルランド、スコットランド、マン島、ウェールズ、及びブルターニュの人々である。しかし、その5ヶ国の人々の中で、まだ日常的にケルト語を使って生活をする人は30%程度いる。日本でいえば、沖縄方言を使っている関係と似ている。
 文化面では、エンヤの楽曲やリバーダンスなどは世界的に高い評価を受けている。


エンヤの歌声を大晦日に聴く: nozawa22
エンヤ★★ハロウィーンがどこの文化かわからないように、ケルト人も、ヨーロッパ人の中にまぎれて、同化している。

 フランスがガリアと呼ばれていた頃には、多数派だったのだがいつの間にか、イタリアのカエサルの頃から使われる側にばかりで、統治者にならないからだんだん、下積みにされている。1320330_2イギリス人の成り立ち 簡単に見る: nozawa22  
ブリトン人(ケルト人)=参考 ケルト人は、ヨーロッパ各地に展開した民族です。紀元前3~2世紀ごろが最盛期で、ローマやギリシャなどとも戦いました。こよなくワインを愛し、独特の美術を育てた民族でした。
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