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2014年9月15日 (月)

小泉八雲「雪女」「むじな」畏怖する日本の怪談は何を伝えるか

000069 「雪女」、「むじな」、「耳なし芳一」など怪談を小泉八雲が、採録して日本人に日本文化を認識させた。西欧でもグリム童話なども、口伝のように伝わったものをまとめたものだ。
 暮らす人々や何気ない風景。そこには、“日本の美しき面影”があり、そこには、近代文明には得られない何かがある。それを小泉八雲が訴えている。
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 暗闇や豪雪、台風、津波を日本人独特の畏怖畏敬の念から物語にした話が文字にされていなかったのが、明治以降、工業化、文明化によって、証明できない現象は否定されていく。
 西洋のキリスト教文明の流入と共に、日本文化の価値が見出せないことから、徳川政権から明治政府に代替わりしたこともあって、価値の転換のように、浮世絵とか、根付とか、陶磁器とか、刀剣とか、らふかごく当たり前にようにあった文明が弾き出され、“舶来モノ”を尊重していくとき、西洋文明にも多様性を見つける目をもったラフカディオ・ハーンが来日した。
 

 ラフカディオ・ハーンは、来日する以前、彼の考え方をどう形作っていたのか、それはあまり知られていない。彼が、日本人に先んじて、日本の良さを見出すことがナゼ出来たかは、彼の育ちを知ると、そうかもしれないと感じる。

 簡単にいうと、
 父は、アイルランド系イギリス軍医少佐で、ギリシャへ赴任中、地元の有力者の娘と結婚して、生まれたのがラフカディオ・ハーン。(小泉 八雲、1850年6月27日 - 1904年(明治37年)9月26日):
 二歳で両親とともに父の実家のアイルランドへ転居。母はまったく知り合いのいない地で、精神の病を生じて、ハーンを置いてギリシャへ帰国。インドへ単身赴任していた父は、離婚。父はすぐ再婚した。
 以後、ハーンは厳格なカトリック信者である大叔母に育てられた。この経験が原因で、キリスト教嫌いになり、ケルト原教のドルイド教に傾倒する。
1865年 -15歳、寄宿学校の回転ブランコで遊んでいてロープの結び目が左目に当たって、左眼の視力を失う。
1866年 -16歳 父が西インドから帰国途中に病死。大叔母は破産した。
1867年 -17歳 セント・カスバーツ校退学、ロンドンに行く。
1869年 -19歳 リヴァプールからアメリカ合衆国のニューヨークへアメリカへ移民船でいく。
 そこで、小さな出版社に就職した。そこで、同僚黒人女性と結婚したら、黒人差別が激しく正式受理をされないで、黒人女性との結婚が一因で退社し、ライバル社へ入社し・・・・。その後、その女性とは離婚。
 

 心機一転、ニューオリンズの新しい出版社で、ハーンが生涯を通し憧れ尊敬した、年下ながら優秀な女性ジャーナリスト、ビスランドBisland1891
が世界一周の旅からの帰国後、ハーンに語った言葉「日本人は清潔で美しく、文明社会に汚染されていない」と、聞いて激しく心を動かされ、急遽社命で日本に行くが、4月4日横浜港に着く。その直後、トラブルにより契約を破棄。
 

 7月、アメリカで知り合った服部一三(文部省普通学務局長)の斡旋で、島根県松江尋常中学校と島根県師範学校(現・島根大学)の英語教師に任じられ、8月30日、松江到着。松江城下の根岸家が空き家(史跡指定)となっていたので借用する。

1月 - 中学教頭西田千太郎の勧めで、没落士族の娘小泉セツ(1868年2月4日 - 1932年2月18日)、お手伝いさんとして、ハーンの世話をする。彼女は、昔話をよく知っているから、彼女から日本説話や伝説を聞く。「あなたは、私の仕事を理解しているから」と結婚を申し込むが、せつの身内両親が反対して・・・・当時の意識としては、日本人が異人男性と結婚するのは、認められないとしても、ごくフツウの常識であろう。
 結婚はできないが、事実婚として一緒に住む。せつの気持ちはわからないが、しっかりした意思を持っている女性だと推察できる。000122 

 長男一雄が生まれ、二歳のとき、熊本へ転勤した。明治政府の拠点である鎮台が置かれた九州の大都市熊本の熊本中学では、全国の優秀な教師を集めていた。近代化に発展する熊本は機能的であり、兵士も多い都会で、日本の古のよさのある松江とはまるで違っていた。彼の好きな日本ではなかったので、あまりいい印象はなかった。熊本の写真もあまり残していない。 

 『怪談(Kwaidan)』の中で雪女伝説は武蔵の国、西多摩郡調布村の百姓が私に語ってくれたものである。★
 武蔵の国のある村、年老いた茂作とまだ若い見習いの巳之吉という二人の樵(きこり)が住んでいた。8_1 ある冬の日、吹雪の中で帰れなくなった二人は、近くの小屋で寒さをしのいで寝ることにした。その夜中、吹き付ける雪に巳之吉が目を覚ますと、目の前に白ずくめ、長い黒髪の美女が立っていた。隣りに寝ていた茂作は、女が白い息を吹きかけ、茂作は凍って死んでしまった。 

 白づくめの女は、次に巳之吉にも息を吹きかけようと、しばらく巳之吉を見つめた後、笑みを浮かべてこう囁く。
「おまえもあの老人(=茂作)のように殺してやろうと思ったが、おまえは若くきれいだから、助けてやることにした。だが、今夜のことを誰にも言ってはいけない。誰かに言ったら命はないと思え。きっとだぞ」
 そう言い残すと女は、吹雪の中に去っていった。
 

 それから数年して、巳之吉は「お雪」と名乗る、雪のように白くほっそりとした美女と出会う。二人は恋に落ちて結婚し、10人の子供をもうける。お雪はとてもよくできた妻であったが、不思議なことに、何年経ってもお雪は全く老いることがなかった。 

 ある夜、子供達を寝かしつけたお雪に、巳之吉がいう。
「こうしておまえを見ていると、十八歳の頃にあった不思議な出来事を思い出す。あの日、おまえにそっくりな美しい女に出会ったんだ。恐ろしい出来事だったが、あれは夢だったのか、それとも雪女だったのか……」
 巳之吉がそういうと、お雪は突然立ち上り、
97「そのときおまえが見たのは私だ。私はあのときおまえに、もしこの出来事があったことを人にしゃべったら殺す、と言った。だが、ここで寝ている子供達を見ていると、どうしておまえのことを殺せようか。どうか子供達の面倒をよく見ておくれ……」というと、
 次の瞬間、お雪の体はみるみる溶けて白い霧になり、消えていった。それきり、お雪の姿を見た者は無かった

000113 人間は、自然現象を克服してしまったかのにょうに、畏れをかんじなくなっているが、人間の歴史何億年も、雪の中に畏怖を感じていたはずだ。それを根源に至れば、その怖さがあるはずだ。つい数十年前まで、日本人は畏怖の念で自然をみていた。そこに地元に根付いた文化があったのだ。
 ソレをバカにしたものは、逆に・・・見えないものの逆襲があるかもしれない。日本の地についた狐の嫁入りとか、“狐に抓まれる”コトを信じている人が都会に出ると、あれは違うと分かったとたん、文化が消える。“畏怖”を持つことは、決して野蛮、あるいは未開とは違う面がある。

 小泉八雲が何を日本文化に見たのか。合計で在日年数は14年で、彼は松江、熊本、神戸、そして東京。戦災で焼けてしまったが、東京で大きな一戸建てを建てた。

 
“むじな”で、娘が袖でスルリと顔を払うとノッペラボウの顔がでて、「キャー!」と悲鳴を上げる。そこに日本人は何を畏怖したのだろう。これには、これの文化があるはずだ。
 電気もなくローソクの灯りだけで、明治以前の人々の夜は、暗かった。博物館で江戸時代の暗さの体験すると、実に暗い。あの暗さに、電灯を発明する前は、ネコの目が光るように、夜は瞳孔を全開していた。絶対人は暗さの前にひれ伏していたのだろう。

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