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2014年7月23日 (水)

鄧小平 白い猫も、黒い猫も、ネズミを取る猫はよいネコ。

 鄧小平(1904年8月22日 - 1997年2月19日):
Jthumb 中華人民共和国の政治家。中華人民共和国を建国した毛沢東の死後、その後継者である華国鋒から実権を奪い、事実上の中華人民共和国の最高指導者となる。「文化大革命」によって疲弊した中華人民共和国を「改革開放」政策を推進して「市場経済の導入」を図り、同国の現代化建設の礎を築いた。
フランス留学中の1922年に中国少年共産党に入党し、機関誌の作成を担当。「ガリ版博士」とあだ名される。
1925年、中国共産党ヨーロッパ支部の指導者となり、フランス政府に危険分子と見なされ、
1926年、モスクワに渡り、東方勤労者共産大学・モスクワ中山大学で共産主義を学ぶ。
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1927年、帰国し、ゲリラ活動を開始。
1931年、毛沢東率いる江西ソヴィエトに合流し、瑞金県書記となる。毛沢東路線に従う鄧小平を失脚させる。
1935年、周恩来の助力で中央秘書長に復帰、長征に参加し八路軍一二九師政治委員となる。
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鄧小平の政策
1978年に日中平和友好条約を結び、同年10月に日本を訪れた鄧小平は、後述の新幹線への乗車で日本の経済と技術力に圧倒された。
 中国に帰国した鄧小平は、第11期3中全会において、階級闘争路線を放棄し、「経済がほかの一切を圧倒する」という政策を打ち出す。代表的な経済政策として、「改革・開放」政策の一環である経済特区の設置がある。
 外資の導入を一部地域に限り許可促進することにより経済成長を目指すこの政策は大きな成果を収めた。
しかし、政治面では共産主義による中国共産党の一党独裁を強調、経済面では生産力主義に基づく経済政策を取った。生産力の増大を第一に考える彼の政策は「白猫であれ黒猫であれ、鼠を捕るのが良い猫である」という「白猫黒猫論」に表れている。
 新幹線に乗った際には「鞭で追い立てられているようだ」「なんという速さだ。まるで風に乗っているようだ」という感想を漏らして、「日本と中国が組めば何でもできる」という、際どい発言を冗談まじりに残してもいる。

 訪日時の昭和天皇との会見で「あなたの国に迷惑をかけて申し訳ない」という謝罪の言を聞いたとき、鄧小平は電気ショックを受けたように立ちつくした。
 大使館に帰ると「今日はすごい経験をした」と興奮気味に話したという。
 江沢民のような強硬な謝罪を要求せず、歴史認識でも「日中二千年の歴史に比べれば両国間の不幸な時期など瞼の一瞬き(ひとまばたき)にすぎない」と日本の首脳に述べたという。ただし後に、古い政治家である奥野誠亮大臣の発言や閣僚の靖国神社参拝について後に「日中友好を好ましいと思わない人がいる」と批判している。

  昭和天皇の一言に感動した鄧小平
 
実はここにもっと重要な「迷惑」の例がある。一九七八年に鄧小平を迎えた天皇のことばも「メイワク」であった。話が少し入り組んでいるので、丁寧に説明したい。 一九七八年一〇月二三日、日中平和友好条約の批准書交換式のために来日した鄧小平は皇居を訪問して昭和天皇・皇后と会見し、天皇主催の午餐会に臨んだ。天皇が鄧小平を接見した経緯を『人民日報』はこう報じた。
<会見中に天皇陛下は、つぎのようにいった。「日中両国には長い友好的な歴史があり、一時は不幸なできごとがありましたが、すでに過ぎ去りました」(中略)

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 鄧小平副総理は、「われわれもこの条約は深遠な意義をもっていると考えております。過去のできごとは、すでに過ぎ去りました。今後、われわれは前向きの態度で両国の平和な関係を樹立しなければならなりません>(1978年10月24日)。

『人民日報』の報道では、天皇の「不幸なできごとが過ぎ去りました」という発言を受けて、鄧小平が「過去のできごとは、すでに過ぎ去りました」と応じた、と伝えている。

ところが日本の報道はこの先後関係が入れ代わっている。たとえば『朝日』はこう解説した。<天皇陛下が「一時、不幸な出来事」と短い言葉ながら、日中関係の過去について、中国の指導者に語られたのは初めてのことである。(中略)天皇陛下のこの発言は、鄧副首相が「過ぎ去ったことは過去のもの・・・」と述べたことに対しなされた>。Photo
 そのうえ、「宮内庁の見解」をこう伝えている。<会見に同席した湯川宮内庁式部官長は次のように語っている。陛下が会見で述べられたことは、「これからは長く両国の親善が進むのを期待します」ということが主眼で、「不幸な出来事」という過去を強調されていたものではない。

 鄧副首相が「過ぎ去ったことは過去のもの」と述べられたのに答えたもので、きわめて自然な雰囲気だった>(10月24日)。
『人民日報』と『朝日』など邦字紙の報道を比較すると、明らかに発言の順序が入れ代わっている。事実はどうであったのか。 会見の十三年後、すなわち一九九一年に出版された『入江日記』にはこう書かれている。
 まず一九七八年一〇月二三日、会見当日の日記である。
<鄧小平来日をめぐって昨日から今日にかけて右翼のデモ盛ん。馬鹿なことである。[湯川]官長、鄧氏につき申上げる。零時一〇分より半まで竹の間。(中略)あと午餐。二時過ぎ終る。竹の間で「不幸な時代もありましたが」と御発言。鄧氏は「今のお言葉には感動しました」と。これは一種のハプニング>(『入江相政日記』1984年223~24ページ)。

 この記述から会見の時間が約二〇分であること、天皇の「御発言」が先であり、鄧小平はこれに感動したという因果関係が分かる。しかも入江は「ハプニングが起こった」とコメントしている。
 六年後、すなわち一九八四年の「年末所感」にはハプニングの内容が次のように記されている。
<鄧小平氏の時に、陛下が全く不意に「長い間ご迷惑をかけました」と仰有り、それをうかがった鄧氏が非常に衝撃を受けたことを忘れることはできない>(『入江』241ページ)。

 天皇は外務省と宮内庁が打ち合わせたシナリオを無視して「全く不意に」、「迷惑」でわびたのである。天皇の突然の「御発言」に鄧小平が驚いたであろうことは容易に推測できよう。このエピソードは入江にとっても驚きであった。
  <あれは聞いていてこっちも体が震えたよ。私はその前に、当時の入江侍従長から、鄧小平さんのご会見のとき、真っ先に天皇陛下の方から、
「わが国はお国に対して、数々の不都合なことをして迷惑をおかけし、心から遺憾に思います。ひとえに私の責任です。こうしたことは再びあってはならないが、過去のことは過去のこととして、これからの親交を続けていきましょう」
と言われたと聞いていたので、そのことを尋ねたんです。
 答えは「その通りだ」ということだった。鄧小平さんは陛下のこのご発言を聞いて「電気にかけられたようだった」と表現していました。ややあって鄧小平さんは「お言葉の通り中日の親交に尽くしていきたいと思います」と答えられたそうです>(『田中清玄自伝』文藝春秋、1993年、288~289ページ)。
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