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2014年2月17日 (月)

「命、金、女」か、「意地、命、惚れた女」か。南條範夫『山岡鉄舟』

03 南條範夫『山岡鉄舟』 文春文庫を数ページ読んだら、読みやすい。ググーッと引き込まれた。
 その背景に読み応えのある芯になる作者の鉱脈を感じた。それは、山岡鉄舟の生き方、あるいは維新の時代背景がそうさせていたのかもしれない。

南條 範夫(1908年11月14日 - 2004年10月30日):小説家、経済学者。本名、古賀英正。東京市出身。
東京銀座の南紺屋町に、代々の医師の家に生まれる。8歳から中国・青島の小中学校を出て、山口高等学校1930年東京帝国大学法学部卒業、
1933年同経済学部卒業、助手となる。
1936年満鉄調査部東京支社に、
1937年宮崎正義が率いる日満財政研究会に、東亜支配を経済的に支える統制経済計画の策定に関与。
1940年東亜経済懇談会参事、中央大学経済学部講師、1941年日本出版文化協会海外課長、ついで企画課長、1943年上海で法幣の価値維持工作に従事、1944年三井本社研究室次長、敗戦後1946年日本経済再建委員会常務理事、1949年國學院大學政経学部教授。1951年都市不燃化同名常務理事。
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Maoka_tessyu山岡 鉄舟(やまおか てっしゅう)は、幕末の幕臣、明治時代の政治家、思想家。剣・禅・書の達人。「幕末の三舟」のひとり。
 幕臣として、清河八郎とともに浪士組を結成。江戸無血開城を決定した勝海舟と西郷隆盛の会談に先立ち、官軍の駐留する駿府(現在の静岡市)に辿り着き、単身で西郷と面会する。
身長6尺2寸(188センチ)、体重28貫(105キロ)と大柄。

天保7年(1836年)6月10日、江戸本所に蔵奉行・小野朝右衛門高福の四男として生まれる。母は塚原磯(常陸国鹿島神宮神職・塚原石見の二女。先祖に塚原卜伝)。9歳より久須美閑適斎より神陰流(直心影流)剣術を学ぶ。
Sshu弘化2年(1845年)、飛騨郡代となった父に従い、飛騨高山で過ごす。弘法大師流入木道(じゅぼくどう)51世の岩佐一亭に書を学び、15歳で52世を受け継ぎ、一楽斎と号す。
井上清虎より北辰一刀流剣術を学ぶ。
嘉永5年(1852年)、父の死に伴い江戸へ帰る。井上清虎の援助により安政2年(1855年)に講武所に入り、千葉周作らに剣術を学ぶ。また同時期、山岡静山に忍心流槍術を学ぶ。静山急死のあと、静山の実弟・謙三郎(高橋泥舟)らに望まれて、静山の妹・英子(ふさこ)と結婚し山岡家の婿養子となる。極東国際軍事裁判で、東郷茂徳と広田弘毅のアメリカ側弁護人を務めたジョージ山岡は曾孫

(岐阜県)高山(天領6万石)の郡代として赴任してきた小野朝右衛門の後妻「おいそ」がしっかりしていて、朝右衛門は尻に敷かれているという陣屋の人の噂話から始まっている。

小野朝右衛門は、すでに二度ほど妻が病死していて、三度目の妻は鹿島神宮の神官の娘で、30歳越した出戻りであった。朝右衛門はすでに60歳になろうとしていて、歳の差が大きかったが、ムリに頼みこみ嫁になってもらったので、嫁のご機嫌を取っているという話・・・これが導入である。

 腹違いの兄が既にいたが、江戸から高山の代官に任ぜられて、朝右衛門は歳であるから辞退してもと消極的であったが、妻のいそは、夫に高山への赴任を夫に勧めた。いその最初の子が、鉄太郎(後の鉄舟)であった。鉄太郎より上の幕臣として勤めのある兄たちは、江戸に残して、一家は高山へ代官として赴任してきた。
 6万石の大名と似た立場であるが、ただ、あくまでも、地元の人々には、勤務地の高山へ支店長が転勤してきた・・・という印象であろう。

 高山天領代官の四男坊鉄太郎は、「若様、若様」と、下にも置かない“お坊ちゃま”扱いで、6歳から16歳くらいまで、六万石の代官屋敷の中で過ごした。

 それが、鉄太郎の母が病気でなくなって、父もその後亡くなると、16歳で弟たちをメンドウを見なくてはならなくなる。父朝右衛門は役目はまずまずの勤めを果たしていたが、経理感覚が弱くて、すべては妻いそに任せていた。その才覚の優れていた点を買って、懇願して嫁にしていた。母の死後、調べると、母は2000両の蓄財をしていた。
 今の時代感覚からいうと、OL独身時代から溜めていて、結婚後も父の代官になっても、一手にお金の管理をして、厳しく残していたのだった。一人アタマ500両の金額があれば、幼い弟たちが成人するまで、一人前になるだけの教育資金になる。

 母は、鉄太郎の興味に従って、高山の市内の先生について、剣を習わせ、禅を習わせた。武士の子弟としての勉強を一途に極めようとし続けた。そこで、母の死で、弟たちをメンドウ見続けたが、縫い物洗濯のすべてを乳母の仕事、を家に残ったおさとがかいがいしく働いてくれた。おさとにお給金として支払おうとすると、そんな水臭いと、受け取ろうとしない。それでは困るというと、おさとは
「若様、つまらぬご心配はなさらないで下さいまし」
「しかし、世話ばかりけけて・・・」
「いいんですよ。その中、たっぷりお礼をして頂きます」
 意味ありげな秋波を送って去っていったが、その意味は、まもなくはっきりした。
「若様」
 ぴったりと、鉄太郎の顔にくっついてきた。
ーーおさとだ。
 鉄太郎の全身がおおきく鼓動した。おさとに素肌が自分のそれに触れるのを感じたとき、鉄太郎は目を瞑ってしまった。おさとはたくみに誘導して、十七歳の齢にしては逞しい青年の体を完全に受け入れ、命の樹液を吸い取った。
 鉄太郎は、茫乎として、紫色に輝く世界の中に浮遊していた。

 その後、鉄太郎は、江戸に出てからツテをたよって、弟たちの身の振り方として、いくつかの家へ養子に縁づけた。
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