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2014年1月21日 (火)

官兵衛 鉄砲購入の命をうけて 堺へ旅 荒木村重と遭遇

義に生きる男は、この乱世、めったにおらぬ
古びて用をなさず、腐りきったものをすべて壊し
新たな世を作る。
それがワシの義だ。
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 織田信長の言葉として、妻濃に語って聞かせるシーンがあった。作者が書いたとしても、織田信長の言葉を読者、視聴者に聞かせる。000004 三回めのNHK大河「黒田官兵衛」、官兵衛の父黒田職隆は、姫路城主小寺政職と囲碁を囲みながら、近隣の大名が鉄砲を40丁購入した情報を耳にいれる。
「わが方も、用心しないと・・・」と、小寺政職にそっとささやくと、戦国大名の小寺政職は
「そちに任せる」と信頼する官兵衛の父に鉄砲購入の大役をたのむ。父は、政職の近習(小姓)を勤める息子官兵衛に仕事を与えようとしたのだった。
 二回めの「黒田官兵衛」ドラマで、官兵衛はおたつを失って落ち込んでいる息子を見かねていた。
 旅の途中に盗賊の襲われるシーンで牢人荒木村重が登場して、追いはぎを追っ払ってくれる。魅了的な人物に描いていた。この村重が織田信長に反抗して篭城して、官兵衛が秀吉の命で説得に行ってとらわれ・・・というドラマが起きる。

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大河ドラマ黒田官兵衛で堺の会合衆の今井宗久から鉄砲を購入していたのは史実でしょうか?

 明らかにNHKの創作でしょう。
 この頃の荒木村重は牢人ではないでしょう。確か彼は池田勝正の家臣でしたし(1570年に村重は三好家に寝返り、池田家を乗っ取る)。

第三話にある竹中半兵衛が稲葉山城を乗っ取ったのは永禄7年(1564)。この年は官兵衛19歳であり、この年の官兵衛の行動は不明です。なお官兵衛は3年前の永禄4年(1561)に小寺政職の近習として仕え、翌年の永禄5(1562)に初陣を飾り、元服しています。

 それと第三話で官兵衛の幼馴染・おたつが殺害されていますが、歴史上では官兵衛の妹とのことです。
 記録では、永禄7年(1564)に室津の浦上清宗に嫁いだ官兵衛の妹が、婚礼の当日に敵対する龍野城主・赤松政秀に攻められ、夫とともに討たれるとあります。なお官兵衛の妹の名は伝わっていません。


軍師黒田官兵衛 NHK大河ドラマ 本当の史実は? 
黒田官兵衛 
2006.06.09

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