« com から netへ 変更、それはこういうアタマにくる裏事情 | トップページ | 米国は“張子の虎” 安倍総理の中国対策は、間違っているぞ。 »

2013年12月26日 (木)

久米宏・吉永小百合・タモリ(森田一義)一年ずつ違う早稲田の同窓

000000
今年2013年平成25年「笑っていいとも」最後のテレフォンショッキングの久米宏がゲストに登場した。久米さん、タモリのテレビ上の存在をいつも気にしているのに、接触がなく、二人が会うのは30数年ぶりだといっていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「★読んで頂いたら、★1日1度クリック」 
  ↓   ↓   ↓   

人気blogランキングへ 今後とも、継続的に追読して頂けると、嬉しく思います お気に入りに追加   
ブログ村
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

久米宏のラジオから タモリ学生時代から今まで ・・・★ラジオ番組のパクリだから、絵はないが、久米さんがテレフォンショッキングで語ろうとした背景が分かる。

 日本テレビ 『おしゃれ』(1980年4月~1987年3月、久米が司会)で「あの番組で赤塚先生の話をした時以来だから、まだ『いいとも』は始まっていない」と34年ぶりの再会を懐かしそう。
 早稲田同窓の2人、34年ぶり。「よく生きてたなあ」と笑わせた久米は「きょうはタモリさんにお礼に来ました」と切り出した。

 久米宏が18年半続けた『ニュースステーション』のメインキャスターをやめたのが2004年3月26日。彼は「1985年の秋にスタートして10年でやめようと思っていた」が、「でも僕より先に『いいとも』を始めた“いいとも”の森田一義がずっとやっている」と気づき、改めて「2000年から2004年まで4年間もったのは森田一義がいるから頑張ろうと思ったからだ。ありがとうございました」とタモリに感謝した。
 二人は、30数年間、テレビ局の廊下でも会ったこともないが、お互いの存在は知っているし、気にしていた関係であったわけだ。
 

森田「二個先輩ですね」
久米「入学年次では」
森田「卒業していませんからね」
久米「言いたくないですけど、(タモリさんは)吉永(小百合)さんは下ですから。ボクと吉永さん、タモリさん。大学では三つならんでいます。」
森田「同じ時期に、あのヘンをウロチョロしていたわけだ。どこをウロチョロしていましたか」
久米「ボクは、吉永さんを見に文学部に何回か行ったんですけど、結局目撃できず・・・」
森田「ボクはね、学生時代、学食(学生食堂)で食べていたとき、偶然、目の前に吉永さんが。吉永さんはその頃、もうダイスターで。」
久米「その頃は、キューポラのある町」に出ていましたから」

森田「大スター。座ったんですよ。エッ!と思って、オレは学食でスゴイ安い“栄養ラーメン”を食っていた。“栄養ラーメン”って掻揚げが一つ入っているだけだけど。吉永さんは、上品にトーストとコーヒーですよ。トーストがコウ(斜めに重なる手振り)なっている。000023 ソレを一個、お食べになって、コーヒーを飲んで、終わったので、一個残っているんです。欲しかったですが、諦めましたけどね」
久米「そのあと、伝説になっている。吉永さんがサービスカウンターへ食器を下げるでしょ。Yosinaga_es
 カウンターのところに行って、吉永さんのどんぶりをなめた、という話しがある」
森田「うそ、うそ、ウソ、ウソ!(大慌てで否定する)そんな、ウソだって。学食のカウンターでできないでしょ。人の食器を持って」
久米「その話しはまことしやかに、わが大学では伝わっています。(客に向かって)やりそうでしょ?」
森田「誰もいなかったら、やっていましたね。」
000028

森田「(話しは変わって)どういう店に行っていました?」
久米「多分、喫茶店は同じ店に行っていました」
森田「どこです?」
久米「モズ(平坦なアクセント)」
森田「え?モズ(尻上がりアクセント)モズ↑へ行っていたんですか?」
久米「行っていました。あそこはコーヒーがうまかったな」
森田「ボクはしょっちゅう行っていました。
久米「モズ(平坦アクセント)でしょ。モズ↑っていうんですか?」
森田「モズ↑って・・・」
久米「私たちは、モズ↓って言っていました。黒塗りでね、中が黒塗
000020
りでね」
森田「そうそう」
久米「モダンジャス研究会の方が出入りしているから知っていたのです」
森田「あの中にいました」
久米「あの時、森田さんがモダンジャズ研究会に入っていることは知りませんから」
森田「勿論、そうですね」
久米「ボクは、モズにはよく行っていました」
森田「エーッ!もう、ウワー、これはすごいよ。ぼくもしょっちゅう行っていました。」
久米「じゃあ、隣りくらいで会っているかもしれませんね。
Ws000025

 早稲田大学で先輩と後輩にあたる2人はやはり同じ大学にいた吉永小百合の思い出話などに花を咲かせていた。

Yosinagages サユリストと称する大人が、この年代には多い。衆議院議員になっている丸山 和也も学生時代、並んでいる電話ボックスで電話していたら、隣りのボックスに吉永小百合が入ってきて電話始めたので、ボックスを叩いて彼女をこっち向かせようとしたら、吉永小百合に完全に無視されたという逸話を話していた。
 

丸山 和也:1969年に早稲田大学法学部を卒業。国家公務員上級Maruyamaka
甲種試験
に合格し、法務省職員となる。1970年に司法試験に合格。1976年4月にはワシントン大学ロースクールに入学。卒業後、ロサンゼルスの法律事務所に3年間勤務。1980年に日本に帰国する。
弁護士としては、企業間の紛争・交渉の
国際法務を得意、個人の法律問題にも。学生時代は新聞奨学生を2年務めた。地方出身なので東京で早稲田大学を受験。さらに、とりあえず司法試験も受けたら合格。(Wikipedia参照) 

吉永小百合にサユリストが生まれたが、コレと似た現象は女優広末涼子が入学したときにも・・・・彼女は学業と女優の両立ができず辞めてしまったので、広がりがない。 

久米 宏(本名:同じ、1944年7月14日 - ):オフィス・トゥー・ワン所属のフリーアナウンサー、タレント、ラジオパーソナリティ、司会者、ニュースキャスター。元TBSアナウンサー。ドイツ親善大使も務める。血液型A型。
生い立ち

1944年7月14日 - 埼玉県浦和市(現:さいたま市浦和区)生まれ。戦時中は埼玉県児玉郡に疎開。戦後、東京都品川区北品川で幼少時代を過ごす。品川区立城南第二小学校で同級生が政治家の丹羽雄哉。
1960年 - 武蔵工業大学付属中学校(現東京都市大学付属中学校)卒業。
1963年 - 東京都立大学附属高等学校卒業。高校在学中はアルバイトと勉強に明け暮れる。
1967年 - 早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、TBSにアナウンサーとして入社。
 学生時代演劇活動に明け暮れ、成績が悪く、一流企業の推薦が取れなかった、という。この時の演劇部の仲間に、長塚京三や田中真紀子がいる。なお、この時点で、アナウンサーは「記念受験」程度で受かるものではなかった。入社直後、激務と極度のアガリ症から体調を崩し、結核を患った

 吉永 小百合(よしなが さゆり、1945年3月13日 - ):
日本の女優、Yosinaga798va歌手。本名、岡田 小百合(おかだ さゆり)。
東京都渋谷区代々木西原町(当時)出身。そのファンは、「サユリスト」と呼称される。吉田正(作曲家)門下生、数多くのレコードを世に出している。早稲田大学第二文学部西洋史学専修卒業、学位は文学士(早稲田大学)。
Yosinagar9x7
 夫岡田太郎はフジテレビディレクター、共同テレビ社長、会長、取締役相談役を歴任。岡田太郎さんとは年の差15歳で、吉永小百合さんが28歳の時に結婚
 

タモリ(1945年〈昭和20年〉8月22日 - ):日本のお笑いタレント、司会者、俳優、ラジオパーソナリティー、作詞家、作家、実業家。本名、森田 一義(もりた かずよし)。
福岡県福岡市出身。田辺エージェンシー所属。妻は2歳年上の一般人で個人事務所の社長。夫人との間に子供はいない。
  祖父が、田中義一(元内閣総理大臣)にあやかって名付けようとしたが、「畏れ多い」と名を逆に「一義」とした。
 幼少より大人びて、「偽善」という言葉を知っており、幼稚園入園時期が迫り、園を見学に行ったおり「ギンギンギラギラ夕日が沈む(童謡『夕日』葛原しげる作詞・室崎琴月作曲)」を両手を回転しながらお遊戯している園児達を見て、入園を拒否。
 福岡県立筑紫丘高等学校へ入学。高校時代は、剣道部と吹奏楽部を両立して、トランペット兼司会を担当。アマチュア無線クラブにも入って、船の無線通信士にもあこがれた。さらに居合道場にも通い、二段を取得した。
 無線に興味があったので、電気通信大学を目指したが、物理が克服できず、1年間の浪人生活を送った後、1965年に早稲田大学第二文学部西洋哲学専修へ入学。(早稲田第二文学部では、昼間授業が受講可能。)
 在学中はモダン・ジャズ研究会に在籍し、トランペットを演奏。同期、先輩に「マイルス・デイヴィスのラッパは泣いているが、お前のラッパは笑っている」などの批評を受け、代わってマネージャー兼司会を担当。生バンドの司会としてTBSラジオの番組「大学対抗バンド合戦」に出演し、司会大橋巨泉から才能を認められた。
 

 大学2年次の5月の連休、友人2人と旅行を計画し、学費用に仕送りされた資金を旅行用に流用したため、自分の授業料が払えなくなり、3年次に学費未納のため抹籍。タモリは西洋哲学専修、吉永小百合は西洋史学専修。
 2013年度には『笑っていいとも!』で5億円(1回の放送で200万円)程度、他の番組と通算で7億円程度のギャラを得たとされる。2003年以降の推定年俸から考えると『笑っていいとも!』開始から2013年までに135億円程度を稼いだと言われる

参考ブログ
タモリの水死未遂事件を語る 笑っていいとも 
ブラタモリin早稲田界隈 

久米宏 二億円 東日本大震災へ寄付: 
新ニッポン人現わる 久米宏: 
久米宏から日本人へ:  

映画おとうと 吉永小百合の魅力 
キューポラのある町 40年前の川口
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「★読んで頂いたら、★1日1度クリック」 
  ↓   ↓   ↓   

人気blogランキングへ 今後とも、継続的に追読して頂けると、嬉しく思います お気に入りに追加   
ブログ村
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Sponsored Link 

データ入力(文字入力)エクセル入力

http://www.nozawa21.net/データ・名刺入力/
アンケート入力

http://www.nozawa21.net/アンケート入力/
アンケート処理  1000件以上を想定


録音テープ起し
http://www.nozawa21.net/テープ起こし/

研究講演、授業の音声の記録を文書化に役立つ
財界「ランキング情報 テープ起し部門」全国1位
クリック
http://www.nozawa21.net/お問合わせ/   

 執筆代行(ゴーストライター)

http://www.nozawa21.net/執筆代行/
原案は著者が考え、著者に代わり一冊の本になるまでの作業。
著者の持っているテーマを聞き出し、著者の言いたいことを表現する作業。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

|

« com から netへ 変更、それはこういうアタマにくる裏事情 | トップページ | 米国は“張子の虎” 安倍総理の中国対策は、間違っているぞ。 »

映画・テレビ」カテゴリの記事

生き方」カテゴリの記事

青春時代」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« com から netへ 変更、それはこういうアタマにくる裏事情 | トップページ | 米国は“張子の虎” 安倍総理の中国対策は、間違っているぞ。 »