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2013年12月 2日 (月)

一枚のハガキ 新藤兼人監督遺作 彼の一徹な意志評価A

 森川定造(六平直政)は、出征の挨拶で
「名誉の出征、我が家の誇りであります。
国家のために、一命をささげて参ります。」と
 近所の人に挨拶する姿は、戦争末期にはどこの町でも見かけた。悲しい別れが待っているのがわかっていて、健気な挨拶で送り出されたのだ。
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昭和19年頃には、南方の島々はアメリカ軍に次々と占領され、玉砕のニュースも流れている。そんな時の召集されるときには、泣きの涙で送りだしていく。と
 私の音楽担当(小学校)の小川(ともこ)先生のお父さんは、大杉漣と同じ予備役の在郷軍人であったが、召集されて、帰ることは出来ないと覚悟の挨拶で聞いている人はみんな泣いたという。やはり戦死された。
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 昭和19年、戦争末期に100名の中年兵士が、天理教の宿舎の掃除をして、任務が終わったところから「一枚のハガキ」は始まる。
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 任務が終わると、酒一合とするめ一枚が下賜され、次の任務がまっていた。兵士100名は、上官のくじ引きで赴任先が決まる。くじ引きが行われた夜、森川定造(六平直政)はフィリピンに赴任が決まり、生きて帰って来れないと悟り、松山啓太(豊川悦司)にハガキを読んだことを妻に伝えて欲しいと、妻・友子から送られた1枚のハガキを託す。
 このハガキ一枚がストーリーの舞台回しの中心になる。
  終戦後100人中、60名ハフィリピン陸戦隊へ、30名は潜水艦に乗る。10名は宝塚へ行って予科練入学する隊員宿舎の掃除に、それが終わると・・・と言う具合で、最後生き残ったのが6人の兵士。その一人の啓太は1枚のハガキを元に友子の家を尋ねる…。

 

『一枚のハガキ』 予告編http://youtu.be/7r-ER909QJU

 

出演者
松山啓太:豊川悦司
利ヱ門 :津川雅彦(啓太のオジ)
森川友子:大竹しのぶ
森川定造:六平直政(友子の夫)
森川勇吉:柄本明(友子の義父)
森川チヨ:倍賞美津子(友子の義母)
森川三平:大地泰仁(定造の弟、友子二番目の夫)
泉屋吉五郎:大杉漣(友子の町会長)

「一枚のハガキ」(2011年)新藤兼人監督の遺作。見ていると、新藤兼人の反戦の強い意志が感じられる。今生きていれば、「特定秘密保護法」に強く反対しただろう。
 

  このストーリーは、戦時中新藤兼人が体験した話しから出来ていると言うことを聞いた。100人中のわずか数人しか生き残らなかったが、その幸運からどうしても、この体験を知らせておきたいのだということを、この映画を作製する数年前、新藤兼人96歳のとき、吉村公三郎映画 新文芸坐 を見に行ったとき、聞いた。
   吉村公三郎と組んでいた関係で、新藤兼人が来て講演をした。96歳の彼はカクシャクとして一時間近く立って話をした。姪が介添えに付いたが、基本一人で何でもできた。

「一枚のハガキ」は、彼が戦死して、妻友子は弟三平と再婚する。こういう兄嫁を弟が娶るという世間にあったことを、描写している。戦前、戦中に会ったことをなぞって、精一杯当時の社会を風刺してみせている。
 
96歳の監督の息切れしているのか、前半のトーンと後半のトーンがちがっているのが、気になる。淡々としている流れが急にコミックぽくなったり、ストーリーに違和感がある。全体としてはいいのだが。

 新藤兼人監督 2011年5月29日、享年100歳で息を引き取った。

069 1912年4月22日、広島県生まれ。21歳の時、山中貞雄の映画『盤嶽の一生』に感動し、映画監督を志し、京都に出て、新興キネマの現像部の雑用からスタートした。同部の東京事務所に移り、美術部門に潜り込み、美術監督水谷浩から教えを受けた。脚本家としても活動し、シナリオを溝口健二監督に師事。44年松竹大船撮影所の脚本部に移籍。
  44年(昭和19年)4月に召集され、終戦を宝塚海軍航空隊で迎えた。終戦後、脚本家として活躍したのち、50年に吉村公三郎、殿山泰司たちと独立プロ「近代映画協会」を設立。51年『愛妻物語』で監督デビュー。60年、『裸の島』でモスクワ国際映画祭のグランプリ。
 97年には文化功労者に選ばれ、撮影時98歳、2011年『一枚のハガキ』で第23回東京国際映画祭審査員特別賞。02年には文化勲章を授与された。

http://www.ichimai-no-hagaki.jp/
新藤兼人監督の名言・格言
{年齢自体がひとつの才能}
『かつて人生50年と言いました。医学が進歩し、環境が整備されたいまは、人生80年です。それも枯れ木のように老いた期間が長引いたのではなく、才能や知識、見識、経験が頂点に達した期間が引き伸ばされました。いまの80歳といったら、昔の60歳くらいでしょう。まだまだ能力はあります。しかも、それは挫折と闘い、それを乗り越えてきた能力だから、覚悟とか勇気とか生き方とか若い人にはないものが含まれます。そういう年齢自体がひとつの才能です。』.

{定年退職制度は、老人を理解していない悪しき制度}
『企業の定年退職は、人間の能力について想像力を欠如させた悪しき制度です。つまり人間の生き方に対する社会的な観念が、寿命の延びに追いついていないのが、いまの大きな問題だと思いますが、定年制度はそのひとつです。60歳を超えたら引退して静かに暮らすべきだというのは、老人を理解していません。』.

100歳新藤兼人(映画監督)幸せな死 
墨東綺譚 監督新藤兼人 良い作品 
竹山ひとり旅 (新藤兼人)冬の青森 人と自然:
吉村公三郎映画を見にいこう 
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