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2013年12月10日 (火)

久米島住民虐殺事件 戦争は『公務員』の公務です

Photo 昭和20年、久米島には、電探知機の日本海軍通信隊・守備隊(鹿山正兵曹長当時32歳)約30人が駐屯していた。30人は、島民に山やがけに穴を掘らせ、逃げ道も多く内部は迷路になっていた。駐屯とはいえない。隊長の鹿山曹長は、米軍からは所在捕まれないように、毎日移動してようだ。
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Kayamatadashi 陸軍守備隊が久米島へ上陸し防備を固める予定だったが、その前の6月27日、米軍が上陸して、久米島郵便局安重正次郎に「投降勧告状」を持たせて、海軍通信守備隊へ届けさせた。
 

 久米島の島民が「投降勧告状」を持ってきたので、守備隊の隊長は大いに驚いた。国民はすべからく、俘虜の恥を受けないで、むしろ「死」を選ぶ・・・という常識が久米島にはなかったのかもしれない。なお、当時の島には3000戸の住宅と7073名の労働人口があった。 

 米軍が上陸したら、進んで捕虜になって「米軍の御用聞き」になって「降伏」のお使いをしている味方がいることが、かなりのショックだったはずだ。 

味方の沖縄の人間が敵側に回ったのか、ということで一層にくしみがわいてきて殺害した。
 ほかにも直接、間接のスパイ容疑で島民16人ぐらいを殺した。自己批判せよというのならするが、戦争中のことで、軍人としては日本の盛衰をかけてやったことだった
。”
 

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 1945年6月、沖縄戦も決着が見えた頃、アメリカ軍がそれまで放置していた「久米島」を攻略するため、作戦2週間前に米軍の工作部隊が上陸し、情報収集のため住民の16歳の少年も含む男性2名(途中で1名自殺)を拉致した。
 拉致した男性からの情報で、島にはわずか27名のレーダ管理の通信守備隊しか駐留していないとバラしてしまった。27名しかいないというコトが海軍通信守備隊には、最大の「特定秘密情報」だったのだが、久米島の島民にしてみれば、米軍も日本海軍もソトモノだ、強い側に聞かれたら正直に言うしかない。
 

 その情報を聞いて、アメリカ海兵隊は、上陸兵員を966人に減らした。敵を知れば、「百戦危うからず」だ。「特定秘密情報」は、極めて価値がある、というわけだ。久米島守備隊は武器弾薬に乏しく実戦部隊でなかったため、ほとんど組織的抵抗もできないまま占領された。そこで、守備隊は島民に掘らせた迷路が役立つわけだ。守備隊は山にこもって玉砕することなく、9月4日に旧日本海軍の上官の説得に応じアメリカ軍に投降するまでは、米軍と戦闘状態にあった。守備隊には、武器らしい武器はないから、戦うより、逃げ回っていた。多くの久米島島民も、米軍に投降しないで、山に篭っていた。

 米軍ウイルソン少佐は、久米島に米軍政府を設置し、住民から島の村長と区長を新たに指名し、軍政府長官として久米島の行政を掌握した。
 また6月22日、日本側の沖縄守備軍司令官牛島満中将と、参謀長の長勇中将が摩文仁司令部で自決。これによって日本側の指揮系統は消滅し、6月25日大本営が沖縄の組織的戦闘の終了を発表。

 但し、牛島中将の最後命令が「最後の一兵まで戦え」と降伏を許さないものであった。加えて、日本軍の指揮系統が崩壊していたため、戦闘終結が伝わらず、内地大本営からも連絡がなく見放され、沖縄戦終結が伝わらず、この後も散発的な戦闘が各地で続いた。久米島に残された守備隊も、同様、勝算なきゲリラ活動を続け、そのなかで住民虐殺が発生した。

 6月26日、米軍966人の上陸時に拉致された住民は解放されたが、守備隊の鹿山正兵曹長は拉致被害者に対し、
●6月27日に自宅から避難壕へ逃げる際に、「降伏勧告状」を持って部隊にやってきた久米島郵便局の電信保守係安里を銃殺刑。
●この前後に、島の17歳の娘が、隊長命令で・・・「現地妻が告白する『沖縄の怨』」 (『サンデー毎日』 1972・6・4号)                            鹿山隊長の"現地妻"は生きていた。沖縄本島から西へ約百キロの久米島で、終戦をはさんで演じられた虐殺の指揮をとった鹿山正・元兵曹長に"徴発"された少女は、いま四十三歳になり、那覇市の近くのバー街で、小さい料理店のおかみさんになっていた。   
 詳しくはhttp://keybow.co/sundaymainichi/gentizuma.html
●6月29日にはアメリカ工作部隊に拉致れた区長・小橋川と区警防団長糸数盛保の2家族9人を処刑し、遺体を家屋ごと焼いた。

 兵曹長による刑罰はその後も続いた。部下の兵士と義勇兵をアメリカ軍に「切り込み隊」特攻させ、生きて帰ってきた部下を「処刑」した。
 ほか、アメリカ軍の「投降を呼びかけビラ」を持っていたり、「投降しようとした者」も「スパイ」、もしくは「利敵行為」であるとして、鹿山正兵曹長は処刑を行った。
 兵曹長は、守備隊の最高司令官として徹底抗戦の構えをみせ、「山にこもって戦うよう」に住民に指示し、従わないものは処刑すると警告した。

 アメリカ軍有利であることが明白であり、またアメリカ軍は「(山から出て)帰宅しないと山を掃討する」と伝えられており、久米島の管轄はアメリカ軍政府が掌握しており、住民の多くはその命令に従わなかったという。
●8月20日、住民と部下に命令し、食糧調達のため、朝鮮人一家を子供も含めて惨殺し、現在ではその事実を示す慰霊碑がある。日本が降伏した8月15日以降の出来事であり、海軍刑法が禁ずる停戦命令後の私的戦闘の疑いもある。

9月4日に沖縄本島から来た旧日本海軍の上官の説得に応じ、日本海軍通信隊・守備隊(鹿山正兵曹長当時32歳)は、アメリカ軍に投降し、沖縄本島からの脱出者なども含め41人が沖縄本島に移送された。
 連合国側住民に対する虐殺ではなかったため、連合国軍は鹿山兵曹長の行為を「戦争犯罪」としては扱わず、そのまま他の軍人とともに復員させている。

1972年4月2日号の『サンデー毎日』に掲載されたインタビュー記事の中で事件について概ね事実であったと認めたが、動機については
スパイ行為に対して厳然たる措置をとらなければ、アメリカ軍にやられるより先きに、島民にやられてしまうということだったんだ。なにしろ、ワシの部下は三十何人、島民は一万人もおりましたからね、島民が向こうがわに行ってしまっては、ひとたまりもない。だから、島民の日本に対する忠誠心をゆるぎないものにするためにも、断固たる処置が必要だった。島民を掌握するために、ワシはやったのです。”として、“処刑は住民ではなく部隊を守る行動であったとして正当な業務行為であった”と主張した。

少しも弁明はしません。私は日本軍人として、最高指揮官として、当時の処置に間違いがあったとは、ぜんぜん思っていないからです。それが現在になって、法的に、人道的に悪いといわれても、それは時代の流れとして仕方がない。いまは、戦争も罪悪視する平和時代だから、あれも犯罪と思われるかもしらんが、ワシは悪いことをしたと考えていないから、良心の呵責もない。ワシは日本軍人としての誇りを持っていますよ。”と堂々と自己の正当性を訴えた。

海軍の久米島電探知機の見張所で約30人の部下を指揮していた。陸軍の守備隊がくる予定だったが、その前の6月27日、米軍が上陸・投降勧告状を久米島郵便局の安重正次郎さんが持ってきた。味方のはずの人間が敵側に回ったのか、ということで一層にくしみがわいてきて殺害した。ほかにも直接、間接のスパイ容疑で島民16人ぐらいを殺した。自己批判せよというのならするが、戦争中のことで、軍人としては日本の盛衰をかけてやったことだった
Imagesca4vovtx_3 これら一連の虐殺事件は、終戦直後の混乱と日本政府からの管轄権分離という非常事態もあり、一切の刑事訴追を受けていない。そのため、事実上の宮城事件「クーデター未遂」事件と同様に誰も罰せられることはなかった。

 戦争中の兵隊は、『区役所の公務員』の扱いで、やっていることは、人殺しも含めて「公務」である・・・と考えると、分かりやすい。
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