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2013年11月 8日 (金)

島倉千代子「この世の花」から「人生いろいろ」咲き乱れて・・・

昭和33年、東京では、フラフープが大流行して、その上にラジオからは、島倉千代子の「この世の花」「からたち日記」が繰りかえし、流れていた。18歳少女の歌声が町々に流れていた。47503_2_3政治コラムニスト田勢康弘 島倉千代子ファンクラブ会員だった
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Sca5tg21x あまり見栄えはいいとは思わなかったが、当時、ずんどう型のワンピース、サックドレスが流行した。
 どうして覚えているかというと、二つ年上の下宿のY姉さんが、銀座のアシベ(キャバレー)に勤めていて、(文京区)動坂の洋裁店宮●で、毎月、店で着るドレスを何着も作っていたから。Y姉は昨年亡くなった。
島倉千代子:1938年3月30日、東京市品川区に生まれる。警察官の父・壽雄(としお)、母・ナカの二男四女の四女。1945年、7歳、太平洋戦争のため長野へ疎開。

000074 この人の不幸は、左手首の大怪我で、手が不自由になったことだ。井戸から水を運ぶ途中に転倒、水の入ったビンを割り、左手首から肘までを損傷。40数針も縫った。母・ナカが「女の子だから(腕を)残して欲しい」と医師に懇願し、切断は免れたが、感覚も無く、動かすことも出来なくなる。しかし、後に不自由ながらも動かすことができる様になった。

000091 「塞翁が馬」で、母親・ナカはよく風呂に入ると、気持ちの沈みがちになる千代子のために「リンゴの唄」を聞かせた。母後に「この世の花」で歌手デビューを遂げた千代子だが、「この世の花」の作曲は「リンゴの唄」の作曲と同じく万城目正によるもの。
 

1947年、9歳、終戦。東京に戻る。000065
  姉:敏子は歌唱力があったが小児麻痺を患っていたために歌手にはなれなかった。大好きな姉のために自分が歌手になると決意。姉:敏子から声楽を学び、近所の「若旦那楽団」に入学。左手に負担の無いアコーディオンを担当。歌唱力があったためボーカルにも起用されていた。品川神社で催されたのど自慢大会には毎回姉妹で参加していた。
0001181955年、16歳、本名「島倉千代子」で歌手デビュー。
 デビュー曲「この世の花」は映画化されて主題歌は半年後に200万枚売り上げ。
 この世の花-島倉千代子.(1955年16歳)
http://youtu.be/eFIMhzu23EE

島倉千代子の代わりに、可憐な淡島恵子が演じている★

島倉千代子/からたち日記(1958年19歳)
http://youtu.be/1L62TYwDrhU

高千穂ひずるが主演女優 相手:田村高広 島倉千代子も出ている。★

島倉千代子の歌手生活は、極めて順調であったが、彼女の人のよさが、結婚と借金問題では、悪く作用していた。000093_2
000038_2 1963年、島倉千代子が25歳の時、元阪神タイガースの藤本勝巳内野手と結婚したが、すれ違いが理由に、5年後に離婚。妊娠三ヶ月の子供を堕す決断した。それが既に彼女が用意していた墓石の裏に、島倉千代子に並んで「忍」とある。墓石は、今年二月に、インドで見つけた黒曜石のような黒い石に刻んで用意していた。 

1975年には、知人やマネージャーなど複数の人間の借金の保証人になり、総額で10億円を超える借金を背負った。故美空ひばりさんから「実印は貸すな」とたしなめられたこともあったが、人がいい島倉さんはその後も手形に裏書をしていたことで、再度他人の借金を払わなければならなかった。これは、人を疑わない彼女の人のよさで、借金を申し込まれて、つい保証人になったようだ。
 その後、自力で完済したという島倉さんだが、その間は寝る間も惜しんで仕事を選ばず働いた。88年のヒット曲「人生いろいろ」は、そんな島倉さんの人生をオーバーラップさせて、大ヒットにつながった。
 
 その40年後、2007年、69歳にして、再度知人に資産を奪われてしまい、多額の借金を抱えた。三つ子の魂が続いている・・・というべきか。

芸能評論家の肥留間正明氏がこう言う。
「島倉の人生を語るうえで欠かせないのが、男運の悪さと借金苦です。何度か彼女をインタビューしたことがありますが、良く言えばお人よし、厳しい言い方をすれば大ざっぱな性格で、思慮が足りない。だから、何度も悪い男に捕まってしまう。しかも、それで借金を背負わされても懲りずに同じことを繰り返していました」
 最初の“だめんず”は1963年に結婚した藤本勝巳。阪神の4番打者で人気者だったが、水商売に手を出して事業に失敗。島倉は6年後に協議離婚するまでに3人の子供を妊娠中絶、6000万円の借金までかぶることになる。000099_2
 この直後に現れたのは、島倉は藤本と結婚する前、観客が投げたテープの芯が目に当たり失明の危機に瀕した。その際に治療を施した眼科医である。「命の恩人ですから、島倉も幸福になれると思ったのでしょう。ところが違った。副業で営んでいた不動産業に失敗。手形に裏書きしてしまった島倉は総額4億3000万円にも及ぶ借金を背負わされた」
(芸能ライター)

1977年に始まった島倉の“借金返済人生”。90年には、利子を含め15億円にまで膨れ上がった借金を完済したが、05年には著書のギャラ振り込みをめぐって再び問題が発生。トラブルにようやくメドがついたのは去年のことだ。この間、小児マヒで体の不自由だった最愛の姉が入水自殺したり、93年に乳がんと診断されたり、次々と不幸が島倉を襲った。
 「眼科医と別れてからも、島倉のだめんず人生は終わりませんでした。80年代は8歳年下の作詞家、90年代は乳がんの闘病生活を支えてくれた9歳年下の一般男性と交際しましたが、長続きしませんでした。晩年は生まれてこなかった3人の子供を熱心に供養していたそうです」(
音楽業界関係者)

000062借金では、島倉千代子は倒れなかった。がんばったと思う。それがガンに寄って肉体を蝕まれた。よく考えてみると、男運と借金がストレスになって、ガンを活性化したようにも見える。男は、彼女の弱さを庇護できなかったのだろうか。彼女の才能を一つを大事に・・・品川のバンドの人たちのように。

  島倉の肝臓がんは2010年に見つかり、その後、入退院を繰り返していたという。今年は6月に入院し、10月中旬に退院、今月6日に体調が悪化し再入院した。 
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  家族がいない島倉は女性マネジャーと知人にみとられ、息を引き取った。遺体は島倉が公私のあらゆる面で相談してきた住職のいる都内の寺院に安置された。
  数年前まで41歳年下の所属事務所の社長を“息子”と呼んでかわいがり、全幅の信頼を寄せていたが、最後まで一緒にはいられなかったようだ。
 (日刊ゲンダイ2013年11月9日掲載)

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いい人だったと思うよ。彼女は、底抜けに・・・。
東京だよ、おっかさん」で浦辺粂子賀原夏子と親子をやっているあのときの彼女に戻してあげたら、よほど福福しい人生だったと思うよ。芸能界でうまく人生をやりぬけた人派・・・誰だろうか。

島倉千代子 シマクラチヨコ (河村三代子)
賀原夏子   カハラナツコ (母うめ)
中村是好  ナカムラゼコウ (父仙吉)
土屋嘉男  ツチヤヨシオ (兄吉太郎)
北野八代子 キタノヤヨコ (吉太郎の嫁・里枝)
杉葉子    スギヨウコ  (深見令子)
太刀川洋一 タチカワヨウイチ (川崎豊)
伊藤久哉  イトウヒサヤ (野々宮五郎)
中田康子  ナカタヤスコ (あけみ)
千石規子  センゴクノリコ (村の女・房江)

それらを潜り抜けて、「人生いろいろ」で、ドカーンと再デビュー、あれでお金が入ってきたら、なんだ、人が集まってきて、資産を奪われている。なんでだろうかね。

人生いろいろ 島倉 千代子
http://youtu.be/mq37a-wHRVY

人生いろいろ - 島倉千代子
http://youtu.be/URiSEfnvsX4

今年2月、彼女は墓石を用意していた。インドの黒曜石のような黒い石を買い付けて、言葉も刻んでいた。

政治コラムニスト田勢康弘 島倉千代子ファンクラブ会員だった

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島倉千代子を囲む3人の恩師達
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昭和33年、東京では、フラフープが大流行して、その上にラジオからは

投稿: 昭和33年、 | 2015年7月12日 (日) 08時17分

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