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2013年8月12日 (月)

原爆投下を許可したトルーマン大統領の浅慮

8744996_1 これは、(アメリカ大統領四選直後)ルーズベルトの死の二ヶ月前、1945年2月。トルーマンは副大統領で米国にいた。ヤルタ会談の記念写真
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F トルーマン大統領という人を政治家としての見識、力量のなさ、思慮のなさについて、日曜日の「サンデースクランブル」で言及したのが黒鉄ヒロシである。そういえば、日本のマスコミでトルーマン大統領の存在が薄いことを改めて感じた。
 

 大統領として、「原爆投下」の大英断を下すには、トルーマンは器が小さいのだ、と黒鉄ヒロシが一刀両断した。思慮深い政治家なら、息も絶え絶えの敗戦間際の日本に「原子爆弾」を落とすには躊躇してしまうだろう。手元には、「日本政府は、戦争に勝てないと判断し、ソ連にいる日本大使(佐藤尚武)宛に、ソ連に和平の仲介を依頼する特使を派遣する」予定であると秘密傍聴の電文が上がってきている。
 それを読めば、昭和二十年八月の段階で、連合国アメリカが「勝利」を握っているとわかる。それをあえて、「原爆投下」は日本人をモルモットにしているアングロサクソンの「弱肉強食」の基本が見える。


201112081942313d6 戦時中のザレ歌に
「ルーズベルトのベルトが切れて、チャーチル散る散る、国が散る」と、
 子供たちが歌っていたのを覚えているが、チャーチル(英国)とルーズベルト(米国)が戦争終結のお膳立てをして、そこでルーズベルト米国大統領が死んだら、そのお膳にチョコンと座って料理を食ったのが凡庸なトルーマン副大統領。
 ルーズベルトは、三期大統領を勤め自信にあふれていたから、四期目の副大統領など、影の薄い男で十分だと思っていたに違いない。
 

 彼、副大統領トルーマンは、アメリカの農民出身者らしく几帳面な人柄で、「トルーマン日記」を大量に残している。
 ハリー・S・トルーマンは何の拍子かルーズベルト大統領の副大統領に指名され、ルーズベルト大統領の急死によって、副大統領職わずか82日間で、大統領になってしまったのである。
 大統領になる見識を持つ男ではなかったが、無難な当選するための支持者集めの一環として、トルーマンを副大統領に選んでいる。次のホームページにある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BBS%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3 

Harry_trueman ハリー・S・トルーマン(英: Harry S. Truman, 1884年5月8日 - 1972年12月26日)は、アメリカ合衆国の政治家、上院議員。フランクリン・ルーズベルト大統領の副大統領となり、ルーズベルトの死を受けて1945年に副大統領から大統領に昇格。
 全米有色人種地位向上協会で、公民権運動を支援した。日本への原子爆弾投下については、彼が(原子爆弾の)投下命令書を承認した。白人至上主義者団体の元構成員であった。
 第二次世界大戦の終了から、冷戦の始まり、国際連合、CIA、NSA、国防総省の創設および朝鮮戦争などに関与した。
 

 トルーマンが6歳の時、彼の親はミズーリ州インディペンデンスに引っ越し、そこで人格形成の時期の大部分をこの地で過ごした。1901年に高校を卒業し、その後銀行の事務職に就いたが、1906年に父親を手伝うために就農した。彼は大学卒業以上の学歴を持たない最後の大統領だった。
 第一次世界大戦へのアメリカの参戦に際して、トルーマンは州兵に参加し士官となり、フランスで大戦の休戦時まで、大尉として砲兵部隊を指揮した。戦争終結後、インデペンデンスに戻り長年の恋人ベス・ウォーレスと1919年に結婚した。間もなく一人娘のマーガレットをもうけた。
 

 白人至上主義者団体= クー・クラックス・クランとのかかわり
 トルーマンは最初の選挙戦に於いて白人至上主義者団体クー・クラックス・クランの“支援を得るため”同団体に加入した。

R 1922年にトルーマンは、カンザスシティの民主党員トム・ペンダーガストの支援を受け、ジャクソン郡の裁判官に選任された。共和党の副大統領候補のサラ・ペイリンみたいに、大統領の弱い部分を補う、添え物に扱われていた、のだろう。

 1934年にトム・ペンダーガストはトルーマンをミズーリ州の上院議員として選出するために支援した。選挙戦は激烈で、トルーマンは40,000票を得て予備選挙を勝ち抜いた。ルーズベルト大統領のニューディール政策を支持して活動、1944年の大統領選が近づくと、トルーマンは副大統領候補としてその名が浮上した。
 当初彼トルーマンは副大統領としての指名を望まなかったが、ルーズベルトからの電話を受け指名受諾した。これは、共和党のサラ・ペイリン副大統領候補のように、大統領の弱い部分を補うとか、添え物として静かにしている候補を選ぶ場合がある。
 

 ルーズベルトは、先例のないアメリカ大統領四選を果たし、それに伴いトルーマンは副大統領に就任した。しかし、ルーズベルトが当選後、わずか数ヶ月82日間、1945年4月12日に急死。副大統領トルーマンは、あっという間の大統領昇格であった。 

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 昭和20年(1945年)7月12日、日本政府は、戦争に勝てないと判断し、ソ連にいる日本大使(佐藤尚武)宛に、“ソ連に和平の仲介を依頼する特使を派遣する予定である”ことを伝える電報を打った。アメリカは、ロシア亡命したスノーデンでないが、これをアメリカはバッチリ盗聴した。
 その暗号電報は即座に解読され、上司の大統領トルーマンに知らされた。トルーマンは、日本政府が弱って、ソ連に和平交渉の仲介を頼んでいることを知っていた。
 戦争を遂行している「米陸海空軍参謀本部」は、首脳会談の前に合同会議を持ち、「ソ連が参戦する予定であり、日本は天皇制存続を認めれば、今日すぐにでも日本の降伏はありうる。日本はすでに壊滅状態で、原爆を使う必要はなく、警告すれば十分」との結論を出した。これが、軍部の結論であった。
 

 ところが、トルーマンはそれを無視した。
 このあたりが、トルーマンの政治感覚、国際外交センスの鈍さだろうか。共和党内の反対が多く、そのため、彼は党内の有力者に相談をしていなかった。
 1945年4月の時点で“原子爆弾の完成”を知っていたトルーマンは、核の力でソ連を抑止できるという考えから、日本への原子爆弾投下命令を最終決定した。
 

S 7月17日にソ連のスターリンと事前打ち合わせをした際、スターリンからソ連が(ヤルタ会談での密約通り)8月15日に対日参戦する・・・と聞かされたので、ソ連にアメリカの力を示して、ソ連の行動を抑える意図で、「原子爆弾使用」をほのめかした。知らせたという情報がある。このあたりの情報を正確に把握していないので、この程度に留めておく。 

 トルーマンが妻に手紙で、「戦争はこれで一年以内に終わるであろう」と安堵の気持ちを述べていた。ところが、7月21日に「原爆実験成功」の詳しい報告を受け、その威力のすさまじさを知ると、態度を一変した。これが、トルーマンの人物の「小ささ」を示す証拠になっている。
 原子力の威力を見せれば、東欧問題などで、ソ連に対し断固とした態度を示せるとひそかに自信を持った。と、私の感想であるが、どうも、トルーマンが個人の感情、思考で世界を理解する際に間違いを犯している気がする。

 共和党の大物の面々が日本への原爆使用に反対していたこともあって、トルーマンは投下決定を共和党側には伏せたまま、先にスターリンに知らせた。
 共和党や共和党系の将軍たちに原爆投下決定が伝えられたのは投下の2日前であり、これは「反対を怖れるあまり自国の議員よりも先にソ連に知らせた」と共和党側をさらに激怒させた。
 

Eisenhower アイゼンハワー(元帥)に至っては、陸軍長官(スティムソン)に対し「米国が世界で最初にそんなにも恐ろしく破壊的な新兵器を使用する国になるのを、私は見たくない」(1963年回想録)と何度も激しく抗議していた。
 良識ある指導者なら、原爆の破壊力のすごさをいち早く知って、それを使わないことで世界、地球を守ることに頭が働くものだ。
 だから、朝鮮戦争でGHQのマッカーサーが「原子爆弾」を使用を求めたとき、アイゼンハワーはマッカーサーに許可しなかった。そして、最高司令官から解雇した。最高の知性というのは、地球、世界をまもること、そこに一時の興奮では、政治的な判断をしないのである。

 ところが、黒鉄ヒロシは、その点が違っていることをトルーマンに見出して、指摘したのだ。
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 トルーマンが原爆投下を決定した背景として、その開発に当たってアメリカの国家予算20%(日本の国家予算の3倍)、当時で19億ドルもの予算を議会に事後承諾させ、実戦での評価(実験)、「戦後の覇権争い」でソ連に対して優位に立つ目的があったとするほか、人種的偏見があったとする説もある。
 つまり、黄色人種日本人=民間人がどれだけ死のうと、白人至上主義者団体に所属するトルーマンには、あまり痛痒を感じていなかった。日本人も、東南アジアの人々も、西洋人には区別がつかないかもしれない。

 当時、アメリカの日本人は収容所に入れられて、私財も没収されていた状態だから、今ではそのこと、有名になり賠償も払われたが、日本人を白人並みの人権を認められていなかった。日本人の自尊心など、「クソ食らえ」並の扱いであっただろう。
 

 政治的にも、トルーマンは、ルーズベルト大統領の当選の添え芋ので、彼は大統領になるための勉強もしてこなかったし、その覚悟もなかった。トルーマンは、歴代大統領にコンプレックスがあったと、黒鉄ヒロシは説明していたが、そういう劣等感のある人が権力を握ると、功績を焦るという。000032 副大統領になって、「原爆ができる」という報告を初めて受けてから、それをどう使うか、トルーマンは考えただろう。それで、アメリカの地位、大統領としての功績を残したいと思った面も否定できないだろう。

 原爆を落とすことで、「その威力をソ連に知らしめる」ことで、アメリカの地位が上がる。ソ連への牽制になる。それは、原爆の開発に壮大な費用がかかったから、それがアメリカの安全に寄与していると国民に理解させるには、「原爆投下で戦争が止められた」・・・という説明にもなる。
 「投下への理由付け」も、経済的な効果も説明に入っただろう。

 
トルーマンは、教養も、見識もあるとは思われていなかったから、教養も、見識もある軍人たちの意見で、独断先行を抑えにかかってくるのに反発があったかも。つまり、マッカーサーやアイゼンハワー(元帥)の意見に服従したと思われやしないか・・・、その辺の頑固さがこの「原爆投下」になったように思われる。
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 高い地位についていながら、自分自身に判断力や自信がないと、堂々と他人の意見を採用して、自分の判断を出さないという行為はできない。「他人の意見に従う」=無心の行為、「自分の判断でない」ことを行うのは、難しい。
 無心の行為は、名人の領域である。自信がない人ほど、「勇気がある」「自信がある」ように振る舞いたいものである。

 よく考え、戦争を知っている人ほど、「原爆投下」の反対が多かった。戦争を知らない人ほど、あとの悲惨さに「想像」がつかない。だから
、「原爆投下」を思い切ってしまうのかも。無知な人ほど、戦争推進する悲劇の大きさを知らないことが多い。 

 トルーマンは広島の原爆投下後に、
「(原爆開発の指導者的役割を果たした)オッペンハイマーは、ここに(大統領執務室)いる間中、いつも『自分の手は血まみれだ』と私に言い続けてきた」とか、
「これ以上日本の子ども達を殺すなど、恐ろしいことだ!・・・頭痛がする。肉体的にか、それとも精神的にか?・・・両方だ」とか・・・言っていたらしい。
 そして、長崎投下後の8月10日の閣議で
「再び10万人もの人々を抹殺してしまうということを考えるだけでぞっとする」として、「大統領の許可なしに、今後の使用は停止される」と決定した。これはトルーマン自身への批判を回避するための言い訳のような言葉を残している。

 また、原爆使用の停止決定についても、使用の可能性を完全に否定したものではなく、後のインタビューで「日本に他の原爆が準備されて使用可能だったか」という質問に
「イエス。(投下対象都市の)リストに載っていた他の二つの都市(新潟と小倉)は破壊される運命にあった」と平然と答えている。
 勝者の立場とはいえ、日本の都市を破壊するのに微塵も躊躇ない回答をする。
 これは、アメリカの立場なのか、それとも、トルーマン個人の限界なのか。どうも、トルーマンという人は、政治家的なセンス、外交センスが欠けていて、つい「失言」をポロポロやってしまうレベルの政治家だったよう気がして仕方がない。
 

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コメント

原爆投下を許可したトルーマン大統領の思慮
思慮=浅知恵浅慮とすべきだ。

投稿: 浅慮 | 2014年7月10日 (木) 15時32分

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