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2013年8月29日 (木)

南京戦元兵士102人の証言 その真実

Ns15
Ns09 テレビ朝日「ニュース・ステーション」平成14(2002)年8月15日
今から11年前、南京虐殺という議論が日本中に起こったきっかけ
になった本が出版され、それを久米宏が取り上げた。南京戦元兵士102人の証言」1937年12月の、南京攻防戦に参加した兵士達の証言をまとめたものです。
 兵士達は自らが行った虐殺や強姦の様子を生々しく語っています。
http://www.history.gr.jp/~nanking/books_tvasahi020815.html
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「南京戦元兵士102人の証言」は、南京攻防戦(1937年12月)に参加した兵士達の証言をまとめたもの。兵士達は自らが行った虐殺や強姦の様子を生々しく語っている。 Ns03
女性音声ナレーション  
 1937年7月に盧溝橋事件から始まった日中戦争は、主戦場を中国北部から中部へと移って行った。激戦の末、上海を占領した日本軍は11月、突如、中華民国の首都、南京への進撃を始めた。参謀本部の意向を無視した、現地司令官らの独断だった・・・。
 城壁に囲まれた南京に対して、日本軍主力部隊は、東と南から攻撃を仕掛けた。中国側の防衛線は固かったが、大部隊の日本軍を前に12月13日、南京は陥落した。
 敗走する中国兵の多くは、北西部の南京市下関(下関シャーカン)を目指していた。そして、そこへ日本軍の2つの連隊が突入して掃討が始まった。

男性音声ナレーション  12月13日昼頃、南京市(下関シャーカン)にいる敵に向かって掃討を開始しました。揚子江のすぐそばに駅があって、そこかしこに残っている、一塊ごとの敗残兵を小銃で撃ち殺して行きました。
 

第16師団歩兵第33連隊第3大隊 町田義成さん(89歳・仮名)
 「邪魔やし、これ軽機関銃で撃ったれ」言って軽機関銃で腰の位置からバラバラバラっと10人並べて撃った。んでな、逃げ掛けたらな、すぐに小銃で突いて殺さんとあかんと・・・。
 クリーク(小運河)の前に立たせてバーっと撃ったら7人死んだんや。3人逃げ掛かって、それは分隊の者が(銃剣で)突いて殺したんだな。殺した奴は皆、クリーク(小運河)に放り込んで、クリークの前に立たせたので逃げるに逃げられない。
 

6801150女性音声ナレーション
 捕虜の扱いについて、南京の日本軍にはキチンとした方針が無かった。この為、現場の部隊では、大量の捕虜をもてあましていた。
 

町田義成 「向こうは何も武器は持っていないし、果たして兵隊だったのか、そうで無かったのか分からない。
 いい加減に・・・ちょっと顔つきの悪い、怖い顔した奴には、指図して、向こうは指示に従って言われるままに行く訳やな。

 第16師団歩兵第33連隊第3大隊 大田俊夫さん(89歳・仮名)
 南京城内に入ると、男も女も皆連行して来て、大きな倉庫の中に、みんな放り込んで、皆、かわいそうに焼いてしまった。火をつけて蒸し焼き。
 (揚子江に)飛び込んで泳いでいる人は皆、撃ち殺し、むごい事をした。かわいそうに、子供に罪は無いのに、後の為にならないって。
 

第16師団歩兵第33連隊第2大隊 三木本一平さん(88歳・仮名)
 捕虜収容所から20~30人づつ連れて来て、ダッダッダーッと機関銃でなぞる、なぞると揚子江へコロンコロンと(人が)落ちて行く。
 ボラという魚・・・、その魚の様に、ずーっと30センチ位、人間で埋め立てしたようになっている。
 

第16師団歩兵第38連隊第1大隊 田所耕太さん(86歳・仮名)  
(地図を見ながら)揚子江どこ?・・・これかい?これあんたもう累々としてたよ死骸が・・・。
 

男性音声ナレーション
 部隊の重機関銃は、その時まだ南京に着いていなかった。
 33連隊が撃った死体が流れて来た。  昼頃から、2、3時間撃っていた・・・。

 田所耕太:機関銃でな、生きている人を堤防からザーッと撃つんや、生きている人も流れて来るのや死骸もおったけど、生きている人も、逃げ込んだ人も、クリーク(小運河)の中に何百人と(死体が)あった。揚子江なんてもんは、なんぼ見とったって、もう死骸がな、ずーっと20~30センチまでな、川岸から死骸が累々と流れとったもんな  

質問者  命令はあったんですか?
田所耕太:そんな命令は出ていない。(命令)は出なくても撃ちたくなるんや。誰でも、殺すか殺されるかの勝負をしている訳だから、戦争は「正しい」とか「正しくない」とかそんな考え方は無い、とにかくもう殺すのが仕事やからな。

支那方面第3艦隊第11戦隊第24駆逐艦 三上翔さん(83歳・仮名)  
バンって撃たれたらね、向こうで砂煙がバンっと上がるんですよ、そしたらバンと倒れて、それからもう、こうね。そりゃ、本人は意識は無いんだろうけどね、身体の手足だけが、ガクガク動いているところ。
 

男性音声ナレーション
 入城式の翌日あたりから、船で見張りについていると、毎日朝から晩までトラックで捕虜とも中国人とも区別のつかない人々を運んで来ては、中山埠頭から河へ追い落とす。それを機関銃で射殺するのを目撃しました。
  中国人の虐殺が始まって、河の中でドッドッドッドッドやっているのを目撃したから、改めて望遠鏡で見た訳ですね。水しぶきがバッバッバッバっと上がるのも人間がゴトゴトゴトゴトっと崩れて行く様がね、ハイスピード・カメラで撮ったようなスローモーションに見えるわね。中には潜って逃げようとする人もあるけども、やはり息が続かない。浮いてくれば殺られるしね、そういった状態。
 何日続いたかという事は、もう今となっては記憶には無いけどね。3~4日経つと(揚子江の)水が減ってきた、そうしたら何日か前に撃たれた人々の身体が出て来る。それが泥をかぶって、人間の形に泥がかぶって行く様子も見た。人間が崩れて倒れて行くというのは、何かね嫌な感じだね。 でも、びっくりしたな、あんな事があると言うことは・・・。
 

女性音声ナレーション
 関西の市民グループは、5年以上に渡り、200人以上の証言を集めた。証言を記録したカセットやビデオテープは、数百本に登っている。そして、南京戦について102人の証言を本にまとめた。
 もともと司令官の独断で始まった南京戦では、補給が充分では無かった。日本軍兵士は"徴発(ちょうはつ)"と称して、住民から強奪を行わざるを得なかった。 "徴発"は時として、強姦や虐殺を招いた。
 

第16師団歩兵第33連隊第1大隊 鬼頭久二さん(76歳・仮名)  
  我々はね、戦争中に言ったら悪いけども、城壁の中に入るということは、中で徴発が出来る訳。徴発と言ったら砂糖とか食料とか、また女もいるし、そういうものを徴発することが兵隊の楽しみだった訳だから、男はみんな一カ所に集めますのや。
 集めた後 殺してしまうんや、機関銃でバリバリって・・

田所耕太:ニワトリや卵取りに行ったら(娘を)2階に隠していた、見て良かったら(隊に)連れて帰って・・・親を見たら、何歳位の子供がいるかわかる。

第16師団歩兵第33連隊第2大隊 三木本一平さん(88歳・仮名)
 強姦されている娘の親は、表の前で「助けてくれ」って言わんばかりのそぶりで、頭を地面に打ち付けて頼んでいた。
第16師団歩兵第33連隊第1大隊 鬼頭久二さん(76歳・仮名)
 ばあさんと若い娘が逃げる時でも、ワシらが追っかけますやろ。
 捕まるとバアさんが、「この娘は、小孩(ショウハイ=幼い)だから私をやってくれ」という訳や。
 「アホか」って言ってな。
 だけど、ぶっちゃけた話、兵隊が掃討に行くという事はね、結局、そういう捕虜とか、そんなものが目的ではなく、女を目当てに(徴発に)行って、強姦するのが目的やから。
 ・・・ほんまの話が、そんなんでね、とにかく本当の話はできしまへんで。
  
女性音声ナレーション
 忘れてしまいたい記憶・・・忘れる事の出来ない記憶。
 南京戦から65年目を迎えた今、あの出来事を体験した元兵士らは何を想っているのか・・・
 

田所耕太:悪い事をした。 それは、もう私らは割り切って、もう「死ぬか、生きるか」のところを渡っているのだから、悪い事もしたけど、今になってみたら謝るより他に道は無い・・・。 

町田義成:俺の目の前でも、これだけ多くの人が死んで行く訳だから、南京全体では相当な人だろうな、と・・・http://www.geocities.jp/kk_nanking/mondai/gyakusatu.html#matiday 引用
 昭和十二年八月松、大召集を受けて、九月に久居を出発し、大阪港から出航し、九月、十月、十一月は河北の戦闘で韓家頭や八里荘で初めて戦闘を体験しました。
(略)
 韓家頭ではやられたので、部隊本部から「韓家頭の部落を攻撃する。部落に入ったら、猫の子でもいいから生きとる者は、男でも女でも全部殺せ」と命令が出ました。それでわずか百メートル先に五十戸位の部落が見えたんです。これこそと攻撃をかけたけど、猫の子一匹もいやしません。粗末な一軒の農家の中のアンペラがコソコソと動くのでめくり上げると、四十歳位の妊婦が二人の幼児を両脇にだきしめて隠れていました。コノーと引きずり出すと、子どもは泣き叫び母親の後にしがみついている。母親はもう一人の子をクリークの中につっこんだ。××伍長がこれこそ戦友の仇と、即座に銃で三人を撃ち殺してしまった。その時は気がたっていたというか、女子どもなのにひどいことをしました。
 

支那方面艦隊第3艦隊 三上 翔:今考えてみりゃ、軍隊なんて人殺しですわね。戦争の為の道具だから、自分も殺されるかも知れんが、相手も殺さなきゃ、どうにもならんような組織だからね。
 平和な仕事に専念出来るっていうのは幸せやな。私なんて、人殺しの、人殺しの稽古(けいこ)とか、人殺しの為の仕事ばっかりしてきて・・・戦争まで駆り出されて・・・駆り出されるというよりも、志願して行ったもんな・・・。

久米 宏  ・・・この兵士102人の証言ですが。
 まぁ、自分が、そのとにかく、強姦につぐ強姦、・・・人殺しにつぐ人殺し・・・そういう事をやって来たというのは、人に話すのはたまらないと思うんですが・・・。
 

清水建宇(朝日新聞解説員)
 家族にもずっと話して来なかったという事が書いてありましたね。南京事件からもう65年でしょう。65年間しまい込んで来た記憶ですよね。だからすごく重い証言だなと思って聞きましたけど、私もっとね、多くの方にね、語ってもらいたいと思いますね。それを若い人に伝えたいですね。
 これ、7年前の大掛かりな調査があったんですけど、今、終戦記念日が今日、8月15日だって事を知らない大学生が4割だったんですね。
 おそらく今は半分位になってるかも知れない。
 で・・・これはとっても大変な事で、あの戦争の事を、若い人に伝えるって事に、どうも日本は失敗している、その責任は私達、上の世代にあると思うんですよね。だから、あの戦争に参加された方は、どうか喋ってもらいたい。そして私達は、それを伝えて行きたいと思いますね。
 ただまぁ、80歳代を過ぎた方の様な方も多いんで、やっぱり話しておきたいって言う気持ちで話されているというのは非常に貴重な証言だと思います。

Ns01_3久米 宏:VTRに出て無かった所紹介しますと・・・、
  歩兵第33連隊の第3大隊の井戸直次郎さん。
 「民家のあるところに、米や食べ物を徴発したんじゃ、そんな時には女も徴発するんじゃ。家のながもちのフタを開けると、中に若い嫁さんが隠れとったんじゃ。纏足(てんそく)で、速く逃げられんで、そいつを捕まえて、その場で服を脱がして強姦したんじゃ。
 ズボン1つで、パンツみたいなものは履いておらんで、すぐ出来。
 やった後、(私は)「やめたれ」と言ったんやけどな、銃で胸を撃って殺した。
 暗黙の了解やな。後で憲兵が来て、ばれると罪になるから殺したんじゃ。それを知っとるさかい、やった後殺すんじゃ。」
 もう1つ紹介しましょうか、これも歩兵第33連隊第1機関銃中隊の吉井光之助さん。
 「多数の死体が漂うクリークの中で、ご飯を炊いた。
 その水は死体の血などで、腐った水でね。
 炊いたご飯が、その為に変色していましたが、それでもやもなく食べるしかなかった・・・。」

 

以上が、久米宏の「ニュース・ステーション」の「南京戦元兵士102人の証言」の紹介である。これが、後日、雑誌正論で反論が出ている。「正論」平成14(2002)年11月号より転載Books_seiron0211南京戦・元兵士102人の証言」のデタラメさ―http://www.history.gr.jp/~nanking/books_seiron0211.html
テレビ「ニュースステーション」が増幅垂れ流した反日・自虐報道の正体 近現代史研究家・阿羅健一

 

近現代史研究家・阿羅健一という人、どういう人かと思ったら、
阿羅 健一(あら けんいち、 1944年2月9日 - ):日本の評論家・近現代史研究家。
 1980年代まで畠中秀夫というペンネームを使用していた。「百人斬り訴訟を支援する会」会長を経て、現在「中国の抗日記念館の不当な写真の撤去を求める国民の会」会長、主権回復を目指す会顧問、「田母神論文と自衛官の名誉を考える会」顧問を務める。
 宮城県仙台市出身、仙台二高及び東北大学文学部卒業。1966年春からキングレコードに勤務していたが40歳前後で退職。
1970年代ジャイアント馬場全盛時の全日本プロレスの熱狂的ファン、自身も空手黒帯。


 「正論」での反論、あまり論拠になる内容が少ない。揚げ足とりのような文章が多い。若い人など、軍隊で昇進がどうなっているか、あるいは中国の地名の読み方など、ムリな部分で知識がないのをあげつらって、内容にタッチしていない。

 除隊する時は、ほとんどが一等兵に進む。優秀であれば上等兵に進み、まれに伍長勤務上等兵まですすむことがある。もちろん、下士官まで進むことは無い。こんな事はあり得ない。
 昔の事だからと、告発はウソを語っているに違いない。

 本をまとめた女性筆者のやり方に関心を持って語る。本をまとめたのは、松岡環さんという、大阪で小学校の教諭を務めている女性である。
 20年ほどまえから南京事件に関心を持ち、「銘心会南京」をつくって、毎年8月には南京に行って追悼集会を開いてきた。
 その謝罪旅行は、すでに20回近くを数えている。
 また12月になれば「ピースおおさか」などで集会を催す。
 5年ほど前からは、南京事件の否定論が強くなったと危機感を強め、聞き取りを始めている。
 その本の中で松岡さんは、「いきなり訪ねて行く方法をとった」「(告白させるために)心理的なかけひきも必要であった」と聞き取りについて語っている。

 反論のなかで一番的を射た批判は、
 歩兵第33連隊第5中隊の第1小隊長だった市川治平さんは、歩兵33連隊の生き字引とも言われ、野田連隊長をも、天野中隊長をも知っていて、戦後になって書かれた「歩兵第33連隊史」の刊行では中心的な役割を果たした。 その市川さんが、この本をこう語る。
 「本当にばかばかしい本です。私のところに聞き取りには来ませんでしたが、元気なり2人の戦友に尋ねたら、2人にも来なかったと言っています。まともな話をする人には行かないようです。確かに予備役には悪い事をする人もいましたが、この本をざっと読んだところ、強姦などの話は、創作8割、本当2割でしょう」
 聞き取りの実態がどんなものか、まだ私は告白書から直接聞くことは出来ていないけれど、市川さんの分析はほとんど間違いないだろう。
 つまり、きちんと反論や旧陸軍の立場に立って語る人には取材に行っていないで、反戦思想の下っ端の兵士に聞いているだけ・・・ということだろう。

「ニュースステーション」は、日本の若い人にあの戦争を伝えるのに失敗したが、その責任は私たち上の世代にある、このような告白をもっと語るべきだ、と述べながら、その一方で、下関(シャーカン)を「げかん」「げかん」と言っている。
 地名もまともに読めないで、若い人に戦争の事を伝えられるのだろうか。

下記ホームページを参照させて頂きました。http://home.att.ne.jp/blue/gendai-shi/nanking/nanking-jiken-9-3.html

http://www.geocities.jp/kk_nanking/mondai/gyakusatu.html

http://www.history.gr.jp/~nanking/books_tvasahi020815.html

最近、戦前生まれの方から、出征した父親が「そこでもそこでの出来事には死ぬまで話すことはありませんでした」と聞いて、ウーン、何か相当のことをしてきたのだ、と想像した。
 

 日本語教室で勉強していた30代女性、中国、上海近くに工場を経営していた家だったが、日本軍がきてそれを破壊し、祖父が連行され帰ってこなかった話を聞いたが、その方、日本人にはかなり恨みを感じているようだった。

 今の日本人からか考えて、祖父、曽祖父の代のやったことであるが、謝っても謝りきれないほどの罪はあるのではないか。近隣の諸国と仲良くしたい・・・と、発信し続けて、「歴史認識」を共有できるようにな関係を築きたいものだ。民間交流を盛んにしていくしかないでしょう。常識、習慣が違うのを理解しないと仲良くはなれない。

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