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2013年5月10日 (金)

井上ひさし、「木の上の軍隊」が終着

133  井上ひさしには、最後の最後までこだわった作品があった。それは「木の上の軍隊」という二人の日本兵が米軍に追われ、ガジュマルの大木に隠れて終戦後二年間隠れていたというその事実に基づいた、想得て作品である。
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 20数年前に書きたいと材料は得ていたが、事実を井上独特の笑いを加味した作品にするには、あまりにも重い材料で、どうしたらいいか、最後まで筆を下ろし、書いていくには躊躇があった。それが、死の数年前に残りの「生」の間に書きたいテーマを並べた表には、その一番に上げていた。死後、それをみた娘がなんとかモノにしたいと動いた・・・その経緯が、NHKで放送されていた。

西の藤本義一、東の井上ひさしとして競い合って、頭角を現したというのは、有名な話である。また、井上ひさしは、ひょうこりひょうたん島あたりのころも遅筆で・・・書けなくて、逃げ出すと言うエピソードがある。

人生の成長過程では、孤児院に入れられたという屈折の起点があり、それが潜在的なDVの原因だったようだ。作品が書けないと、身近な家族に暴力を振るったというのが、離婚の原因だったと、巷間言われている。

20年も親子の交流がなかった娘に、自分の劇場の後継を任せた。その娘は長く父を父としてみていなかったが、父の航跡を知ろうとして、最後の構想「木の上の兵隊」を脚本家とプロヂューサーに相談したところからNHKのカメラが密着している。作為がある密着であるから、井上ひさしの人間くさいマイナス面は語っていないし、後妻である米原ユリのことは一言も触れていない。

井上 ひさし(いのうえ ひさし、1934年11月17日 - 2010年4月9日):日本の小説家、劇作家、放送作家である。文化功労者、日本藝術院会員。本名は井上 廈(いのうえ ひさし)。1961年から1986年までの本名は内山 廈(ひさし)。遅筆堂(ちひつどう)を名乗ることもあった
163 先妻は西舘代志子。長女は元こまつ座主宰の井上都。三女石川麻矢は、2009年11月より株式会社こまつ座社長。
西舘代志子と離婚後、エッセイスト米原万里の妹ユリと再婚。政治家・元日本共産党中央委員会常任幹部・衆議院議員米原昶(いたる)の娘、政治家・実業家・米原章三の孫。

幼少期には幼少期の波乱があり、孤児院に入ってはそこではいろいろあり、大学に入る時期にはその時期の波乱がある。成長してからもきりがないほどの波乱、破綻を起こして・・・一生を終わらせている。不通の人の体験しないことを多く体験している。
井上ひさしの人生と DV離婚&再婚

052
私の大好きな言葉であるが、
「難しいことを易しく、
 易しいことを深く、
 深いことをゆかいに、
 ゆかいなことをまじめに書くこと」
みごとに「書くこと」の真髄を言い当てた言葉を書いている。
コレを実行していると言えばいいのか、「国語元年」の戯曲でも、ソレは遺憾なく発揮している。藤本義一はマスコミ受けのする風貌だし、趣味も都会的であったが、井上ひさしは、ドロ臭く、土のにおいがする。

69083 「木の上の軍隊」のガジュマルの大木があるのは沖縄本島から離れた小さな伊江島である。

【脚本】蓬莱竜太
【演出】栗山民也
【出演】藤原竜也(一等兵)
     山西 惇(上官)
    片平なぎさ(がじゅまるの精)

 第二次世界大戦末期、沖縄・伊江島、戦いの最前線。
 本土出身で数々の戦場を経てこの島に就いたベテラン兵士の上官(山西惇)。伊江島出身、島を守らんと志願しはじめて任務についた若い新兵(藤原竜也)は。米軍の圧倒的な攻撃のなかガジュマルの木の上に逃げ込み命をつないだ。木の下では、仲間が次々と命を落としていくのを見ながら。あるいは、遠くに見える敵陣営は日に日に広がるのを見ながら。本土からの援軍がくるまでは、と2人は、飢えをしのぎ、木の上に身をひそめ続ける。

それを見守るのはガジュマルの木。木の精(片平なぎさ)はときに優しく唄い。ときに2人の心の語り部となる。

そんなある日。
上官は敵陣のようすから終戦を迎えたことを知る。ところが上官はその事実を新兵に伝えることなく、木から降りようとしなかった。なぜなら逃げ隠れたことは“恥”だから。

 援軍を待ち身をひそめるという大義名分を掲げつつ。夜な夜な敵兵が捨てた食糧や物資にありつけるようになった2人。とくにそこがすでに戦地ではないことを知っている上官は。日に日に心身ともに弛緩し太ってゆく。かたや純粋に島を守らんとする新兵は、日を経てもなお屈託のない血気を保ち続ける。
 そうして、2人は木の上で2年を過ごしてゆく。ゆらぐ関係性と疲弊する心。極限状態で剥きだしになる性。

 新兵には、自分の生まれ育った美しい島であり、それが奪われ壊されることが耐えられなかった。哀しかった。だから志願し戦うことを選んだ。
 そしてそのかけがえのない島を守るためにやってきた上官を尊敬し、頼った。なんの疑いももたずに従った。
 上官には、生まれ育って叩き込まれた恥の文化があり、そこに凋落し晒すことが上官には耐えられなかったし、恐かった。だから木から降りなかった。そして粗野で世間知らずで礼儀知らずな新兵を蔑んだ。疎ましく思った。殺してやりたいほど憎らしかった。ガジュマルの木だけがそれを見守りつづける。

 やがて新兵の体は病に冒され。このまま木の上にいては死を待つばかり。意を決した上官は全てを告白し、2人は木の下に降りることとなる。
 こうして2人の戦争は終わる。2人はそれぞれの生活に戻ったが、その後、2人が会うことは一度もなかった。

 いまでもガジュマの木はそこに立っている。そして見守り続けている――この国を、沖縄を。いまだ2人の兵士(の霊)は木の上から降りられない。参照http://ameblo.jp/nino-yuan/entry-11522038451.html

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