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2013年2月14日 (木)

テレビ創世記「夢で会いましょう」再現 永六輔の願い

001_2  「夢であいましょう」という古い古い人気番組をつくった永六輔が自宅風な家の庭で、秋元康とリラックスした対談をやっていた。
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019_2   永六輔今年80歳になるが、病気をやったせいか、老けた表情をするようになった。昔の「立て板に水を流す」べらんめえ調の語り口は、残ってはいるが、所々つっかえるような話し方になっている。

永:テレビで出ている有名人(秋元康)に会うと、ドキドキする。
002 秋元:そんな。(永:ほんと)ボクは、永さんの番組がすごく大好きで見ていたし、たぶん永さんが、ヘンナ言い方ですが、テレビに見切りをつけた時代から
放送作家になった。そんなことないですか。
永:テレビだけでじゃない。作詞もやめている。今、テレビから離れていると、離れている方がよく見える。テレビって、見ていると面白いです。

秋元:(「夢で会いましょう」の)あのはけ方など、すごいですね。ぱっといなくなる形など。
003 永:ナマ放送だってことを見ていると、忘れてしまうけど、ナマだから、ああなんです。しかも、アレは一週間リハーサルをしている。三度の食事も一緒にするくらいリハーサルをする。そういうことができた。
秋元:今はほとんどリハーサルのあるバライティはないですよ。
004 永:テレビ開局のときにはボクは二十歳。それから60年。今はもう80歳。なんったって若かった、みんな。燃えていたというか、「夢で会いましょう」の場合、ドナリ散らしていましたね。上から「バカヤロー!何度言ったらわかるんだ!帰れ、おまえは!」と、いうようなディレクターの声が響く。
 「楽しいショー」をつくるというのとはちょっと違っていましたね。でも、その緊張感がすごく良かった。
010 秋元:永サンに会ったら、聞きたいと思っていたことがあるのです。
アレ(「上を向いて歩こう」の曲)は、作詞が先ですよね。違うんですか。
永:違うんです。(中村)八大さんに呼ばれて行くと、「(ピアノのキーわを叩いて)このテンポで歩く。次に、ちょっとセンチメンタルな気持ち出歩こう」、と作っていく。ボクが、(そのリズム・音符に言葉を)埋めていくのです。
Photo  上を向いて歩こう、ウオ、ウオ~という風に、メロディが先にあったら、なかなか「ウオ、ウオ~」といわないじゃないか。ボクも、最初はヘンな歌い方するんだと思った。坂本九の話を聞いて、坂本九がああいう風にしか歌えないのです。「育ちが育ちだから」あいつは、三味線引けるし、端唄、清元、都都逸、浄瑠璃ができるのです。表には出さないけれど、日本の邦楽で育てられたから、あの「ウオ、ウオ~」というのは、邦楽なんだ。
「涙でにじんだ星を数え~て」びっくりしますね。いろんな(バックが)重なって魅力になって、ああいう歌い方に。
 あなたに素直にいうと、もう一回「夢で会いましょう」をやってみたい。「夢で会いましょう」をやりたいと、今思います。
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