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2013年1月 4日 (金)

日本憲法 書いたアメリカ女性ベアテ・シロタ・ゴードン

Gordonjapon_4   GHQで日本憲法草案を書いた現場を知るベアテ・シロタ・ゴードンが、唯一生き残りであった。彼女が89歳で亡くなった。終戦時の昭和21年、彼女は22歳で民生局の一職員であった。
Beate Sirota Gordon, 1923年10月25日 - 2012年12月30日):
ウィーン生まれでウクライナ系ユダヤ人(ロシア統治時代)の父母を持ち、少女時代に日本で育った米国国籍の舞台芸術監督、フェミニスト。1946年の日本国憲法制定に関わった人物。ベアテ・シロタ・ゴードンwikipedia
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  22歳で連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)民政局に所属し、GHQ憲法草案制定会議のメンバーとして日本国憲法の起草で人権条項作成に関与した。 日本では憲法24条(家族生活における個人の尊厳と両性の平等)草案を執筆した事実が1990年代になって知られ、著名となった。2012年12月30日、膵臓がんのためニューヨークの自宅で死去。89歳没。
  有名ピアニストだった父が東京音楽学校(現東京芸大)に招かれたことに伴い、一家で来日。5~15歳まで東京で暮らした。今も日本語は流暢である。米国の大学に進学後に太平洋戦争が開戦。ニューヨークで米タイム誌に勤務していたころ、日本に残った両親の無事を知ってGHQの民間人要員に応募、45年に再来日した。

22_3  25人の民政局員の中では最年少の22歳だった。憲法起草委員会では人権部門を担当。10年間の日本生活で、貧しい家の少女の身売りなどを見知っていたことから、女性の地位向上を提案。14条(法の下の平等)や24条(両性の平等)に反映された。

新聞報道では、おおまかな事実しか記載されていないが、実際にゴードンさんの講演を聴いたり、活動を支援していた人の記録には、割と詳しい伝記が残されている。

Beate_2   民政局員25人の最年少のベアテ・シロタ・ゴードンが、大きな権限をもっていたわけではないだろうが、女性や子供の権利について熱心に調べ、草案つくりに協力していた。彼女の仕事は、焼けのこった日本の図書館を回り各国の憲法を調べることだった。

 彼女は、日本語が堪能であったし、そのほか6カ国の言葉ができるので、「ワイマール憲法」「アメリカ合衆国憲法」「フィンランド憲法」「ソビエト社会主義共和国連邦憲法」などなど図書館から借り出した。「スカンジナビア憲法」が役に立ったと言う。
 若いがゆえに、日本のためというより、女性の権利のため、理想の憲法を作りたいという熱意があった。相当詳細に渡る条文をつくり、提出した。

E382b9e382ade383a3e383b3000306d0d  日本のおめかけ(蓄妾制度)を知っていた彼女は「子供を実子、養子、私生児などで区別するな」と、くどいほど書いている。また、子供たちの高い死亡率を心配し、「児童は、医療、歯科、眼科を無料で治療を受けさせなければならない」という項目さえある。
 しかし、彼女の書いた草案は民生局で、「憲法は原則を書く」という責任者の意向でほとんどカットされた。この時、彼女はひと目をはE382b9e382ade383a3e383b30004a53da 003 ばからず大泣きしたそうだ。民生局のリベラルな男性メンバーでさえ、女性や子供の権利については無理解があったと述べている。
 ベアテさんの草案は、日本政府に提示する段に、また「なんだ、これは!」と日本側が大騒ぎになり、激論になりかけた。
 ベアテさんは、通訳として同席していたが、上司が「女性の権利はベアテ嬢が確固たる信念で書いたもの。このまま通しませんか?」と助言して、落着したという。

 当時の日本側憲法草案には、一般国民男性の権利もなかったくらいで、「女、子供」は、戸主の下の存在であるから、権利を主張など、言語道断ということだった。
 ベアテ・シロタ・ゴードンが書いた草案は、日本の女性のためだけでなく「世界のすべての人たちの、実現されるべき理想であり、希望だった」と、彼女が語っている。

Ghq 「GHQの押し付け憲法である」と、声高に言う人はいることでしょう。
偶然かもしれないが、民主的な意識の高いベアテさんという人が選ばれ、日本憲法草案に「女性とこどもの権利」を書いてくれたことは、歴史的な幸運だと感じる。
 これが、自主憲法だということで、日本人が制定したら、あるいは、改憲したら、このような人類の最先端の意識を盛り込んだ憲法はできないだろう。
 世界人権宣言と同時に、憲法によって、人権が「平等」「自由」は当たり前のこととして60年間過ごして来られた、その幸福が何よりの憲法の果たした意味である。まだ、日本人の人権意識が現在の憲法のレベルに達していないから、多くの改憲論者が不満を述べるところである。

T0003181a  人類の理想を実現を目指した日本国憲法を世界の人に誇ってもいい。これを社民党は護持しようとしているが、残念ながら、国民意識は社会党を滅亡に追いやっているが、これは委員長福島さんの努力不足である。
006005  人類の理想が書いてある日本国憲法ほど、読んでいて心地のいい文章はないだろう。これを書き換えたら、どんな醜い主張がでるやら・・・。現実運用において、原則はそのままで、書き換えないで、読み替えでやりくりしていけばいいじゃないか。違憲状態で選挙する日本の政府だ。

 今、憲法に手をつけたら、「世界中に宣戦布告している」と大騒ぎで、反日騒動どころではないだろう。理想の憲法を世界に読んでもらう努力をしよう。人類に対する日本の役目ではないか。ぜひ、世界の首都の地面に「日本本国憲法」銅版にして埋め込む運動をしようじゃないか。

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