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2013年1月 5日 (土)

投書「声」勝手に「日本市民模範賞」を贈呈

 心休まる投書「声」(朝日新聞)が掲載されていたので、紹介したい。見逃してしまいそうな出来事が書かれた記事で、実にどこにでもありそうであるが、これが人と人を結びつけている人の「情」だと痛感した。
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①坊やが帰ったあと、その母親に電話して聞くと、「あら、私知りませんでした」と答え、それで電話した投書した方は、ますますその坊やたちの行動が深く心にしみた、という話である。

「おばあちゃん、大丈夫かな」と心配して車椅子のおばあさんを尋ねてきた少年たちの優しい心・・・、人として、この心が当然だと思うが、それがそうなっていない現状の人間関係が多いときに、一服の清涼剤に聞こえてしまう。

 昔の話をして申し訳ないが、近所の歯科医のIおじさんが、子供たちに子供会を開いてくれて、クイズとして「町内で一番年寄りはダーレだ?」と質問したら、みんな「Sさんのおばあちゃん」と、当時で96歳だったと思うが、そのおばあちゃんの存在を子供ながらわかっていた。町内40戸くらいだったと思うが、町中の人々が緊密だった。
 緊密であるがゆえに、あそこの家のきょうの夕食は何を食うか、までわかるこの緊密さが、少年時代には、鬱陶しいと感じたが・・・。東
京へ出てみると、まるで隣を知らないままで、気楽であるが、この関係性の薄さは、さびしい。
 どっちがいいのか。だから、支援してくれる仲間を求めて、信仰に走る人がいたり、徒党を組んだり・・・するのだろうか。

8②次は、この方は昭和20年8月終戦時に20数歳で、満州から命からがら4歳の長男、2歳の次男、生後10ヶ月の娘を背負って引き上げてきた人だ。その後、夫を亡くし、女手で三人を育て上げ、今8度目の年女になったという報告である。
 その長い苦闘を終えて、静かに余生を甘受している姿を語っている。指宿温泉や開聞岳の姿を見て、「山麓に草食み遊ぶトカラ馬シャッター押せばひそと寄りくる」とそんな心境を人生の晩節に詠む。

 
「ご苦労様」「よくやった」と、公から感謝状はくれないが、ここまで国に翻弄されて、たどり着いた人生は、褒章ものである。こうした無名の市民に何か労わりの言葉をかけてあげたい。
 「神様、私の人生は波乱に富んで面白かったわ」「笑って彼岸へ旅立つつもり」という心境たるや、まねしたくてもなかなかできない。多くの人が他人を恨んだり、人の人生に嫉妬したり、平坦な気持ちで人生の最終章を迎えるのが難しい。彼女は、人生の達人だ。
 「ご苦労さま!」と日本国民全体で褒めてあげたい!

 勝手に「日本市民模範賞」を贈呈します。

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