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2012年11月12日 (月)

赤木春恵の満州体験 昭和二十年夏Ⅱ

(前日から続く)「あんたたち、慰問団かい?」
 新京のホームで止まっている無蓋車から兵士たちに聞かれ、そうだと答えると「じゃあ、一曲歌ってくれないか?」と言われ、赤木春恵たち銀星座団員は、兵士たちの前でホームに並んで、『暁に祈る』を涙を流しながら歌った。

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暁に祈る
作詞野村俊夫 作曲古関裕而 歌手伊藤久男

http://youtu.be/7WOVJbs4pOMこの映画は、昭和15年、中国大陸でロケをして作られた映画で、日本人ならみんな知っている。時代背景としては、今敗戦の瀬戸際であるから、同胞の兵士たちの運命を思って、涙なくして歌えなかったのだろう。

1、
あぁ あの顔で あの声で
手柄頼むと 妻や子が
ちぎれる程に 振った旗
遠い雲間に また浮かぶ
2、
あぁ 堂々 の 輸送船
さらば祖国よ 栄えあれ
遥かに拝む 宮城の
空に誓った この決意

映画『征戦愛馬譜 暁に祈る』
石川真吉: 徳大寺伸
      千代: 田中絹代
冬木清一: 夏川大二郎
部隊長  : 佐分利信
唄う兵隊: 伊藤久男
千代の母: 葛城文子
千代(田中絹代)は牧場の跡取り娘で、母親しげから牧童頭の冬木との結婚を勧められていたが、となり村の真吉と恋仲になり真吉に嫁いでしまう。そのため母は千代と親子の縁を切った。真吉が出征するが、真吉の親友冬木はしげに千代を許すよう説得するが許さない。
 真吉と千代が育てていた愛馬太郎が徴発され、時を同じく冬木にも召集令状が来る。騎兵軍曹である冬木は隊長に掛け合って太郎を自分の馬にしてもらい、大陸に出陣する。太郎のおかげで手柄を立てた冬木は、真吉の部隊が近くにいることを知り、会いに行くが、真吉は前日の戦闘で戦死したところだった。
真吉の戦死の報は内地にも届き、しげは千代に実家へ戻るように言うが、千代は一生真吉の妻であり続けると母に告げる。しげはやっと娘の真心を知り、縁切りを解き、娘に謝罪する。大陸では真吉の遺骨を抱いた冬木が、太郎の背にまたがり堂々の入城行進を行う

 歌い終わると、南下する列車は出て行ったが、涙涙で見送る。
 赤木春恵たちはハルピン行列車が来たので乗り込むと、同じくハルピンへ向かう慰問団が乗っていて、同じ思いでハルピンへ向かう一行を見て安心したという。
 着いたハルピン駅周辺の雰囲気は、まるで違っていた。ここまでくる間の、トラックを見れば「乗せてくれ!」とすがりつく人々の狂騒は一体何だったのか、今ハルピンは異様に静かだった。

 ハルビンに着いて二日目、「明日は重大な放送があるから、必ずラジオを聴くように」という連絡があった。
 春恵の兄が銀星劇団を創設するときにある人から資金を借りていた。兄はその借金をそのままにして、出征してしまったので、その借金は春恵が返すのだと責任を感じていたので、お金を借りた人に借金を返したいが・・・と、説明をして今は少し待ってほしい・・・と、言わなくてはならないと、思っていた。その、玉音放送の日、借金の言い訳に借りた人の家へ行った。

  その家には玉音放送を聴くために多くの人が集まって、借金の話より、その放送で持ちきりで話す機会がなかった。
 玉音放送が始まると、ラジオは雑音だらけで聞き取りにくいので、春恵には内容が理解できなかった。「何を言っているの?」と聞くと、「日本は戦争に負けた」とわかった人が言った。戦争が終わったことより、「お借りしているお金の話ですが」と話しだすと、「そんなこともういいから、今は身の振り方を考えなさい」と、借金の話どころではない・・・とこのこんこんと言われた。借金の話が一段落したことのほうが、春恵にはありがたかった。戦争で混乱して今後どうしたらいいか、そんなことは実感がなかった。

 戦争が終わって、日本が負けて中国人の態度が急に変わったのは感じた。二三人の中国人がたむろして、日本人への目つきが鋭くなったのは感じた。が、特別危害を加えられる気配はなかった。
 その元になっていたのは、蒋介石がラジオを通じて
「(日本は戦争に負けたから)我等は当然厳格に降伏条件をしっかり執行しなければならないが、報仇を企図してはならない。ことに敵国の無辜ムコの人民を侮辱してはならない。我等は、彼等に憐憫の情を表し、彼らにその錯誤。罪悪を錯誤、罪悪を自責せしむべである」と
 蒋介石が、中国国民に向かって語りかけたことが、大きな影響力をもって、日本人への暴徒化しそうになったの止めた。

満州からの引き揚げ 1 
引揚げはこうして実現した。葫蘆ころ島 
ソ連兵強姦の現実 手記 文藝春秋   
後満州引き揚げ 故郷への道
我が子を手にかけ 満州引揚げ
満州引上げはどう行われたか
   
加藤登紀子 遠い祖国
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