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2012年11月27日 (火)

倒産で自殺者があっても、止むを得ない

 朝の運動として、自転車で中川の中洲のような公園で、一人ラジオ体操をして、また帰ってくる。その帰りは、毎朝6時53分頃から始まるNHKラジオ「きょうは何の日?」が耳に入る。きょうは、中川三和橋の上で聞いた。

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Hayato_ikeda 1952年11月27日の池田勇人通産相は「正常な経済原則・・・において、それが倒産して、また倒産から思い余って自殺するようなことがあっても、お気の毒でございますが、止むを得ないということははっきり申し上げます」と答弁した。
 2012-1952=60年前の話であるが、これは総理になる前の発言で、こののち、池田勇人通産相は辞任に追い込まれる。池田勇人が「所得倍増」を実現して、その功績で、多少の失言も帳消しになっている。高度成長時代で、日本の伸び盛りでどんどん時代は日本にいい風が吹いていた。

この人の考えるスケールが大きく、日本の国土改良もヨーロッパに倣って、戸別田畑のサイズを大きくしようとした。それによって、外国の農産物に対抗できる価格、生産量にしようと考えた。いまのTPP交渉に農協の姑息な反対をどう見るだろう。きっと吹き飛ばしてしまうだけの馬力があったと思う。

Img_371039_5042631_2  当時、日本で二番目の湖八郎潟(秋田県)の干拓をして日本の米作農地を一挙に増やし、米不足を解消しようとした。そこでは、日本平均の二倍程度の農地で、多くの農民の次男三男を入植させる旧来の思考から一歩もでられないの考え方で進んでいた。
 池田総理が視察にきて、現地の責任者を呼びつけて、戸別農地の大きさを一挙に変えた。
一戸の耕作地を日本の農家の二十倍の広さにするように指示した。この指示には誰も逆らえずに実行された。
 八郎潟干拓の実務担当していた義父は、池田総理の考え方のスケールの大きさを感じたと、後に語っていた。

「きょうは何の日」11月27日、池田通産相「倒産して、また倒産から思い余って自殺するようなことがあっても、止むを得ない」と、切り捨てる。為政者がやることか?と、大反発で、通産相を辞任にいたる。lこういう切り込んだ形に辞任が最近見かけない。大方の辞任にいたる言葉は、教養不足で出る言葉か、根回し不足で出るのか、大臣自身の身から出たさびのような、アホらしいのばかりだ。

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254420_255359867920797_1907805401_n  安倍晋三さん、日銀で印刷して建設国債を引き受けさせればいい、と発言したとたん、円安になり、株式が値上がりという市場が好感した。ソレに勢いついて、輪転機をじゃんじゃん回せばいい・・というような乱暴な発言をしている。

 ソレを市民感覚で反論する大竹まことがいうのが正論だと思うのに、評論家たちは否定しかかる。Treasure_img03_2 日本が2%、3%インフレになって、成長していかないと。格差社会はますますひどくなる。と言いつつ、俸給者や年収が数千万と入る人にとっては、貧困者は池田通産相の言葉のように「倒産で自殺者があっても、止むを得ない」という感覚だろうか。医者が患者にいちいち同情していたら仕事にならないのは当然であるが、そんなに冷たく当たるには、必死になって方策を考えているのか?

 このインフレをやらかした過去の例を知っていながら、札を刷り倒して、不動産投機を盛んにして、大失敗したのに、それを肯定する論者ばかりだして、モノを作らないで貨幣経済を動市場経済の欠陥を指摘できないでいる。

  Tv020 Tv0019 Tv0021 「同じように公務員、議員も、給与を削減したらどうだ」と大竹がTv0020いうと、そうしたら消費が冷えてしまい誰も金を使わなくなる。と反論したのは、三橋貴明(経済評論家)、それに同調したのは、高橋洋一(嘉悦大学教授、元財務官僚)で、それに宮崎哲弥(評論家)がいうと、庶民側にたっている大竹まことは、もうグウの音も出なくて黙ってしまった。
 TVタックルは、今選挙中で、選挙に影響することはいえないし、出てくれる人材が払底してしまって、大竹の意見を補強する人がいない。困ったものだ。大御所がいなくなって、小者ばかりだ。

産業もないところに、道路や鉄道に建設国債をつぎ込んで、まるで日本の産業の復活とでも言いたげな論陣を張る人がいるが、一部の建設業が建設国債で潤うだろうが、それは既成の産業をつぶして、その分を食ってしまうだけだ。新幹線なら従来線の客をとるだけだ。大きなショッピングセンターをつくれば、地元の個人経営の商売を食ってしまうだけだ。

私は、山間部の田舎にいても、食っていけるだけの産業を作り、人間らしい生活のできる場を作る必要があると思っている。
①養蚕で、蚕から薬品や繊維を生み出す。
②都会の子供の山間留学で田舎学校。
③生活保護者の現金払いではない施設。
④受刑者の民間刑務所施設。
⑤回遊魚を田舎の学校跡地に養魚場施設。
⑥水力発電、地熱発電、風力発電施設の設置。

これらの施設を、実行するだけの資金、具体的な実行をどうしたらできるか、これを資金、法律、経理、流通のいくつかの方向から、それを立ち上げまでの支援をしていく・・・、これが田舎のハローワークの仕事として考えられないだろうか。銀行の仕事としてもいいはずだ。

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