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2012年9月 8日 (土)

藤本健二 北朝鮮訪問、金正恩より招待

05  頭にバンダナで黒メガネで、北朝鮮の金正日の料理人と知られているが、実際彼の正体は不明であった。その彼藤本氏が、金正恩に招待され、出かけて行き、その歓迎宴を・・・すでにテレビで放映されたみたいだが、私は見落としていた。

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02  朝日新聞9月6日(木)に紹介記事が載っていた。インターネットで調べると、出発時から取材はされている。
 北朝鮮を裏切って日本に帰ってきているから、彼としては、マスコミの同行取材をうけて身を守ることを考えて全部さらしておこうと思っているように見える。
食材を仕入れに行ってきますと言って、現地妻と子供を置き去りにして、日本に来てしまい、脱北してしまったから、北のロイアルファミリーに顔向けできないと思いつつ、今回金正恩の招待受けての北朝鮮を訪問した。

 あそこの国だから、いつ抹消されても不思議ではない・・と、藤本氏(コレも仮名らしい)、黒メガネも正体がわれないため。日本にいるときは不気味な雰囲気を出していたが、宴会の写真をみると、彼の顔つきは穏やかで、いい男ぽいし、人なつこさがある。

 彼が北朝鮮の料理人になったいきさつは、日本料理店の料理人募集で月給50万円に惹かれて、平壌へ行ったのだとか。その料理を北の王室の宴会へ出張料理に出かけ、すしなどを握って出すと、金正日に気に入られ、ロイヤルファミリー専属にスカウトされた。
 その後、金正哲(次男)。正恩(三男)の遊び相手になったという。
(食事中、金正恩は「裏切ったことは忘れた。でも、一緒にローラーブレイド、テニスをしたことやタバコを吸ったことは忘
れない。幼かった頃から遊んでくれて、ありがとう」と皆の前で感謝を表した。)

 金一家は、押しなべて、日本のモノが好きのようだ。
 映画、音楽、料理(すし、てんぷら、ラーメンなど)日本の繊細さがお好みのようだ。金正日、金正恩は、趣味や食べ物は日本から来たものを好んでいる。国際政治的には、日本を相手にしなふりで通すのが金正日スタイルであったが、親父さんの金正日も息子の金正恩も、ずいぶん日本びいきみたいだ。

 藤本健二が、金正日に信用された要素は、まず藤本が朝鮮語が不完全でこの男はスパイではないとわかったから。次に、金正日がシークレットブーツをはいて背を高く見せるほど、身長を気にしているが、藤本は金正日より背が低いからだ、といわれる。金正日の劣等感を刺激しない容貌であったことが大きいらしい。

 彼は、金一族の中に溶け込んだ生活を10数年続けたが、監禁されているわけではないが、自由のない生活で、徐々に恐怖を感じ始めて、食材の買い付けと称して、日本へ渡り、戻らなかったから、金ファミリー裏切ったわけだ。それで、いつ刺客が彼を消しに来るか、恐れおののいていたというわけである。

05_2  一番怖い人が「金正日」であるが、彼は近年亡くなった。大きな重石が取れたわけであるが、
「家族、妻と子が会いたがっている」と、連絡役の在日朝鮮人が伝えてきたが、藤本健二は断った。その一ヶ月後に、再び「2001年の約束を果たそうではないか」と金正恩の言葉を伝えてきた。コレを聞いて、金正恩と二人しか知らない約束をいうなら、本物であると気づいて、訪朝を決心した。

1907681 藤本健二は、10数年、金ファミリーの料理人をしている間に、金正日の勧めで北朝鮮民謡歌手、厳正女オムジョンニ(45歳)と家庭を持った。長女と長男が生まれ、安定した家庭にも恵まれた。その長女正美ジョンミは20歳になり、日本語を学び、外国語大学へ行こうとしている。

1907701  彼が日本へ帰国してしまったとわかって、彼の家族は一年半、強制労働のため、地方へ追いやられていたらしい。この藤本の訪問が決まり、数週間前、長男が心臓発作でなくなっていることを彼は聞かされたそうだ。
(一家は8部屋もある豪華なマンションに住んでいたが、引っ越しさせられる。
 藤本氏が「金正日の料理人」を出版すると、スパイだったのかと罵られたり、アイスクリーム売りをしていた祖母までが商売の妨害をされ、嫌がらせに遭った。生活は困窮し、妻は再婚を考えるが、子供の反対により、諦めたらしい。 家族は困窮生活を送っていたが、藤本氏の訪朝が分かると、平壌の5LDKのマンションに引っ越しさせられた
。)


03  0602 歓迎宴に、金正恩は妻李雪主ソルジュ伴い現れた。藤本は、
「裏切り者の藤本が、帰ってまいりました」
第一声をあげて、金正恩に涙涙で詫びた。
「藤本さん、そんなことはいい、もういい」鷹揚に構えた金正恩と藤本健二は抱き合った。

(正午、部屋の扉を開けると、金正恩らが待っていた。金正恩は子供の頃、「藤本」と呼び捨てにしていたが、この時は「藤本さん」とにこやかに声を掛けてきた。藤本氏が「裏切り者の藤本が帰ってきました」と言うと、金正恩は「いいから、いいから」と返し、大泣きする藤本氏と抱き合う。金正恩夫人の李雪主も紹介され、李雪主は「(金正恩が)いつも藤本さんについて話していた。」などと話し、藤本氏を歓迎。)

07  宴会は、平壌にある政府要人しか入れない施設「八番宴会場」で開かれた。
 会場には、身内を中心に金正恩の妹金敬姫ヨジョン、金正日の事実上の妻金オク、藤本は金正恩の後見人とされる張成沢チャンソンテクなど、16人が出席した。藤本は張成沢の隣に座った。
(
出席者は金正恩、その夫人・李雪主、金正日
の義弟・張成沢、その他複数人であった。金正日の妹・金敬姫と金正恩の兄・金正哲は出席していなかった模様。)

ここで、挨拶した藤本は
01 「恩に報いるために、両国の架け橋になりたい」と、「(日朝関係の改善に)大きな障害がある」と日本人拉致問題があることを指摘した。
「敬愛する金正恩将軍、お願いですから横田みぐみさんたちを日本に帰国させてあげてください。そうすれば、
日本と国交正常化や日本から多額の援助の資金を引き出す道も開けると思います」
 このスピーチに対して、正恩は「うん、うん」とうなずきながら、最後まで聞いていた。
 拉致被害者を帰すのは、金正恩にとって、ミサル発射や核開発の国際的に難しい舵取りや、ウオンの切り下げの経済問題と比較したら、やさしい指導だ。やりそうな、雰囲気をかんじる。王室とつながりのある藤本健二のコネが案外効き目がりそう。親父金正日がいない今、実権にぎっている張成沢チャンソンテクも、そう思っているにちがいない。今中国でやっている日朝赤十字関係者の交渉に反映してくる可能性がある。


張 成沢(チャン・ソンテク、1946年2月6日 - ):
現在、朝鮮民主主義人民共和国 国防委員会副委員長、朝鮮労働党中央委員会政治局委員、朝鮮労働党中央軍事委員会委員、朝鮮労働党中央委員会行政部長。朝鮮人民軍における軍事称号(階級)は大将。 金正日の妹金敬姫ので、金正日の側近でもあった。張 成沢の二人の実兄張成禹(チャン・ソンウ)、張成吉(チャン・ソンギル)は軍幹部。Wikipedia参照

 この雰囲気は、かなり日朝関係改善が急務であることを、張成沢も、金正恩も痛切に感じている様子が想像できる。ただ、(この記事書いている)記者が、藤本健二から聞いた話を、願望まじえて日本びいきで解釈している面もないわけではない。

 外交問題的に解決しやすい順に並べると、
①北朝鮮、②韓国、③ロシア、④中国の順になる。
 北朝鮮の経済状態を見れば、援助がほしいのは明瞭で、金王室ファミリーはみんな日本びいきだし、糸口さえつかめれば、ほぐれそうな雰囲気がある。いまこそ、日朝関係改善は絶好のチャンス。
 藤本健二は、日本で北朝鮮の代弁人として、この二三年以内に大化けする可能性さえ感じる。横田夫妻を北朝鮮へ招待して、あるいは横田めぐみさんを日本へ戻し、娘も日本へ同行したら、日本の新聞は一面トップで一週間続くだろうよ。

 金正日の所業について、金正恩には責任はないから、あっさり日本人拉致被害者を帰して、経済支援を受け、ついでに、韓国と結んだ日韓講和条約?を北朝鮮も含む形に拡大して調印したら、どうだろう。
 
民主党がそこまでできるか、非常に微妙であるが、これがやれたら野田総理の大手柄である。コレを一気にし選挙前に実現した日には、大阪維新の会も、自民党も負ける。民主党幹部には、そういうウルトラ手法を着想する能力に欠ける。自民党なら、そういう老怪な策を弄することにできるかも。北朝鮮に強硬派としてうまく外務省がお膳立てして、藤本健二が帰国したら、事情をきちんと聞いて、それを外交ルートに乗せるべしだ。今がチャンスだ。

 本当に、北朝鮮が拉致被害者全員を送還する・・・としたら、金正恩の指導力をアピールできるし、一気に日本人は「北朝鮮大好き!」に変わる可能性がある。西洋で学んだ金正恩の頭脳の見せ所かもしれない。父金正日を超えるチャンスだ。新しい外交第一歩。
 藤本健二も、変装しないで済むし、彼のやったことは、歴史に残る。金王朝で、張 成沢と金正恩の力は意外と影響力あるのではないか。金正日の妹金敬姫もついている。
 どう転んでも、北は日本に拉致被害者を探して、順次日本に取引材料にして、援助を引き出すのが、一番いいカードだ。正直に日本と付き合う流れにもっていくのがいい、それを金正恩の賢さだ。
正直に謝って拉致被害者を帰すのが一番とくだろう。

 この藤本健二の訪朝、そして歓迎宴に、北朝鮮の並々ならぬ意思を感じるが、皆さんはどう思う?
 接してみれば、儒教の国だ。失礼なことはしないはずだ。「貧すれば鈍する」で、経済的に困ってるのは明白だから、アメリカを挑発しているが、「北朝鮮の存在保証」をアメリカから日本が言質をとるなど、ちょっと手を貸すだけで、日本は大きな手柄になるはずだ。

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北朝鮮の今①
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六丈記 備忘録のようなもの ←参考文献
1907683  故金正日総書記の専属料理人として有名な藤本健二(仮名)氏が先月訪朝した様子を22日からNEWS23クロス、ひるおび、朝ズバッなど、TBSの複数の番組が扱っている。24日の金スマでは再現VTRまで作り、1時間に渡って放送する力の入れ様だ。金スマがスタジオ収録されたのは帰国(8/7)から4日後の8月11日とのことされており、出演交渉や撮影準備などの期間のことを考えると、TBSは藤本氏が出国する前に独占放映する約束を取り付けていたのかもしれない。  
 藤本氏はTBSの各番組に出演して話をしているが、NEWS23クロスと金スマしか見ていないので、主に金スマの放送内容から藤本氏が証言する訪朝の模様をまとめてみる。  
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■6月16日  自宅近くのコンビニを出ると、北朝鮮のメッセンジャー(大男)が現れ、北朝鮮に残してきた藤本氏の家族が会いたがっていると伝えられ、家族の写真と手紙を渡される。メッセンジャーは金正恩も会いたがっていると伝え、赤い表紙の書簡を手渡される。それは招待状であったが、金正恩の署名が無く、藤本氏は北朝鮮の機関が偽造したものかもしれないと疑っていた。北朝鮮を脱出してから11年間潜伏した自宅を察知されたことを悟ったが、藤本氏は北朝鮮に行くことを決断できなかった。
1907711 ■7月6日  北朝鮮にいる藤本氏の家族3人が自宅で川の字になって寝ていると、午前3時頃、長男の正雄が突然叫び声を上げ、3回叫んだ後、絶命した。長男はそれまで元気な様子だったが、心臓発作での突然の病死だったとのこと。藤本氏はこれを訪朝した時に家族から直接聞く。ちなみに、長男は軍人だった。
■7月18日  また、メッセンジャーが現れ、「2001年の約束を果たそうではないか」との金正恩の伝言を伝えてきた。
1907685  藤本氏は金正日の専属料理人として仕えていたが、金正日の2人の息子(正哲、正恩)の遊び相手役もしていて、金正恩を「小さい大将様」と呼ぶなど、とても親しくしていた間柄だった。
 2001年に藤本氏が日本に行くことになった時、金正恩は「日本に行っても、帰ってくるのだろ」と声を掛けられ、藤本氏は「はい」と答えていた。2001年の約束とはこのことであり、2人だけしか知らないことであった。それで、藤本氏は招待が金正恩直々のものであると確信し、金正恩の招きならば断ることは出来ないと決心し、訪朝を決めた。
■7月20日  日本から北京に行く。
■7月21日  夜、北朝鮮のエージェントと共に中国から北朝鮮に入国し、平壌へ到着。不安で眠れず、一夜を過ごす。
■7月22日  朝、散髪をし、ヒゲを剃る。 午前10時、病院で検査を受ける。金正恩に危害が及ばないか調べたようだ。
 午前11時半、会場に到着。子供の頃のように「小さい大将様」と呼んでいいものなのか、付き人に尋ねてみると、良いのではないかとの返答。
 正午、部屋の扉を開けると、金正恩らが待っていた。金正恩は子供の頃、「藤本」と呼び捨てにしていたが、この時は「藤本さん」とにこやかに声を掛けてきた。藤本氏が「裏切り者の藤本が帰ってきました」と言うと、金正恩は「いいから、いいから」と返し、大泣きする藤本氏と抱き合う。金正恩夫人の李雪主も紹介され、李雪主は「(金正恩が)いつも藤本さんについて話していた。」などと話し、藤本氏を歓迎。
 その後、藤本氏が専属料理人だった時の仕事場であった8番宴会場で食事会。出席者は金正恩、その夫人・李雪主、金正日の義弟・張成沢、その他複数人であった。金正日の妹・金敬姫と金正恩の兄・金正哲は出席していなかった模様。
 食事中、金正恩は「裏切ったことは忘れた。でも、一緒にローラーブレイド、テニスをしたことやタバコを吸ったことは忘れない。幼かった頃から遊んでくれて、ありがとう」と皆の前で感謝を表した。また、金正恩は「藤本、これからどうするのだ」と今後のことを藤本氏に尋ねている。藤本氏が「写真が欲しい」と答える
と、「持ってけ」と快諾。後に8枚の写真を渡される。これが日本で公開した写真である。藤本氏によると、金正恩は同氏が日本でどの様な活動をしているのかインターネットを通じて知っているらしい。更に、金正恩は藤本氏に「これからは日本と北朝鮮を行き来したら良い」と北朝鮮へ自由に入国することを許可している。

■7月23日~
 金正恩と再会した翌日、藤本氏の元に北朝鮮に残した家族(妻・厳正女、長女・正美)が尋ねてきて、再会。この時、長男
の死を知らされた。家族との会話で、藤本氏が北朝鮮を脱出した2001年(長男・正雄11才、長女・正美9才)の後、家族に起きたことも聞かされる。
 一家は8部屋もある豪華なマンションに住んでいたが、引っ越しさせられる。
1907710_2藤本氏が「金正日の料理人」を出版すると、スパイだったのかと罵られたり、アイスクリーム売りをしていた祖母までが商売の妨害をされ、嫌がらせに遭った。生活は困窮し、妻は再婚を考えるが、子供の反対により、諦めたらしい。 家族は困窮生活を送っていたが、藤本氏の訪朝が分かると、平壌の5LDKのマンションに引っ越しさせられたとのこと。
藤本氏は残りの滞在期間、家族と一緒にすごし、新しい自宅やスーパー、りんご園を訪ねている。この様子を写した写真を
藤本氏は公開した。
■8月4日  北朝鮮を出国し、北京に向かう。 ■8月7日 日本に帰国。
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 スタジオで出演者から長男が殺されたのではないかとの声が上がると、藤本氏が「それはない。殺されるとしたら、私だ。
」と答えていたことと、安住アナウンサーから「今後、北の広告塔になってるのでは?」の質問に「それでもいいんじゃないですか」と返答していたのが印象的だった。

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