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2012年7月

2012年7月25日 (水)

電子書籍 少年『夜明け前」小学5,6年生 上梓

少年『夜明け前」シリーズを①幼年期から小学1、2年、②小学3、4年生、③小学5,6年生 ④中学生、⑤高校生 五冊の原稿を電子書籍としてまとめていた。

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000出版では紙の本でないと納得してもらえないが、電子書籍はダウンロードですので、実物があるわけではない。デジタルの出版で読んでもらうことにしました。
http://nozawa22.wook.jp/

002_2    まだ、出版したばかりですので、一ヶ月は一冊100円特価(平時300円)でお願いしたいと思っています。紙出版なら1000円でも、出版社は引き合わないかもしれませんが、安く読んでもらえるのは、電子書籍の特徴です。

001  電子書籍によって、今後は、著者と読者が区別なくなりだが、カートに入れて支払っていくのに抵抗がないなら、普通の書店と同じになるが、まだまだ10年以上時間が掛かるかもしれない。

少年が残した足跡
あなたと共有したい 私のあの時代
少年が見た岐阜県中津川市 恵那美濃を描く
 少年が木曽中津川、美濃に残した足跡

 人間の面白いのは、子供のころである。
 大人になってからは、猫がはたきにジャレつかなくなると同じで、人間も大人のより子供時代がおもしろい。五木寛之の「青春の門」も、博多にいるときが一番面白い。

nozawa22の読者の方々に、日ごろお世話になっていますので、特価100円で入手できるうちに、お求めになることをお勧めします。ただし、電子書籍は手直しは、お断りなく致しますこと、ご了解ください。

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2012年7月23日 (月)

先生の根回しで?イジメ防止

Photo 担任の先生は忙しくて、生徒一人ひとりにまで、注意を払っている余裕がないというが、教育の専門家であるプライドを捨てては、先生失格でしょう。
 生徒間のトラブルを事前に察知して、手をうつくらいの手段を講ずることができないでは、プロではありません。教科の専門知識も大事ですが、モット大事なことは、生徒管理でしょう。管理というと、機械的な感じがしますが、担任のクラスが崩壊するような学級運営では困る。

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 全国のクラス担任が、うまく行くクラスばかりではないだろうが、投書の主も、生徒の担任がそういう点で、よくやってくれたのだと思う。いい先生にめぐりあえるのは、幸運かも。

しかしね、昭和も50年か、60年以降は、学校制度によって、先生が締め付けられ、先生自身も、こうしたい、ああしたいと思っても、雑事が多くてというが、土が休みという流れで休日が多くなったのと比例して、多忙になったように見える。安定した収入のある家庭は、私立学校へ行かせようとする親が多くなる。

 昔の話をしていいかな、
 先生が学校に泊り込む宿直、コレは夏目漱石「坊ちゃん」で、坊ちゃんの布団にイナゴをたくさん入れて驚かす話があるが、学校の決まりで、男の先生だけは、順番に宿直していた。それが近年、ガードマンになったし、侵入者がいると警備会社に連絡がいき、ガードマンが駆けつけるようになった。

 夏休み中、担任が宿直の日は夏休みの予定表に◎がついていて、行くところがない生徒たちは集まってくるのがイベントであったりした。勉強を教えてもらいに来ていいとか、星を見たり、花火をグランドでやったり、スイカを食べたり・・・。田舎の小学校や中学校では、こういう里山風俗があったような気がする。それが、消えていったのは、人間の何がそうさせているのか、みんなが考える問題だ。

 イジメが、その時代になかったかというと、人が集まると必ずある。小学三年で、チビのU君が少し大柄な男の子の背中に乗って、あっちへ行け、アイツをやっつけろ!と指示して、ターゲットにされたことがあったが、長くは続かなかった。
 六年生のときは、O君とは後に親しくなったが、運動会の道具倉庫から荷物運びをやっているとき、しつこい妨害をして“イジメ”状態になったので、ガマンしきれず、勝てる相手かどうか、わからなかったが、油断していた顔に一発拳骨を見舞ったら、引いてくれた。しかし、その後は、私の帽子を奪って、二階の窓から校庭へ投げられて、そのときもくやしい思いをした。
 一発殴ったのが、後の出来事であったかもしれないが、その後は、O君とは高校まで一緒であったが、良好の関係を保っていた。彼が、始めて年賀状をくれた人だった。集団リンチのような暴行は、受けた経験はないが、危なかったときは高校の弁論大会で、応援部のやり方を批判したら、呼び出された。

 そのときは、20人くらいの応援メンバーが、待ち構えていたときは、やられると覚悟をした。そのときのリーダーが同じクラスのK君で、それ前に、担任が「野沢を守ってやれ」と他の生徒に言ってくれていたし、たぶん、その雰囲気を察してK君にも、何か伝えていたと思う。だから、私の「弁論」批判に応援メンバーが「やっちゃえ!」といって盛り上がりかかったとき、「待て待て」とK君が止めに入ってくれたので、その場は収まった。

 中学生のとき、二年、三年担任の女の先生は、せっせと家庭訪問をして、家庭の事情を把握して、コミニケーションをとって、反抗期の男の子たちを押さえ、二年間、無事送り出した。
 その間に、文集を二回つくり、文化祭で劇を二回、音楽会二回、生徒会選挙半期ごと年2回で計4回あった。二年間で、近郊へ二時間、三時間歩いて出かける遠足があった。春秋と合計4回あったはずだ。悲喜こもごも、盗難事件あり、怪我、骨折したとか、けんかあり、ホームルームで遠征あり。市内流れる川の清掃と花壇づくりあり・・・、教科書を家に持ち帰らないで、教室に専用書架つくってしまう生徒会長がいたり、文集には生徒の力を結集して、謄写版で印刷し、製本までした。充実した中学生生活であった。

 その中で、高校受験の勉強はしたのだろうか。家に帰って復習した程度で、受験勉強らしい勉強はしていない。
 その中で、いじめ・・・は、中学で止める子が半分いたので、その子たちには、高校受験の勉強している他の子の姿が、どうだろう、彼らの人生にはイジメにも見えたかもしれない。
 “恩讐の彼方へ”行ってしまっただろうが、生徒同士では、小さな意地悪はあった。Kさん、中学までしか行かなかったが、隣の勉強のできるBさんが意地悪でいやだったと同窓会で告白していた。

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2012年7月22日 (日)

お手伝いしたT夫妻、4月引っ越して病院へ

書籍処分お手伝いしたT夫妻(後期高齢者)が、引っ越したのは、三月末であった。半生で集めた書籍は、すっかり金町の中央図書館に寄贈し、夫妻共々、落ち着いたとは伺っていた。その後、何度も「どうですか?落ち着きましたか」と尋ねるのも、ご高齢者に何か急かせているようでもあり、遠慮していた。

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 (蔵書整理)お手伝いに行けなかったからと、後輩の女性Aさんが奥さん(80代)Sさんに絵手紙を送っていたのだが、突然「絵手紙を読む気力がないから、送らないでほしい」と、Sさんの意を受けた姪っ子さんから電話があった。
 善意で絵葉書を送っていたのだが、「(Aさんの絵手紙を)送らないで」と、善意が受け取ってもらえないのは、普段健康な人にとっては、どういう意味か理解できず、相談を受けて私も考えた。
 Sさん、引っ越してから、体調がすぐれず入院しているんだった。そんな絵手紙も嫌がるのは、「Sさん、危篤では?」と、あせって様子でAさんは電話してきたのだった。

 日を置いて、実家に住むSさんの実弟の方に電話して聞いたら、入院した病院に不信感を抱いて、食事を拒否しているのだという話であった。それで、食事をしないので、栄養注射で補てんしているだけで、体力が衰えているという話であった。栄養補給の点滴をするようにと血管に手術をして、今後は点滴しやすくしたから、週が明けたら自宅へ戻るという。
「じゃあ、特に病状が悪いわけではないのですね?」と確認した。
「家に帰れば、気分が変わって食事もできるでしょう」という見通しを聞いて、私自身、納得したが、夫のUさんより、奥さんのSさんの衰えが気になる。
 Sさん、若い時分に肺結核で片方の肋骨を切除しているので、体力がないかもしれないが、しっかりした考えの方であったが、ここへきて、病院の食事に嫌悪感を持つなど、しっかりさが高じているようにも感じる。自分の感情、好き嫌いがモロに出るよう変質してきたかもしれない。

 Aさんが「見舞に行きたい、と言っていますが、どうでしょう?」と、電話したときも、「元気になったら、会います」と、人に会いたくない。病気で弱っている姿は見せたくない。病人独特の感情がある。面会を断るのも、厄介な神経を使うのを避けたいのだろう。その一つとして「絵手紙」になっていたのかもしれない。
「私の人生、大変だったのよ。それを書てまとめたいの」と、2月、3月ころは酸素吸入をしながら、先にやるべき希望を持っていた。
「Sさんが語れば、口述筆記で協力しますよ」と、伝えて、桜が咲いて温かくなったらICレコーダーを持って、話を伺いに行ってこようと思っていた。

病院給食って、患者の都合より、調理師の人の都合で、昼を食べたばかりなのに、お腹が空いていない午後4時に夕食が出されてしまうことがある。患者を無視する病院食は、嫌いになる。敵視してしまうかも。

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