2016年12月 3日 (土)

 教養があるのか?=今日用があるのか? 

 教養があるのか?=今日用があるのか?
  教育あるか?=今日行くところがあるか?
これを高齢者への話に使って、ボケ防止と称して得々としているのは、短絡的な話しだ。

 そんなことに腹を立ててもしょうがないが、もうちょっと頭を使った話を引用してほしいものだ。

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  話しはそれではなく、長寿の人にはCRP炎症レベルが低い人が長寿だという、日野原重明(聖路加病院)105歳が出る番組を見た(録画)。マルティン・ブーバーの言葉を最後に語った。
「人は創めることを(新しいことをする)
忘れなければ、
いつまでも若くある」

_portrait_2 このマルティン・ブーバーという人物はどういう人か?と調べたら
彼はユダヤ人で、1878年オーストリアで生まれ、学者の祖父の家で青年時代を過ごし、ベルリン、ライプテッヒ、チューリッヒの諸大学で学び、哲学、文学、芸術等の研究、1924年から33年までフランクフルト大学の比較宗教学の教授を勤めた。
 ナチスの台頭により、1933年ドイツを追放され、諸国を放浪したあと1938年にパレスティナに来て、イスラエルのヘブライ大学で社会哲学を講じた。正当な講座はついに与えられなかったらしい。生涯に遭遇した幾多の迫害、苦難にもかかわらず、一貫して〈われ―なんじ〉の思索を深め、1965年、その生涯を終えた。
 《 輝かしい人類への遺産 『我と汝・対話』 》と、その生涯に対し残 た。この文=ブログを書いた人は、ブーバーの著作を翻訳した植田重雄先生の力量を評価している。

 Photoここで植田重雄先生に出会うとは、驚いた。生きていた現物の先生は、余りとっつきが良くない先生だから、先生を4年まで授業を取ったのは、先生の偉さを知らなかった、俺だけだった。

『我と汝・対話』(岩波文庫)原本は、1923年にドイツ語で出版された『Ich und Du』と、1932年に出版された『Zwiesprache』である。
 『Ich und Du』は英訳、仏訳で広く各国で読まれ、特に西欧の思想界に大きな影響を与えた。
植田重雄先生(2006.05.18植田重雄、逝く)
(うえだ しげお、1922年 ‐ 2006年5月14日)は、日本の宗教学者、早稲田大学名誉教授。 静岡県生まれ。早大文学部卒。1976年、「宗教現象における人格性・非人格性の研究」で文学博士(早大)。早大商学部助教授を経て、教授。1983年に定年退任、名誉教授。
 死因は胃がんとのことだが、八十三歳、昭和三十五年には三十七歳ということになる。書架にある植田重雄「旧約の宗教精神」をお書きになったのは、三十六歳ころであったか。しばし感慨に打たれる。

 オレが出会ったのは、三十代だったとは思えなかった。50代だろうという印象だった。哲学者というのは、思考が複雑で単純な思考では理解できない。 最後に習ったのは、インドのタゴールだった。マルティン・ブーバーの話しは一言も聞いていない。

 先生は、晩年のブーバーと文通しながら、6年の歳月をかけて『我と汝・対話』を日本語に翻訳された。残念ながら翻訳された本は、ブーバーの亡き後に完成し墓前に捧げられた。
 「ブーバーによれば、人間のとる態度には『我ー汝』による主体的な出合いを遂げる道と、客観的な関係を示す『我ーそれ』の二つの道がある。『我ー汝』の出合いに生きる実現によって現代の人間の危機を克服できるという。」と先生は述べている。
 また「わたしは固定した宗教教団、教派の歴史から離れ、人間に内在する普遍的な宗教性を探るようにつとめた。『我ー汝』に文化を広く認めようと思った。」と先生自らの立場を表明している。

 ブーバーの思想に人生の救いを見出して、『まなざし仏教塾』を主宰している人が、植田重雄先生をたてまつっているのだ。
〒904-2215 沖縄県うるま市みどり町3-18-12
             しげま小児科医院
  まなざし仏教塾代表:志慶眞文雄(しげまふみお)

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2016年11月15日 (火)

録音起こし、日本語文章にして頂ける方を募集

 録音、日本語文章にして頂ける方を募集000001
●録音データを受け取って、日本語文章にして頂ける方を募集します。平成28年11月28日まで
 仕事はすべてパソコン上のワードで行い、納品はメールです。
 応募して頂く方は、今後もお仕事をして頂けることを希望します。
>   
●当社の希望としては、
 30分程度の録音を一日(一晩)で文章(日本語)にできる以上の能力の方に仕事を依頼したいと思っています。標準:新聞の文章レベル
(練習をしたい方は、その旨を申し出てください)
>
●録音の受け取りは、当社と共有のドロップボックスを設置して頂き、データの受け取りをお願いします。担当者には、ドロップボックス設置手配をしますので、メールでOK返信をしてください。

●仕事は、連絡したときに、できる方を優先します。
   http://www.nozawa21.net/お問合わせ/
今回は、1時間録音起こし=6,000円>・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 録音起こし練習希望者 募集
(データ入力できる方に限ります)

練習課題録音ファイルをDropBoxに入れますので、
ダウンロードしたら、返信メールをください。
録音ファイルは、練習後に残しておかない様消去してください。

●録音起こしコツ:
①録音聞いて覚えられるところまでで、一旦止めて、入力してください。(多少曖昧な部分も、入力して、次に進んでください。)

②覚えられる量の多いと進みが速くなります。
まず、最後まで起こしてのち、もう一度聞きなおしてください。

③Okoshiyasu をダウンロードして使うと、便利かもしれません。

④ずつ、などの表記に気をつけて、正確な日本語に注意してください。
●また、段落は、内容にしたがって、一字下げて記載してください。

⑤書式設定は、自分勝手な文字数・行数にしないでください。
> ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
>     ㈲野沢工房ネット21 野沢 常雄
>   〒125-0054 東京都葛飾区高砂8-13-5 
>   電話(03)3609-4594 FAX 3609-4758
> ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
          nozawa21@nifty.com

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2016年10月15日 (土)

「自分磨き」話す、書く、読む、聞くの五感を磨く目的のサークル

 目標:自己形成と話せる仲間つくり


葛飾区に「自分磨き」話す、書く、読む、聞くの五感を磨く目的のサークルを
区長の応援を得て、つくりたいと思っている。「自分磨き」のサークルを区全体にネットを張り巡らせるために、まず最初にリーダー養成をしなければならない思う。

その参加者からは、金を取る代わりに「時間銀行」の時間券を払ってもらう・・・というアイディアを考えている。

 時間券は相手の労働力を買うことができるという考え方。そうすると、市場経済とは別の経済圏ができるという考えができる。既に実行している場所があるらしいです。

自分みがきを目標

サークルの区内の展開 責任者養成

話す、聞く、書く、読む。ここへ焦点を当てて訓練されているか?中味のある会話できる人になろうとしているか?

★本心とは、自分の悩みや困りごとに力になってもらえるという意味。

本サークルは「話し方教室」が原型で、パソコンを駆使した発展形である。

遊興に堕することなく、政党や宗教に偏しない仲間作りを目指す。1年間の試行錯誤の期間を経て、正式発足へ発展させる。各地の憩い会館の空き教室の利用、そこへ区内の専門、一芸に秀でた方の発表の場にもなり、一般参加者自身の研鑽の場を作りたい span>

①聞く力:主催者が招待した人の話を聞く
話す力:3分間スピーチ。心に残った記事、自由題、持ち寄って、発表。

書く力:自分史原稿として残して蓄積して、一冊にしていく。

読む力:話す力の材料の収集

★★それを展開して、自分みがき・仲間つくりを目指す。★★

 

●インターネット放送を目指す

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2016年9月 3日 (土)

財界「ランキング情報 テープ起し部門」全国1位

 財界「ランキング情報 テープ起し部門」全国1位

 形態 内容 要件・コメント            

録音60分単価(税別)       

通常(3日仕上げ)/ 特急(24時間)                  

                   1             講演/講義/口述 一人で話す形式            

 

(通常)12,000円 /
(特急)×1.5                 

録音1分当たり200円
                  (税別

 

 

 2        座談/複数トーク 氏名特定(3名無料)            
                     3       取材/電話/雑談 取材やアンケートな            
 4             出張録音  交通費+機材込み             (通常)24,000円 /(特急)×1.5            
 5             隠しマイク録音 弁護士・裁判所提出用             (通常)26,000円 /(特急)×1.5                 
出張録音:録音時間1時間以下の場合は、交通費別。
    仕上げ原稿は、メールでワード添付納品です。
準急料金 1.2倍 48時間       特急料金 1.5倍 24時間            
納品は、通常添付メールで送付(別料金:フロッピー/CDレイアウト設定、紙プリント            

ICレコーダー録音なら10時間でも、
          ファイル転送/DropBoxアップ可能
                

 原稿まとめ 
 基本料1万円+400字原稿用紙1枚2,100円 (消費税込み)

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2016年9月 1日 (木)

データ入力(基準料金)

データ入力(基準料金)

 DM専用データ3項目              通番号               氏名               郵便番号               住所              入力者名            
                 2000件以上 日本語の場合             サービス             10円(2000件未満 15円)              

 A4・B5用紙に整理されている場合、割引いたします。                

 項目追加は単項目料金参照                

 数が多い依頼の場合は、見積もりメールでご相談ください。
問い合わせ窓口←クリック
                

 

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2016年8月28日 (日)

版画だといって送ってくれた。

Image1 版画だといって送ってくれた。ひと目見て、おお、すげえじゃんと思ったが、見慣れると、欠点も見える。
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 高校生になると、美大を目指す学生の作品はコノ程度ではないだろうから。

 一芸で食っていけるなんてのは、難しい。バレイをやったり、将棋をやったり、テニスをやったり、英会話をやったり、右脳訓練をやったりしても、最後高校生になるまでに、止めていく。

 才能が飛び切りでないと、それでは食えない。ピアノ、ヴァイオリンとかも、そうだ。何が欠けても、運、ヒキがないと。生き方上手でないと、だめかも。

 学力とか、知識ではダメになってしまうことが、恐ろしい。普通こそが一番大事。これを大事にして、押しのけないでもいい。押し上げられてこそ、本物だ。これが、戦前の日本の基本教養だった。あれは、仏教と儒教の裏打ちされた日本人の共通認識だった。それがアメリカの市場経済が洪水のように流れてきて、日本人の持ち前の教養が吹っ飛んだ。僅か残るのは、「ニッポン、がんばれ」の一辺倒の応援。
 危なっかしい。

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2016年8月27日 (土)

パーキンソン病 原因は何か.

パーキンソン病 とは、話には聞いたが、それはどんな病気かわからなかった。

原因は何か.
 原因は現在も不明です。脳の病理学的変化では、中脳の黒質こくしつドーパミン性神経細胞の変性が確認されています。ドーパミン性神経細胞の変性により、神経伝達物質であるドーパミンの産生が減少し、前述した特徴的な症状が現れます。
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 症状の現れ方.
片方の手の震え(安静時振戦しんせん)
歩行障害が多く、前かがみで小きざみに歩く。
筋のこわばり(歯車様固縮こしゅく)
手足の震えは当初は片側、進行すると反対側にも。
(すくみ足)1歩めが出にくくなり、
(小きざみ歩行)歩幅も小さくなります。
(動作緩慢)全体に動作が遅くなり、
方向転換や寝返りが苦手になる。
(突進現象)歩いている足が体に追いつかなくなる。
(姿勢反射障害)姿勢の反射も障害され、前のめり姿勢が直せずに転倒する。
 そのほか、
(仮面様顔貌)表情が乏しく、おでこや頬が脂っぽくなる。
(起立性低血圧)自律神経系では、便秘や立ちくらみが現れる。
 うつの精神症状もみられるが、知能は正常に保たれる。
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2016年8月25日 (木)

渋沢 栄一 「私利を追わず公益を図る」 道徳経済合一説

Shibusawa渋沢 栄一(しぶさわ えいいち、天保11年2月13日(1840年3月16日) - 昭和6年(1931年)11月11日):江戸時代末期(幕末)から大正初期にかけての日本の実業家。
 
第一国立銀行や東京証券取引所などといった多種多様な企業の設立・経営に関わり、「日本資本主義の父」ともいわれる。理化学研究所の創設者でもある。
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天保11年(1840年)、武蔵国榛沢郡血洗島村(現埼玉県深谷市血洗島)に父・渋沢市郎右衛門元助、母・エイの長男として生まれた。Sawa幼名は栄二郎のちに、栄一郎、篤太夫、篤太郎。渋沢成一郎は従兄。

Rmation 渋沢家は藍玉の製造販売と養蚕を兼営し米、麦、野菜の生産も手がける豪農。原料の買い入れと販売を担うため、一般的な農家と異なり、常に算盤をはじく商業的な才覚が求められた。
 市三郎も父と共に信州や上州まで藍を売り歩き、藍葉を仕入れた。14歳からは単身で藍葉の仕入れに出かけた。この時の経験が、ヨーロッパの経済システムを吸収しやすい素地を作り、現実的な合理主義思想につながったといわれる。

 パリ万国博覧会に将軍の名代として出席する慶喜の弟・徳川昭武の随員として御勘定格陸軍付調役の肩書を得て渡航。パリ万博を視察したほか、ヨーロッパ各国を訪問する昭武に随行。各地で先進的な産業・軍備を実見すると共に、社会を見て感銘を受ける。ちなみにこの時に彼に語学を教えたのは、シーボルトの長男で通訳として同行していたアレクサンダーである。この後も、交友は続き、アレクサンダーは弟ハインリヒと共に後に、明治政府に勤めた渋沢に対して日本赤十字社設立など度々協力をする。

 なお フランス滞在中に、御勘定格陸軍付調役から外国奉行支配調役となり、その後開成所奉行支配調役に転じている。パリ万博とヨーロッパ各国訪問を終えた後、昭武はパリに留学するものの、大政奉還に伴い、慶応4年(1868年)5月には新政府から帰国を命じられ、9月4日(1868年10月19日)にマルセイユから帰国の途につき、同年11月3日(12月16日)に横浜港に帰国した。

 帰国後は静岡に謹慎していた慶喜と面会し、静岡藩より出仕することを命ぜられるも慶喜より「これからはお前の道を行きなさい」と言われ、フランスで学んだ株式会社制度を実践するため、明治2年(1869年)1月、静岡にて商法会所を設立する。
Ung
 大隈重信に説得され、10月に大蔵省に入省する。大蔵官僚として民部省改正掛(民部省と大蔵省統合)を率いて改革案の企画立案、度量衡の制定や国立銀行条例制定に携わる。
 しかし、予算編成を巡って、大久保利通や大隈重信と対立し、明治6年(1873年)に井上馨と共に退官した。
 明治8年(1875年)、商法講習所を設立する。退官後間もなく、官僚時代に設立を指導していた第一国立銀行の頭取に就任し、以後は実業界に身を置く。また、七十七国立銀行など多くの地方銀行設立を指導した。
 第一国立銀行ほか、東京瓦斯、東京海上火災保険、王子製紙(現王子製紙・日本製紙)、田園都市(現東京急行電鉄)、秩父セメント(現太平洋セメント)、帝国ホテル、秩父鉄道、京阪電気鉄道、東京証券取引所、キリンビール、サッポロビール、東洋紡績、大日本製糖、明治製糖など、多種多様の企業の設立に関わり、その数は500以上といわれている。

 若い頃は頑迷なナショナリストだったが、「外人土地所有禁止法」(1912年)に見られる日本移民排斥運動などで日米関係が悪化した際には、対日理解促進のためにアメリカの報道機関へ日本のニュースを送る通信社を立案、成功はしなかったが、これが現在の時事通信社と共同通信社の起源となった。

渋沢が三井高福・岩崎弥太郎・安田善次郎・住友友純・古河市兵衛・大倉喜八郎などといった他の明治の財閥創始者と大きく異なる点は、「渋沢財閥」を作らなかったことにある。

 「私利を追わず公益を図る」との考えを、生涯に亘って貫き通し、後継者の敬三にもこれを固く戒めた。
渋沢は財界引退後に「渋沢同族株式会社」を創設し、これを中心とする企業群が後に「渋沢財閥」と呼ばれたこともあったが、これは死後の財産争いを防止するために便宜的に持株会社化したもので、渋沢同族株式会社の保有する株は会社の株の2割以下、ほとんどの場合は数パーセントにも満たないものだった。
他の財閥当主が軒並み男爵どまりなのに対し、渋沢一人は子爵を授かっているのも、そうした公共への奉仕が早くから評価されていたためである。

 実業界の中でも最も社会活動に熱心で、東京市からの要請で養育院の院長を務めたほか、東京慈恵会、日本赤十字社、癩予防協会の設立などに携わり財団法人聖路加国際病院初代理事長、財団法人滝乃川学園初代理事長、YMCA環太平洋連絡会議の日本側議長などもした。

 日露戦争開戦の前年にあたる明治36年(1903年)、対印貿易の重要性を認識していた渋沢は、大隈重信らとともに日印協会の設立に携わり、第3代会長をつとめた。

関東大震災後の復興のためには、大震災善後会副会長となり寄付金集めなどに奔走した。

 当時は実学教育に関する意識が薄く、実業教育が行われていなかったが、渋沢は教育にも力を入れ森有礼と共に商法講習所(現一橋大学)、大倉喜八郎と大倉商業学校(現東京経済大学)の設立に協力したほか、二松學舍(現二松學舍大学)の第3代舎長に就任した。学校法人国士舘(創立者・柴田徳次郎)の設立・経営に携わり、井上馨に乞われ同志社大学(創立者・新島襄)への寄付金の取り纏めに関わった。また、男尊女卑の影響が残っていた女子の教育の必要性を考え、伊藤博文、勝海舟らと共に女子教育奨励会を設立、日本女子大学校・東京女学館の設立に携わった。

 また日本国際児童親善会を設立し、アメリカの人形(青い目の人形)と日本人形(市松人形)を交換するなどして、交流を深めることに尽力している。1931年には中国で起こった水害のために、中華民国水災同情会会長を務め義援金を募るなどし、民間外交の先駆者としての側面もある。なお渋沢は1926年と1927年のノーベル平和賞の候補にもなっている。

 道徳経済合一説
 大正5年(1916年)に『論語と算盤』を著し、「道徳経済合一説」という理念を打ち出した。幼少期に学んだ『論語』を拠り所に倫理と利益の両立を掲げ、経済を発展させ、利益を独占するのではなく、国全体を豊かにする為に、富は全体で共有するものとして社会に還元することを説くと同時に自身にも心がけた。 『論語と算盤』にはその理念が端的に次のように述べられている。
 富をなす根源は何かと言えば、仁義道徳。正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することができぬ。
 そして、道徳と離れた欺瞞、不道徳、権謀術数的な商才は、真の商才ではないと言っている。また、同書の次の言葉には、栄一の経営哲学のエッセンスが込められている。

A53ad5 事柄に対し如何にせば道理にかなうかをまず考え、しかしてその道理にかなったやり方をすれば国家社会の利益となるかを考え、さらにかくすれば自己のためにもなるかと考える。そう考えてみたとき、もしそれが自己のためにはならぬが、道理にもかない、国家社会をも利益するということなら、余は断然自己を捨てて、道理のあるところに従うつもりである。

 幕末に栄一と同じ観点から備中松山藩の藩政改革にあたった陽明学者・山田方谷の門人で、「義利合一論」(義=倫理・利=利益)を論じた三島中洲と知り合うと、両者は意気投合して栄一は三島と深く交わるようになる。栄一は、三島の死後に彼が創立した二松学舎の経営に深く関わることになる。
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2016年8月23日 (火)

つれづれデジカメ日記 気にしない気にしない。幸せなんだから

 毎回、ひそかにつれづれデジカメ日記 を見させて頂いている。
 きょうはサチさん元気か、気にしている。息子さんを亡くして、その後お連れ合いを亡くし、最近はお疲れ気味のサチさんが体調を崩したと書かれると、女性の中に割り込んで記入は遠慮しているが、「無理なさんな」と声を掛けたくなる。
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 先日のブログでは、施設の中で暮らしているHさんがパーマを掛けにきて、彼女がその施設で恋愛中だという話が書いてあった。その施設で、彼氏が出来るなんて素敵だと思うが、やきもち焼きの周りにイジワルされていると書いてあった。

 ちょっと引用させてもらうと
お互いに好意を持っている異性が施設内にいるのだが、周囲が意地悪で困ると言う。
『何で幸せになろうとしているのに協力してくれないのかしらねえ。』
サチ「正式に結婚しちゃったら? 外で一緒に暮らしてみるのもいいんじゃないの?」
『それがねえ。 お互いに子供たちが反対しているのよ。 遺産の問題もあるしねえ。』
『ヒソヒソ話とか、噂を広めるとかされてもねえ』
サチ「気にしない気にしない。事実幸せなんだからある程度はしょうがないと思うけど、、、」
 これはかなり難問だと感じた。Hさんには無論幸せになって頂きたいが、周囲の思惑も又判る様な気がしたからである
。”引用がご迷惑でしたら削除します。ご連絡ください。

 サチさん自体も、気になる相手はベルだけという平穏な生活から、そういうことにも興味をもったら、案外元気になるのではないかと思ったりする。

 今は、長寿の時代だから、関心コトが狭くなるのが一番よくない。加齢によって、徐々に外の世界に興味を失うから、注意したほうがいい。

他の人に声掛けたら、自分にも
「気にしない気にしない。幸せなんだから」と、声を掛けたらいい。

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2016年8月22日 (月)

時間銀行 自分の技能や労働を働いたら預金し、必要な労働を買う

『時間銀行』。日曜日のラジオで紹介を聞いて、コレが日本にあったら、ぜったい飢え死ぬことはない。セーフティネットにもなる。私が以前から「労働力で納税」してもいいと考えていた。そうしたら、滞納も減るし、税収も上る。平安時代の昔にあった「租庸調」の「庸」がそれに当る。
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 庸:正丁(21歳~60歳の男性)・次丁(61歳以上の男性)へ賦課された。京へ上って労役が課せられるとされていたが(歳役)、その代納物として京へ納入したものを庸といった。庸を米で納める場合は庸米(ようまい)、布で納める場合は庸布(ようふ)と称した

 今の市場経済では、大企業中心の経済でお金持ちは1%、99%は金で苦しんでいると言われている。町中を見ると、個人の商売が成り立たなくなって、本屋がつぶれ、たばこ雑貨屋は閉店、呉服屋が苦しそう。大型スーパーが席巻している。カネを持っていると、株に投資させようとして、庶民のもちがねを取り上げる算段する政府。

 年金の支給で庶民は飢えない程度のカネで、ヒヤヒヤの人生を強いられているのが現状だ。そこで、この諸悪の根源である市場経済に対抗するには、「雇用なしで生きる」方法を考えないと、人間は生きているこの世が一番の煉獄である。早く死にたいと叫ぶ人が多くなる。

200_「ルポ 雇用なしで生きる」
――スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦 
著者 : 工藤律子 ¥ 2,160 岩波書店 (2016年2月19日発売)
 レポートのせいか、中味の文章がパサパサで面白くない。もう少し味わいある豊な中味と具体性のある報告がほしい。

 この「時間銀行」の話を聞いたとき、ハタと膝を打った。市場経済の側からクレームがつくとは思わないが、邪魔されないか危惧がないわけではないが、まだ大丈夫だ。

時間銀行」は
 銀行に参加する人同士が時間を交換単位で「銀行」に参加するメンバー同士でサービスのやり取りをする仕組み。コレが基本。あらかじめ、じぶんの提供できるサービスを登録し、依頼されたサービスを提供すると、かけた時間分を「時間預金」できる。依頼者は同じ時間数を自分の預金口座から差し引かれる。

 例えば、Aさんが1時間Bさんのパソコンの修理をしたら、Aさんに1時間の預金ができ、その1時間分の預金で別のメンバーに1時間分マッサージを依頼できる。
 一時間のサービスを受けたBさんは、他のメンバーに依頼された引越しの手伝いを3時間すれば、差し引き2時間の預金ができる。そうやってメンバーが多方向に助け合うのが、時間銀行である

 葛飾区のなかでも、コレを実行したら、「すぐやる課」で取手だったかで有名になったが、あの式で、葛飾も有名になるぞ。区長に面接して、区の支援をもらえたら、おもしろい展開ができる。

 時間預金だけでなく、不要物交換のようなプラスαを加えて「時間銀行+プラスα」としたら、シニアクラブの事業として、盛り上がるような気がしてならない。この中で、時間銀行の事業として「自費出版」「自分史」事業が可能になる。

 どうやったら、「時間銀行+α」の実務が動き始めるか、区などに相談したい。そのために、まずサポーターになって人を知る必要がある。その中に入って参加しないことにはしょうがない。

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イタリアの場合
 イタリア各地にこの組織はあり、メンバー登録をして時間が空いている時間に他のメンバーのために家事の代行、植物や動物の世話、ベビーシッターなどの仕事をする代わりに、自分が働いた分の時間だけ他人に雑用を肩代わりしてもらうという仕組みだ。自分ができること、またはやってほしいことはオンライン上の掲示板を通じて情報を交換する(例えば「繕いものします」、「壊れた家電を直してください」等々)。“交換”は仕事内容や仕事をした人の社会的地位に関係なく、単純にその労働に費やした時間で計算される。

 ミラノの場合、公立幼稚園は延長保育でも18時まで。先生のストも多い。
 実は「BDT」が生まれたのは1980年代後半で、もともとは奉仕を交換することで人間同士が助け合うことを目的としたボランティア活動だったのだが、この不況を反映して、時間のないワーキングウーマンたちから一気に注目が集まっている。

 イタリアではベビーシッターや掃除人を利用することはごく一般的だが、実際のところ費用のほうはなかなか馬鹿にならない。そこで彼女たちは効率的なこのサービスに目をつけ、労働を交換することで金銭的な負担を増やすことなく、時間がないときのピンチを切り抜けるというわけだ。ゆえにメンバーの70%は女性で、キャリア世代が中心だとか。強くたくましく抜け目のないイタリア女性ならでは。ちなみにイタリアにも「Il tempo e’ denaro(時は金なり)」ということわざは存在する。

 国や企業に対する絶望から、多くの市民が従来型の雇用や上からの「支援」に依存するのをやめ、困難の中で相互に扶助して生きていく手法を模索するようになった。

 その中で、労働力を無償で提供しあう時間銀行や、ユーロの現金を介さない地域通貨、協同組合方式の働き方・暮らし方などが各地で工夫されていった。身近な問題を解決するために生まれたそうした運動がネットワーク化して、領域的にも多岐にわたる連帯経済のシステムができあがったことを著者は多様な事例を通じて見せてくれる。

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