2017年11月12日 (日)

アンケート記載文章を入力して頂ける方 募集

  急募!平成29年11月14日から
●アンケート資料を受け取って、記載文章を入力していただける方 募集します。
   仕事はすべてパソコン上のワードで行い、納品はメールです。

 初めての方は、電話連絡頂き打ち合わせを行います。
 応募して頂く方は、今後もお仕事をして頂けることを希望します。

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2017年11月 7日 (火)

中学生日記 昭和28年から30年 同窓会で昔話を語る

 数え年で「傘寿の同窓会」を郷里岐阜県中津川市へ帰り、湯舟沢のクワハウス華更紗で同窓会。そのとき、話したのは、中学生時代のことであった。小学生時の思い出とともに中学生時代。その後、50代で亡くなったA君との交流について語った。

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 昭和28年(中学2年)
 中2~3担任は、中津高校創立者の間家の孫にあたる間太利先生。女の独身先生(38歳)であったので、反抗期の我々と波長があうか、そのことで波乱あり。数年前、98歳で他界。
 
0372
5/29 栄町三井金物店(現在ビジネスホテル栄)にテレビ設置、もちろん白黒TVをYツーちゃんと見に行ったら、栃錦と吉葉山の結びの一番、吉葉山の勝ち。中継アンテナ基地もきちんとできていないから、雪が降っているような画面であったが、中津で初めてのテレビである。
6/16 深夜、栄町旭パン工場から出火、12軒が類焼。寝巻きのまま出かけ、中津川駅の端から眺める。翌日は現場へ英語の塾へ行く前に見に行った。歩数で数えたら68歩。見当では40メートルくらい類焼、焼け跡は独特のにおいだった。
8/03 近くの川でウナギを捕まえた話、全く個人的な話題なのに、意外と「どうした?」と興味もっていた。(そうか、これは、赤字の評があった。太利先生に提出した日記という話をするのを忘れた)
9/29 乙姫岩は遠足した。先生は38歳、16貫の体型だったコロ。日がカンカン照りで「帽子をかぶらないと、はげるよ」と注意された記憶を語る。
10/09 青木、安江両君が、10円玉三個つかって髪の毛を抜くイタズラ。
10/14 映画「夜明け前」を旭座で見た。「前代未聞、前代未聞」と言って隣のおじさんが青山家へ入ってくるシーンが印象的であった。最後、青山半蔵は、座敷牢で狂って死ぬ。
11/10「生きている兄」長尾先生、音楽の時間に、長い作文を録音で聞かせた。北海道で遭難した兄を偲んで書いた優秀作文。
11/29 秋の文化祭で演劇「ウイリアムテル」O君、迫真の演技、本田先生の批評。
あのとき3年1組が「とししゅんは」と印象的な声で愛ちゃんが・・・桃源郷
6組は「クリスマスキャロル」で、勝野が印象的だった。
昭和29年
3/01 間先生宅へ勉強を教わりに行って上がらず、逃げ帰り、フジスポーツ運動具店S君宅へ上がった。「魔弾の射手」レコードを聴いた。
3/07 文集「鉄の玉」作成、黒塗り(反戦思想と男女交際記事を学校から禁止)
3/11 K納君の腕の骨折、M得君と相撲していて、
3/20 生徒会選挙 浅野勇生徒会長当選。会計T時子(応援弁士N育子)ここまでが中二、一年間の話である。
 
昭和29年(中学3年)
4/09 転校生N穂波、初登校。
4/12 小木曽独行(聾唖者)の講演会、聞き取りにくい話だが、生きる意気込みだけは伝わった。
4/21 「心臓破りの丘」(映画)旭座で見る。
4/20 根ノ上高原へ遠足
4/22 「恵麓新聞」二中わんぱく少年、K先生部顧問、 
4/26 反省学習(数学)100点とったのは8名いて、それが本日出席者5名入っていた。入っていない人には差別になるか、気になる記録である。T時子、N純子、H昇、I和子、N育子、私、+1名。
5/02 休日を利用して「次郎物語」第一部、第二部読む。次郎の母お民が乳が出ないので、お浜に預ける。五年位たって次郎を返してもらうが、お浜が恋しい次郎は・・・
6/18 「禁じられた遊び」映画を旭座で見る。
   このころ、「本州製紙」の工場見学
7/20 ホームルームの議長がHであったが、進め方が独断的であった。
7/27 午前10時30分からプール監督に行った。橋場先生が見えた。監督日誌をつけて帰った。
9/06 二中開校6周年記念式
9/17,18京都、奈良、修学旅行へ 台風14号、最悪な天候であった。(松島さんが盲腸で急病で校長の付き添いで帰る)
9/27 台風15号、青函連絡船洞爺丸ほか数隻が沈没の大事故。
9/29 運動会 朝は雨降っていたが、運動会が始まると晴れてきた。
    応援団長で、声がかれた。
10/3 PTA連合運動会 またもや、応援団長で、声がかれた。
10/8 後期生徒会役員立候補の立会い演説会。司会進行を担当。
10/11浅野君と成人指定の映画「どぶ」と「愛」二本立てを見に行く計画。
   後日見て、売春映画で、乙羽信子が薄汚いと感じられ仕方なかった。
10/16~一週間、職業実習期間、これも、それぞれの立場から思い出があり、発言多し。
10/23 HR運営委員会、先生イジメをする計画を語る反抗期の三年生。
10/30 映画「破戒」を見た。部落民の身分を隠して丑松は教師だったが・・・
11/01 学校劇「恩讐の彼方」企画、脚本作成から浅野君の活躍。
 A勇、K勝也、S原英亮、Nら、男ばかりの劇だったが、
11/02 落合のトンネルの上の「見晴公園」で写生大会。距離は、乙姫岩より近い。
11/17 生徒工場裁断機で、M君指切断。(アルバム作成中)
11/18 旭座で「二十四の瞳」を見た。“浜辺の歌”が印象的だった。
11/26 練習。雨の一日。11/29・12/01(PTA総会で披露)
 長いキセルであばずれの女役をやった彼女の親が、ウチN尾さんの母に「あんな役」と嘆いていた話など、半世紀越しで聞いた。
12/08 文集「岐路」の作成開始 100部作成予定で、半分を販売計画
12/18 土曜日だったので、A君宅へ午後2時から午後7時まで、たっぷり話し込んできた。
    帰りの中村用水路脇を自転車で走るのはこわかった。
12/21 深夜の火事、中部電力の火災
昭和30年
3/01 文集「岐路」錐で綴じて完成 その後、キリをつかってダーツで遊ぶ。
3/11 卒業記念の会食会、二中ケーキ、N育子、お富さんを歌う。
      中川先生、村の壷に酒を集めたら、水ばっかりと言う話
3/18 (中津)高校入学試験雨。大雨の中、高校の坂を上る。
 

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  今回、私の故郷中津川市へ帰ってきました。
メインの用事は同窓会でありましたが、
中学2年で3年までの二年間の担任(間太利先生)の家も伺ってきました。姪ごさんがいるだけになっていたが、ちょくちょく伺っていた昔のままでした。
 今は、写真と明かりがともる仏壇に手を合わせて、ひと時を過ごして参りました。
 
 同級生のお母さん、母親が女学校の同期である。したがって、私たちは同期の子たちで、太利先生は、自分の子供のような心境で接していたと想像している。
 先生の家は、中津川市の目抜き通りで、江戸時代以前から、祖先は名家として名が通っている家柄だった。島崎藤村の「夜明け前」、幕末志士に協力する活躍ぶりが触れられている。また、三代前の当主間杢右衛門は、町を見下ろす旭丘に、岐阜県で二番目に古い「(中津)女学校」を作り県に寄付。今の県立中津高校になっている。
 
 そういうことは、大人は知っていても、中二の我々には関心がない。見れば太目の中年オールドミス、中学生の特に男子には、印象は悪かった。なんで隣りのクラスは30代の男先生なのに、なんで?という印象だった。
 先生、教える教科は、数学と理科がメインだった。
 ピアノも弾けるから、クラスの主題歌を作ろうと言い出したのは、先生だった。朝の歌は決まらなかったが、「帰りの歌」中津川市の西に笠置山があり、“笠置の山も黄昏れて♪…”と、二年間歌ってから、帰っていた。文句をいいつつ、従っていた。
 先生の体重は、16貫目(3.75 ㎏×16=60㎏)あった。
 教育の場で生徒と戦うには、これくらいあったほうが良かったかもしれない。当時はダイエットなんて感覚はないから、太めは太めで個性で通っていた。
 四つ目川の花壇つくりで、クラスで作業していたとき、不真面目で作業をしないA君を叱りつけ、大柄な彼をぶっ飛ばした。中三の男子をリードするには、体力があればこそだと思った。
 私はホームルーム中、先生の説明を妨害して、ヤジを繰り返したら、教壇から下りてきて、一発頬をぶちかまされた。
 その日、先生は夜になって学校帰り、私の家へ来て、父と母に
「●君を、こういうわけで、ブってしまいました。すみませんでした」
と詫びているのが聞こえた。先生は、こうして叱りつけたあと、必ず、生徒宅へ放課後でかけて、しかりつけてぶっ飛ばした事実を親に謝罪していた。
 学校の校区は、円で描けば、半径でも40分~50分はかかるだろう。その生徒の家を知っていた。毎日のように、誰か休んでいたり、問題があれば家を回った。
 そのときは、先生ってこういうものだと思っていたが、授業以外の部分で並々ならぬ努力をしていたのだ。授業で勉強を教える部分より、授業外の生徒のケアに努力していた。と今になって痛感する。
 中学二年、三年生の頃は、先生の困ることを次から次と起こして、それを楽しんでいた。
 

 私たちの中学は、勉強より、イロイロな面の活動が盛んであった。
 文化祭で演劇をクラス単位で行った。二年では「ウイリアム・テル」、三年では「恩讐の彼方へ」(菊池寛)を行った。
 また、毎年クラス単位で文集も生徒が自発的に作った。「(二年)鉄の玉」「(三年)岐路」を製作した。勉強以外の面では、かなり充実していた。
 三年の文集作成過程で、集金していたお金が紛失して、編集委員として残っていた人に疑惑がかかり、
「机の上にカバンを置いて廊下に出なさい」と、
 一人ひとりにお金を盗んだ事実を確かめ始めた。先生一人でカバンを一個一個チェックして検査した。
 すると、「そんな疑惑を掛けるなら、編集委員を辞める」
 と生徒会長だったA君が言い出た。
 Aクンは、編集委員全員を引き連れて、ストライキ風に先生に反抗して立ち向かった。先生として、盗難問題を解決しなければならないし、文集作業の頓挫も困る。先生は授業の終わったあと、
編集委員の家を一軒一軒、夜遅く訪ねてきた。広い校区を先生は車ではなく、歩いて回っていたから、すごく大変な労力だった。
 盗難問題に疑惑で、「編集委員を辞める」というAクンの論理に疑問を感じていたので、私は「編集委員を辞めるつもりはない」と、訪ねてきた先生にいうと、ホっとした表情になったのが印象的だった。私の家を最後に(緑町の)自宅に帰るのだろう。
 お金の盗難疑惑は、先生の労苦で解決したが、犯人の個人名は最期まであいまいのままにして終わったが、父親が先生に謝罪しに来た姿を見かけたという情報で一部の人にはバレた。
 体育祭は、もちろん、遠足もある。クラス役員は、級長、生徒会議員、等の生徒会活動もある。生徒会会長にも立候補し、当選することもあった。
 
 先生は、中津女学校第25回卒業110名(昭和8年3月)の中にいる。うちの父の妹四季代叔母24回、美世叔母が26回卒業の間である。
 昔は17,18歳で
高等女学校を卒業すると、一年目から和裁を習い、料理とか、花嫁修業した。その間に、見合い写真が回り、数年のうちに結婚が決まるのが普通だ。
 ところが、女学校時代の同級生が花嫁修業しているのに、親の反対を押し切って大学へ行って教員になった。
 
 先生とは、私は大学へ行っている間も、社会人になったのちも、帰省するたびお目にかかって、いろんな話をしていた。
 生徒がその後、どうしているか、いつも世話し続けている印象がある。ご自身のことは放置して、生徒の結婚の世話や問題を起こした生徒の始末に奔走していた。そんな
公表できない話も、片手にあまる。両手を広げて受け止めるほどだ。

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2017年10月16日 (月)

投票先自民党32.9、希望15.0、立憲14.6、公明8.5、共産5.4%

   世論調査(産経新聞社とFNNフジ)は14、15両日にを実施。
 衆院選比例代表の投票先を聞いた。
 自民党     32.9%
 希望の党    15.0%、
 立憲民主党   14.6%。
 公明党        8.5%。
  共産党            5.4%、
  日本維新         4.8%、
  社民党            1.0%、
日本のこころ      0.9%。
(自民への支持が三割で、がっちり政権をとることの違和感がある。日本人は、この日本式民主主義を疑問に思わないおとなしい性格が、いつか崩れるときがきそうで、怖い)
 

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希望の党に対し「期待しない」は 60.7%で、
        「期待する」  34.6%だった。
(希望の党が、どうして「都民ファースト」が都議会選挙で成功したのが、衆議院議員選挙では小池マジックが効かないのはなぜか」この点をしっかり分析してみたい)
小池氏が衆院選に立候補すべきは 14.2%にとどまり、
都知事を続けるとしたのは    81.1%に達した。
どちらが首相にふさわしいかは、
安倍首相が54.0%、小池氏は26.5%。
(タイミングが悪い。森友、加計学園の沸騰していたときには選挙しないからだろう)
 
 政権の枠組み
「自民党を中心とする政権」が50.5%、
「自民党以外による政権」も 40.6%。
 前原誠司代表が民進党を希望の党に事実上合流させる判断 「評価しない」は71.8%。
(前原代表の党を割った判断を、どういう甘いことを聞かされていたのか、当選が最重要の判断がこういう結果になったのだろう)
 民進党が希望の党と立憲民主党に分かれたことは
「よかった」が52.1%と、「よかったと思わない」の33.3%。
(リベラルが現状に合わないと、小池さんが判断したら、彼らが保守なのか?)
 
 平成31年10月の消費税率10%引き上げの増税分の使途について
「子育てや教育無償化に重点」との回答は37.7%、
「予定通り国の借金返済中心」は28.5%、
「引き上げに反対」は32.1%。
 安倍内閣の支持率は、42.5%で、前回比7.8ポイント減。
 不支持は46.3%で前回比6.3ポイント増えた。
 
 安倍政権の北朝鮮情勢への対応
「評価する」が38.6%、「評価しない」は50.6%。

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2017年10月15日 (日)

国民審査 最高裁裁判官7人の略歴と質問3点2017年

国民審査を受ける最高裁裁判官7人に質問3点

1)裁判官としての信条と心構え

2)憲法改正について(

3)原発事故を踏まえ、司法の責任や原発をめぐる訴訟への姿勢についてhttps://www.jiji.com/jc/article?k=2017101400376&g=pol

わかってもらうように、もっと親しまれる努力をしてほしい。

 新聞の記事から最高裁裁判官7人の仕事の内容と人柄を見たい

 最高裁の考え方を地裁や高裁の裁判官は、非常に影響を受ける。その意味でも、国民の生活と希望を理解していることを望む。法に公平。忠実も結構だが、悪を懲しめる人情味もあっていいはずだ。

 

前回の国民審査

http://new22nozawa.cocolog-nifty.com/blog/2014/12/post-1651.html

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38_p
 ▼小池裕(こいけ・ひろし)=
 東京地裁所長、東京高裁長官を経て、15年4月就任。66歳。新潟県生まれ。
 14年衆院選の「1票の格差」を違憲状態とする多数意見(1511月)、
 厚木基地騒音訴訟で、夜間早朝の自衛隊機飛行差し止めを命じた一、二審を取り消した判決の裁判長1612月)
1)常に中立公正であること。法と良心に従い、幅広い視野から事件に取り組み、考え方の筋道がよく分かる判断をするように努めたい。
2)国のかたちを定める憲法の改正については、国民的な議論を経て国民が判断することなので、回答は差し控えたい
3)具体的な事件を離れて見解を述べること、個別事件に対する見解を述べることは差し控えたい。 
19               朝日新聞の記事から
 
 
At36_p  ▼戸倉三郎(とくら・さぶろう)=最高裁事務総長、東京高裁長官を経て、17年3月就任。63歳。山口県生まれ。
 16年参院選の「1票の格差」を合憲とする多数意見(179月)
1)当事者に主張立証を尽くす機会が与えられ、裁判所が適正で公平な審理判断をしたかという観点から二審までの手続き・判断を先入観なく審査したい。
2)憲法改正は、国会による発議と国民投票によるものであり、司法権に属する立場から個人的な意見を述べることは差し控えたい。 

3)高度な科学技術を用いたシステムの効用とリスクや社会的許容性の的確な判断は困難だが、中立公平な姿勢で双方の意見に耳を傾け、多角的な判断を心掛けたい。019

 

4at37_p ▼山口厚(やまぐち・あつし)=東京大、早稲田大名誉教授。16年に弁護士登録し、17年2月就任。63歳。新潟県生まれ。
 令状のない全地球測位システム(GPS)捜査は違法とした大法廷判決(173月)、16年参院選の「1票の格差」を合憲とする多数意見
1)当事者の主張に耳を傾け、証拠に基づいて、中立・公平で公正な判断をすることが必要だと考えている。
2)憲法改正の是非などは国民が判断し、決めるべきことで、憲法を尊重し擁護する義務を負う立場にある者としては、回答を差し控えたい。
3)今後最高裁にも関係事件が係属する可能性があるので、回答は差し控えたい。9

              朝日新聞の記事から

 

39_p_2 ▼菅野博之(かんの・ひろゆき)=東京高裁部総括判事、大阪高裁長官を経て、169月就任。65歳。北海道生まれ。
 預貯金は遺産分割の対象になるとした大法廷決定(1612月)、16年参院選の「1票の格差」を合憲とする多数意見
1)誠実と共感を信条とし、意識的に多数の観点から見ることを心がけた。さらに広い視野から見直しながら、バランスのとれた適正な判断ができるよう努めたい。2)議論のもと、各国民が決めることであり、その解釈適用に当たっている裁判官が発言すべきではないと考える。
3)具体的事件にかかわる点については、意見を控える。一般論として言えば、裁判所は、法令に照らして厳密に検討しているものと考える。

19_2

                朝日新聞の記事から

 

41_p木沢克之裁判官(おおたに・なおと)=最高裁事務総長、大阪高裁長官を経て、152月就任。65歳。北海道生まれ。

  夫婦別姓訴訟で民法の規定は合憲とする多数意見(1512月)、16年参院選の「1票の格差」を合憲とする多数意見
1)予断を持たずに事件に取り組み、判決などで具体的な理由を示すに当たっては、最終審としての説明責任を果たす内容になるよう力を尽くしたい。
2)裁判の中で憲法判断を示す立場にあり、答えは差し控えたいが、憲法は、わが国における「法の支配」の基盤となるものであり、普段からそのありように国民の目が注がれていることは、大切なことだと考える。
3)法的判断が司法に求められている大きな問題の一つだが、今後訴訟が最高裁に係属する可能性があるので、意見は差し控えたい。18
               朝日新聞の記事から
 
 

42_p ▼林景一(はやし・けいいち)=内閣官房副長官補、駐英大使を経て、174月就任。66歳。山口県生まれ。
 16年参院選の「1票の格差」訴訟で違憲状態の個別意見。
 (1)重大な責任を心に留め、公平・公正な審理を尽くしていきたい。
 (2)国会が発議し、国民投票で決まる話なので、最高裁の一員として考えを述べることは差し控える。
 (3)個別事例に即して判断していくべきものと考える。

2017/10/14-14:34

国民に自分を知ってもらう努力をしないでもいいのだろうか?

 

018

               朝日新聞の記事から

 

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2017年10月13日 (金)

注目選挙区 山尾志桜里の愛知7区 萩生田光一の東京24区

愛知7区 無所属の山尾志桜里候補が、立候補している。
000004 山尾志桜里候補は、前原誠司代表の右腕として、 民進党で新体制の幹事長予定だった。蓮舫前代表と共に民進党の看板議員だった。それが、言わずと知れた十歳としたの弁護士と不適切な関係だとして、週刊誌に取り上げられ、幹事長になる寸前で党籍離脱して、「男女の関ではない」と弁明したが、どうなんだろう。
 そんなことは、政治活動には影響しないという見方と、政治家は後指を指されない潔癖さを求めると考える人も多い。そんなこというから、みんな隠す。昔から政治家になるような人は、一人二人の愛人は当たり前・・・選挙の時期に睡眠時間を削って一日中走り回る体力があるような人は、男女共に、人一倍、元気なんだ。
 鈴木淳司候補、揚げ調子の自民党のバックがついて、無所属のスネに傷をもつ山尾候補には勝てると考えている。前回は、5000票の僅差で負けて比例で救われている。山尾候補は無所属には比例で救われることがない。危機感がばねになるとも考えられるが、今回は落選するのではないか。
 前原の懐刀になるはずを、離党させているが、この危機を克服してくれば、希望の党に迎え入れると約束があるようだ。この選挙区の結果は、非常に興味がある。
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 東京24区は、自民党、希望の党、立憲民主党、共産党とせいぞろいの選挙区 000002_213
 東京郊外の八王子 を地盤にしている今回話題の加計問題の主役だった萩生田光一の自民党のほか、希望の党、立憲民主党、共産党と主要4党が入り乱れて、選挙戦を繰り広げる。各党のお互いの力量を図るには、興味深い政党である。
_20170128萩生田 光一(はぎうだ こういち 1963 年 8月31日 - )は内閣官房副長官
東京都八王子市生まれ。早稲田実業学校高等部、明治大学商学部卒業。大学在学中から黒須隆一八王子市議会議員の秘書を務め、元日本青年会議所所属。1991年、八王子市議会議員選挙に初当選。3期10年務め、2001年 に東京都議会議員に当選1期。2003年、第43回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で出馬、民主党前職の阿久津幸彦を破り当選。2005年、第44回で再選。2006年、自由民主党青年局長。2007年自由民主党副幹事長。
 萩生田 光一が総理の意向であるから、文科省に圧力をかけたということが取りざたされたが、そんなことはないものとして押し通して、それ以上、森友、加計問題を冒頭解散でチャラにしようとした・・・という追及をかわせるか。4人の候補が選挙戦を戦う。自民党の冒頭解散という奇襲で、野党を蹴落とすことができるか。
 選挙は、萩生田 光一のような野武士ふうな力で押せるタイプが、側近にはうってつけのように見える。希望の党には、美しすぎる市議と言われた吉羽美華市議を刺客にもってきたが、希望の党の勢いがないから、落選するだろう。共産党は弁護士でありながら、落語家の女性を立てた。立憲民主党は弁護士で、民進から立つ予定を、希望の党から踏み絵を突き付けられて、それを拒否した青年だ。
 野党が三分しては勝ち目がない。野武士萩生田 光一の漁夫の利だ。野党統一ができないところは、無理だ。その典型だ。
000009000011
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2017年10月 8日 (日)

「匂いガラス」を知っていますか?

 「匂いガラス」は、戦時中の思い出だから、知る人ぞ知る、という程度の希少な記憶になりつつある。当時の子供にとっても、田舎では、その匂いは嗅がしてもらうのは、めったないから、魔法の匂いだった。伝聞で、「戦闘によって墜落した飛行機の風防ガラス」と聞かされていただけで、真偽は不明だった。
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 昨今、調べてみると、伝聞は正しいことを伝えていたようだ。
 戦闘で敗れて、墜落した飛行機の風防に使用されていたアクリルガラス (ポリメタクリル酸メチル樹脂(Polymethyl methacrylate)=透明固体材である。別名「匂いガラス」です。当時の子供達はよくこれを拾って匂いをかいでよろこんでいた。
 
 飛行機の空中戦がある地方の子から譲り受けて、岐阜県の山奥まで伝えられたとしたら、その移送は、縄文時代に特定の場所にしか存在しない石が、遠く離れた場所で見つかるようなものである。それは、不思議な移送である。
 
 圧力に強く、成形が自在で、透明度が高いのと、粘りがあるため、現在では、水族館の水槽や、家庭用の水槽などに使われています。あと東急ハンズなどに行けば、アクリル樹脂のキットが売っています、小さな貝や、カニやタツノオトシゴなんかが入って、ガラスの塊をみた事ありませんか?あれがそうです。
 
 それから、擦ると特有の匂いを発することから匂いガラスとも呼ばれる。匂いの原因ですが、溶剤の匂いだと思います。。擦るとえもいわれぬ、いい匂いです。柑橘系のほのかに甘い匂いがします。その理由は未だに定かではないのです。当時の子供達は、その不思議な現象がまるで魔法みたいで、大切にしまって置いて密かに匂いを嗅いだのです。
 小学生の高学年の子が、そっと、神社の境内で一人楽しんでいたのが、その子を囲んで一大イベントになってしまうのが、当時の風習であった。
 
 
 

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2017年10月 7日 (土)

さわやか 早川芳男くん 8月14日昇天し、付知で眠る

 「早川芳男くん」の三人の息子から連名で死亡通知をもらった。
 高校の文化祭・運動会の帰り、クラスメイト男女でコーヒーショップに入って騒いでいた。目の前に座っておんなじように興奮していたのが、彼「早川芳男くん」である。今から、ひゃー50年も前だ。そんな昔からの友人である。
 彼は、ちゃっかり、一番かわいいMさんと仲を温めていた。それは、卒業後、結婚前の思い出として・・・電車の中で落ち合って、海水浴デートをしたという。真っ白な水着が今でも目に浮かぶといってかなり高揚していた。
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 余計な知識だが、
 中津川市内には「早川」姓が多かったが、大体ルーツは付知だった。付知は、木曽義仲が京都へ上京した際の駐屯宿泊した場所、源氏の流れかもしれない。
 
 彼は猛然と勉強をして、悠々と神戸大へ入った。そして、どっちかといえば、文系の男だったが、ワンダーフォーゲル部に所属した。多趣味で、カメラと三脚を持ち歩き、バードウオッチングを趣味にしていた。「鳥にもプライバシーがあるだろう」との私のヤジにも負けず、多趣味であった。
 彼は卒業後は、日本最大の会社へ入り、昇進より趣味の充実をめざしていた。
 そして、自分の考えや見聞を書いて個人新聞を作った。その個人新聞が「さわやか」という名前である。毎月友だち100人以上に発送していた。時には、B4サイズが数枚入っていると、一通分が150円にもなる。紙代+郵送費だけで、ウン万円は必要だった。笠置山麓出身の(元国語の先生)奥方は黙って許していた。
 会社の方針で、整備士を育てる学校を作ると決まると、彼は率先して、立候補した。学校設置から生徒募集の業務に熱中した。会社の本流から外れることを望んだ気配があった。そのころ、中津川市の“七夕トーク”イベントに出ようと誘われて、一緒に宿泊して翌日の意見発表会に出席して、市民大勢の前で「七夕トーク」をした。
 
 そして、三人の息子たちは、立派に育ち、ますます趣味に没頭できるようになった。
 ワンダーフォーゲルの仲間と、世界中の山岳トレッキングを始めた。南米のマチュピチュの報告は「さわやか」新聞に満載であった。
 彼が遭難したのは、ヨーロッパ、オーストリアとスイスの間にある山岳地帯である。これはすでに、報告しているので、そっちを参照してほしい。
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 最初は、車いすを駆使してあちこち歩きまわっていた。頸椎骨折だから、首から下がマヒはしていたが、頭は正常でいろんなことをトライしようとしていた。彼の細君は数年前の亡くなっていたが、彼が障碍者になってから、妻の趣味でもある短歌を習い始め、皇居の歌会始に投稿していた。それが生きがいものなっていた。
 
 震災後、神戸で単身赴任していた頃、同窓の誼で宿泊しさせてもらった。その夜は、港の船の中で船上パーティを企画してくれた。それには男子4人、女子4人だったとおもうが、それを全部彼のおごりであったと思う。
 そのころの写真でもあると、もっとよくわかるだろうが、今手元にあったら、元気な様子が見えるだろう。ま、そのうちに。
 愛知用水の恵みでできた湖、ボートレース場にもなっている場所を案内してくれた。広々した景色を見ながら、なんでも許してくれた妻を失って失意のどん底であった。 
10017  朝起きると、「おかあさん!」と、妻の写真に手を合わせて「むにゃむにゃ…今日も一日見守ってください」と祈っていた。オープンに自分の行動は見せていた。これがみんなに好かれる理由だったと思う。
 
 中学・高校生時から友人、僧侶になったA、高校トップ成績で入ったK、大学寮の隣室で肉腫で苦しんだT、松下電機のマレーシア工場長を務めたH、岐高卒の才能あふれるS、そして、いい思い出をくれて、付知出身の
彼も彼岸へ行ってしまった。
本州製紙の工場長の息子Kも事故で車椅子生活を経て亡くなった。
 この世の此岸がだんだん寂しくなる。
 誰も死なないなら、地上は人間であふれてしまう…と、誰か冗談を言っていたが、死んでいくのも生き方の一つだ。
 生きていると、生きている辛さがある。人間はそういう間で苦しみながら、ついでに重荷を背負っている。
 
 万博見学、万博ボランティア、ゴルフ、ハイキング、英会話、短歌教室、海外の高原歩き等の多趣味を満喫していた最期の年であった。
  ロッキーに堅香子(かたかご=かたくり)の花うつむきて恥じらふが如我らを迎ふ
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2017年10月 4日 (水)

痛い小池百合子!都民ファースト音喜多と上田令子の離党表明

 選挙の緒戦で、都民ファースト音喜多と上田令子という看板役者を失うのは、大きな損失だ。小池百合子の中で、自分の方針を貫くが故の失敗。000019
 音喜多と上田令子は、最初に小池百合子の熱烈のファン状態で、都民ファーストの貢献者だっただけに、「どうして?」と思う気持ちが強い。音喜多しゅん、最近、まるで死んだようにマスコミに出ていなかったから、不思議だった。それは、幹部にマスコミに顔出しを禁じられていたのだ。会派運営が小池百合子の指揮下にある幹部数人によって運営されていると、音喜多は離脱の弁で語っている。
 こういう人を自民党は拾って仲間にしてしまうかもしれない。思想によっては枝野さんの「立憲民主」のスター仕立てにしたら、選挙が面白くなる。
 しかし、都民ファーストの会派が、アリの一穴からつぶしにかかるとしたら、反対派にはチャンスだ。しかし、誰が都民の味方か、敵かわからない。
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 今回、その馬脚を現したのは、「リベラル派」を入れる気はサラサラないといって、民進党を分裂に追い込んだことから始まった。それを前原代表が受け入れたことだ。
 小池百合子は、兵庫県の「山が動いた」土井 たか子に挑戦する形で保守思想で動きだしているから、基本にあるのは、革新思想とは違う人だ。リベラルな思想の人を希望の党候補にしてほしいというのは、「木に登って魚を求める」ようなもの。土台無理だ。
 熊本の殿様細川護熙に好かれて、日本新党を作るときに目をつけられたのは、保守思想を持っていたからだ。
 次に、若狭前衆院議員が本音を語ってしまったことを政治経験の少なさ故の、失策としてテレビに出るな、しゃべるなと叱ってしまって、これが小池百合子私党の色が濃く出てしまった。これ以前に、都民ファーストにも個人の意見を発表しないように緘口令を敷いていた気配がある。
 
 自民党のように失言がポロポロでて大臣が辞任に追い込まれるよりいいと、政党の幹部は考えるだろうが、これは言論の自由のないイメージを有権者に与える。
 個々の議員の発言の自由のなさで言えば、(個人の感想で言えば)共産党、公明党だろう。好き勝手に言えるのは自民党だし、民進党か。自由に言えるということは、同じ政党内に違う意見の人がいるということであり、政党の体をなしていないともいえる。希望の党が踏み絵として安保法制と憲法改正を認める人のみを入れようとしたのは、正解でもある。
 二大政党をつくって、自公政権と対決して戦うといっていた初心がどこへ行ってしまったのだろうか。枝野「立憲民主党」から立候補すると、対立候補を立てる希望の党の腹は、自民党の補完勢力と言われてもしょうがない。共産党のいうことが正解だと思ってしまう。★★
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 ★★結局、選挙は3極に分かれて選挙することになる。
 一番ワリ食うのは野党の軸になる希望の党だ。「野合」といわれようと、民進の全員を「希望の党」で受け入れて、まず巨大野党をつくって政権をとる。ジャンヌダルク百合子を担いでしまう。ワーっと大騒ぎしてしまえば、自民党が分裂してしまうかもしれない。壊し屋と建設屋を分担分けして・・・進まないと、前には進まないだろう。
 壊し屋にその後の行政もヤレといわれても、得意分野が違うのだから、うまくはいかないのだ。ここに気づかないから、自民公明の政権に、野合と言われ混乱からは何も生まれないと啖呵切られ、ショボンとしてしまっている。その辺が前原誠司の弱いところだ。もっと知恵のある参謀を周りに置くべきだ。000010_2  無党派層は、保守二大政党に分かれたら、リベラルの「立憲民主党」が伸びるのがたのしみだ。台風の目になる。 無所属の大物たちは、どうするのか。不安だ。000005_2  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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2017年10月 2日 (月)

検証:肯定的な評価 前原誠司

 二年前の衆議院議員選挙で、自民党は比例区で33%の得票であり、小選挙区では61%の得票で政権を握り、特定秘密保護法、共謀罪、カジノ法、解釈改憲で集団的自衛、安保法制等、民意の50%以上がこれらに反対しているにも関わらず、国民の委託していない方向へ日本の政治へ誘導している。
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 この状況を打破するには、どうしたらいいか、真剣に考えたと思う。
 少数派ばかりのバラバラ野党では、1強の自民党に対抗できない。前原誠司の気持ちは、1強の自民党に勝つためには、野党統合であると考えた。
 野党連合:安倍自民党
という構図である。これが健全な日本の政治であると考えた。こうするには、どうすればいいのか、そのためにやることは、なんだとなる。
 都民ファーストで都議会を制した成果のある、日本新党時代から親しい小池百合子に電話して相談をした。というのが、希望の党への前段階である。
 
000000 手段を選ばないで、安倍政権を倒すのだと言ったが、「名を捨てて実をとる」
 もう戦い方が間違っている。これは口に出すことではない。
 民進党がまるごと、「希望の党の衣装を着て踊る」だと、本気で考えた・・・それを民進党の諸君も、それに全員賛成した?!これは、「希望の党」に自分の身をまるごと預けてしまうことになる。★ 
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★民進党は解党しないで、細野豪志、松原仁が希望の党に入ったように、夜陰に紛れていく形をとるのが良かったのではないか?
 バラバラ野党を糾合して、1対1、与党対野党で、アメリカの民主党と共和党の形に持ち込みたいと思ったのだろう。安倍政権に対抗できる。本来は、民進党自身でそれをなすべきだと思うが、都議選でじり貧の5議席で、公明党はもちろん、共産党にも負けた。社会党は共産党と一緒になって美濃部知事を当選させた繁栄したころもある。それが見る影ももない。
 
 あれは、自民党の誘惑に乗って、社会党政権を誕生させたとき、自衛隊を合憲とみなしたことから、支持者から見放された。あれが、社会党の没落の原因だ。その点、共産党の頑固さには、ちょっと辟易とするが、護憲政党と心から信じているふりが徹底している。
 
 ただ、あの党は、党の決めた意見以外は言えない息苦しさがある。それが、都民ファーストも、自分の言い分が言えないところ、百合子信奉者でないと耐えられないだろう。その党が、民進党から全員受け入れは、無理だだろう。000001
 民進党には、人材として、落選中の議員と立候補したい人がいる。
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 小池百合子は、政党の立ち上げに関わっていた二人若狭さんと細田さんの人気が不足しているは、選挙支援をして失敗している。
 若狭勝氏や細野豪志氏では、党を引っ張っていく力がないことを象徴的に示したのが、9月17日、大阪府摂津市の市議会議員選挙だ。
 若狭勝氏らが「市民ファーストの会」候補4人を応援した。
 結果は4人全員落選。当選者の最高得票2000票だが、「市民ファースト」4人で一番多い得票が704票、あと3人は、86、85、60票と、100票にも届かない大惨敗だった。
 これを見て、小沢一郎や小泉純一郎、細川さんの側近で見ていた小池百合子には、歯がゆい思いをしたにちがいない。「これじゃ人が集まらない」と、リセットすると一夜にして百合子カラーに「リセット」してしまった。この力の差は何だ?
 時間的順序は違うけれど、…人気と魔女のような力、これに前原誠司は、安倍晋三に対抗するには、これだ!と思ったに違いない。
 
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2017年9月28日 (木)

検証:前原誠司の否定的な評価

 待てよ、「永田寿康メール問題」「八ッ場ダムの迷走」を見直せ
Ws000020  前原誠司の性格の基本は、かつての「永田寿康メール問題」「八ッ場ダム事業の迷走」が表わしている。彼の行動が、大学の文化祭レベルの行動と評された。その後の影響は、民主党の政治手法と理解された。自民党の老獪さに手もなくひねられる原因だ。
 だから、共産党を排除する論理で野党統一しようとしたり、野党調整を進める論理をすっ飛ばして、根回し不足で「希望の党に乗り換え」行動をした。これではスキだらけだ。
  夜襲の戦いで、勝てばいいと思っているかもしれないが、前原誠司には、「普通の企業なら当然そなわっている危機管理と統治能力がなかった」と、以前の失敗に言われているが、今回も、足元を小池百合子に読まれているから、民進党員の審査を相手方に任せている。これは考えられないことだ。
 副代表だった弁護士の枝野幸男だったら、こんな落ち度をするだろうか。
 その結果、真山真一さんが寂しそうな顔をしていたのが気になる。
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 さて、今日の前原 誠司が進めている話である。
 人気のある小池新党「希望の党」への乗り換えは、新しいだけで、これが、間違っていないか?地味な野党間協調は手間がかり、効率がわるけれど、凡人の知恵だと思う。まだるこしい手間はやっていられないのかもしれない。焦って、特急列車に乗ったら、方向を間違えた?000044_2 頑固なリベラル派==辻元 清美(大阪10区)、逢坂誠二氏(北海道8区)、野田佳彦氏(千葉4区)、阿部知子氏(比例南関東)、赤松 広隆、有田芳生、枝野幸男、菅直人元総理・・・は、希望の党へ入れてもらえるか?(野田佳彦氏と菅直人は、細野さんが扱えないから排除。かつて、菅直人さんも新党を結成したときに、さきがけの武村正義代表を排除した)
無理かもしれない。あるいは、員数合わせに使われて、ポイかも。論客であればあるほど、それは無理。あるは、希望の党が自民党との合併でという舞台になったら、邪魔だ。
 
 話をはじめに戻して、
 民進党が希望の党の救援を得て生き残るために、頑固なリベラル派の首をはね、保守派「憲法改正、安全保障」の同意する仲間だけを入れましょう。と百合子さんに囁かれ、誠司さん、迷いに迷った挙句、選挙に落ちるのも、仲間を見限るのも、似たようなモノ、エイ!と決断したけど民進党内のリベラル派の首を切る結果になったが、その決断は正しかったのだろうか? 日本にできる二大政党は、リベラル派はなしか?
  
20091216203929eb8s  彼の歯切れのいい言論と風貌で、党内リーダーになって支持を得ているが、どうもそっそかしい点が気になる。
 小池百合子と会談した際にも、うまく乗せられた気がしてならない。誰か、もう一人横にいて会談の証人を置いて話しをするべきではなかったか?
 
 今までの彼の行動は、いつも、民主党の低落に大きくかかわっている。
 彼の選挙に強いといわれているが、「永田寿康メール問題」「八ッ場ダム事業の迷走」をきちんと検証したのだろうか。政治家にとっては、一局面かもしれないが、関係者にとっては、致命傷になる一大事だから、そう簡単に結論をくだせない。
 彼は、似たような行動をあちこちでしている。いつも彼の決断には瑕疵がある。だから、自民党のスパイではないか、と思われるのだ。日本新党を離党し、民主の風(院内会派)を結成した際、その離反について、週刊現代によると、細川夫人が前原を「恩を仇で返す薄情な男」と怒っていた。
 
 かれの子供時代の行動に、その原型(原点)がある。
 小学校の五・六年のとき、「失踪事件」がある。
 「両親が山陰出身ということで、幼少時から夏には墓参り等で列車に乗って出かけていた。SLも走っていたため、自然に鉄道が好きになった。一人で京都から祖父母の家へ行くことになった。米子から乗り換え境港に行く予定だった。境港駅に祖父母が迎えに来てくれていたが、いつまでたっても誠司が降りてこないで大騒ぎになった。
 誠司は、せっかくなので、米子で乗り換えず、その先のだ。それで、えらく怒られた。」
 彼の頭の中では、理屈が通っているが、周りに納得がない。迷惑をかけていることに頭が回っていない。この思考パターンが、今回の民進党の解体にも、その思考が残っている。
 
20091216203929eb8s 前原 誠司(まえはら せいじ、1962年(昭和37年)4月30日 - )は、日本の政治家。民進党所属の衆議院議員(8期)、民進党代表(第3代)、凌雲会会長(第2代)。
 京都市左京区生まれ。両親は鳥取県出身(父親は境港市、母親は日野郡日南町)である。
 
 永田寿康メール問題
Photo 永田元議員は東大卒で大蔵省に入省。平成12年の衆院選で千葉2区から出馬して初当選し、当選3回だった。18年2月の衆院予算委員会で、当時のライブドア社長が自民党幹事長の次男への送金を指示したとするメールを取り上げたが、メールは偽物と判明。民主党から半年間の党員資格停止処分を受け、同党の前原誠司代表(当時)らが引責辞任。自身も18年4月に議員辞職した。
 昨年7月には、17年8月の国政報告会で創価学会が不正な選挙活動をしたとの偽った発言をしたとし、千葉簡裁から名誉棄損罪で罰金30万円の略式命令を受けていた。県警によると、永田元議員は昨年11月中旬にも、療養中の福岡県宗像市の保養施設を抜け出し、手首を切って自殺を図っていたという』
 記事に寄れば昨年11月中旬にも自殺を図ったという永田元議員。
 彼の姿を盆踊り会場で見かけたが、来賓とはいえ、若い国会議員は、他の人と会話もなく、手持無沙汰のようすで浮いていた。バッチがなければ、ただの若造。
 当時の前原党首が危機管理において未熟だった故に、ムザムザと「偽メール」を掴まされ、国会の場で失態を冒した民主党。その御陰で、自民党が耐震偽装やライブドアのホリエモンを候補者として担ぐという失態を冒したのを捕らえられず、自民党はまんまと危機を脱し、息を吹き返した。つまり、永田元議員(民主党)が掴んだ「偽メール」は日本の国益を損じ、自民党の賞味期限を引き延ばす結果をもたらした。

 そして3年後、「偽メール」は、永田寿康という元議員の命をも奪う結果をもたらした。私は永田寿康元議員の死は、実質的には「殺人」だったと考える。
 では誰が殺したのか!?
 永田元議員に偽メールを掴ませ、国会の場で大失態を生じさせた本当の卑劣者を糾弾しなくてよいのだろうか?新人議員の永田寿康をかばってやるべきところ、前原党首は彼を切り捨てた。これは、細川夫人が前原を「恩を仇で返す薄情な男」と怒っていたことと共通していないか?
 
  八ッ場ダム事業計画の迷走
 前原は国土交通大臣に就任直後2009年(平成21年)9月17日、国事業八ッ場ダム(群馬県)と川辺川ダム(熊本県)の建設事業について「(民主党の)マニフェストに沿って(事業を)中止します」と明言。
Kuroyonn_damu_2  これに対し、地元の意向を直接確認しないまま大型事業休止の方針発表した。
 とくに八ッ場ダムについては共同事業者である関東各都県の知事を始めとする地元関係者の反発を招いた。
 また前原は、ダム建設事業については10月9日に国土交通省直轄ダム建設事業の56事業のうち、改修事業を除く48事業について「2009年度は
(ダム事業を“調査・設計”→“用地買収”→“生活再建工事”→“転流工工事”→“本体工事”という段に区切った場合における)新たな段階に入らない」ことを表明、ダム建設事業を全面的に見直す立場を示した。
 完成寸前のダム(長井ダム、胆沢ダムなど)も存在しており、各地で反対の声が上がっている。 八ッ場ダム事業計画は、一時停。し、政権が自民党に戻ると、再び始まった。
 八ッ場ダム事業計画は、完成予定が次々延びて、一向に完成のめどもわからず、水需要の変化もあって、必要性があるか、その目的が不明になっていたのは、民主党の主張も理解できるが、その計画の中に組み込まれて複雑な利害関係、つまり人間関係を無視して、切り込んだ結果、民主党政権の思惑通りには行かず、前原国交相の力不足を露呈した。
 
参考資料
巨大な「八ツ場ダム」 完成しない公共工事: nozawa22
http://nozawa22.cocolog-nifty.com/nozawa22/2011/12/nozawa22-8e26.html
治水とダムについての見識 宮本博司: nozawa22
http://nozawa22.cocolog-nifty.com/nozawa22/2009/10/post-13a4.html
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